Story 19;迫る影
回想からは作者語りです。ややこしくてすみません...
「…朔斗くん、なにか誤解」
「してません」
私の言葉を遮って朔斗くんは言った。
「…わ、私と誠斗さんに何か関係があったって言いたいの?冗談じゃないわ、誠斗さんは歩未の恋人だったんだから――」
「うちの父さんがどれだけ女たらしか知らないんですか?…いや、あなたが知らないはずはない。あなたが1番、その性格に振り回されたんだから」
彼に心音が聞こえそうなほど、自分の胸が高鳴るのが解った。
何でこんなときに、30歳も年下の子にときめいてるの?
…あの人に、似てるから?
15年前の、誠斗さんに?
違う、違うわ。
麻綾は雅の子だって思うようにしなくちゃって、雅と結婚したときから決めてたのよ。
麻綾は、雅と私の間に生まれた子だって――!!
「郁未さん」
パニックになっている私の心に、スッと綺麗な声が染み込んでくるのが解った。
「逃げてたら、麻綾は報われないんです」
…そう、なのよ…。
解ってるわ。頭でだけなら、十分。
「ま…あ、や…」
誰より愛しい我が子の名を、崩れ落ちながら、声にならない声をあげて呼んだ。
「郁未さん!?郁未…!!い…」
意識が遠のく中、朔斗くんが私を呼ぶ声が遠ざかっていく。
「ま…こ…」
世界が、真っ暗になった――。
―11年前
「歩未ー?」
「お姉ちゃん!?どうしたのいきなり!!珍しいじゃない」
「珍しいって…ねぇ歩未、具合大丈夫なの?病院行った方がいいんじゃないの?」
「大丈夫よ、きっと。朔斗の誕生日も近いんだもの」
「仕方ないわね。…朔斗くんの誕生日過ぎたら、ちゃんと病院行かなきゃダメよ?」
肩をすくめて歩未は笑う。
「お姉ちゃん」
「…なぁに、歩未」
「あ…のさ、麻綾ちゃん孤児院に預けたこと…後悔、してないの…?」
郁未には、おずおずと聞く歩未が姉として可愛いと思ったけれど、今は真剣な話なんだ、と笑いを抑えた。
「…ホントは預けたくなかったわ。でも…一人で育てるなんて無理があるわ。麻綾と離れるのも、当然の報いだと思ってるの、私。だけど、産んだことは絶対後悔しない。あの子にも、歩未にだって誓える」
「…ならよかった」
歩未が出した紅茶を二人揃って一口飲む。
お互いクスッと笑い、また静かになった。
「歩未さ…ホントに優しい子よね。私だったらきっと耐えられないわ、自分の姉が夫の子を妊娠して産んだ、なんて聞いたら…」
「あたしだって耐えられなかったよ?でもね…気付いちゃったの。あたしが結婚した高崎誠斗って人は、とんでもない浮気性だってことに」
深刻な話をしているのに、歩未はいたずらっぽく笑った。
「そういう所も似ちゃったのね、姉妹で」
二人でクスクス笑いあい、歩未はまた紅茶を飲むと話し出した。
「そうだね。それに、もう誠斗さんには恋人居るし…あたしも…付き合ってる人いるし…」
「別れないの?歩未は」
郁未の率直な問いに、歩未はどう応えるかためらっているようだった。
「…あたしに朔斗が居るのと一緒で、佐倉家には麻依ちゃんと麻友ちゃんが居るのよ。だから、仲良くさせてもらってるとは言え、今交換結婚はよくないだろうし」
「…それなら、仕方ないわね」
「それより、麻綾ちゃんの出生届…まだ出せてないんでしょう?せっかく、"血の繋がりが深いんだからいつかは姉妹みたいになってほしい"ってことで同じ字使ったのに」
歩未が呆れたようにため息を吐いた。
「認知してもらえないんだからどうしようもないわ。…いい人見つけて、父親になってもらいたいけど」
郁未は希望を込めて笑みを浮かべたつもりだったけれど、あまり笑えていなかったようだった。
「誠斗さんには…認知求めてもこれ以上は無理よ。あたしだって、誠斗さんと別れて…湊のとこに行きたい…っ」
また歩未からため息が漏れる。
また静寂が訪れる。
また一口紅茶を飲む。
歩未が次の言葉を発するのに、それだけの時間がかかった。
「あたしね」
少し声が震えている。
「お母さんと、同じ病気なの。…だから…もう、長くは生きられないかもしれない…!!」
歩未の眼から涙が溢れ出す。
生きたい。
朔斗のために。
湊のために。
自分のために。
テレパシー能力なんて持ってないのに、痛いほど伝わってくる。
歩未の、想いが――。
「歩未…」
「あたし…生きたいの、お姉ちゃん。朔斗と、湊と、出来たら麻依ちゃんと、お姉ちゃんと、麻綾ちゃんと、一緒にっ…」
「私もよ、歩未…」
今まで、自分のことだけ考えて、歩未を妹として大事に想えてなかった。
その分、愛してあげる。
何をしても私を信じていてくれた歩未のために。
もし歩未の命が私よりも先に途切れてしまうのなら。
私が出来る限りを歩未にしてあげるしかないから――。
「急患です!!」
病院内で、悲鳴にも似た看護師の声が響き渡る。
「仲里郁未さん、41歳―…あ」
「どうしたの?三浦さん」
三浦と呼ばれた看護師は、声を震わせて言った。
「この方…婦長は覚えていらっしゃるか存じませんけど、相原みきさんの娘さんで、高崎歩未さんのお姉さんです…!!」
相原みき。
高崎歩未。
この病院では言わずと知れた親娘だ。
その…歩未さんの…お姉さん?
その言葉を聞いた瞬間、その場に居た関係者が、全員凍り付いた。