Story 1;涙のキズアト
麻依三歳・朔斗四歳
「はい、ケーキだよ、朔斗。フーってして、フーって」
六月二十五日、朔斗の誕生日パーティー。そしてこの日が、あたしの朔斗との記憶の始まりだ。
「朔斗くん、何歳になったの?」
これは麻友姉。あたしよりも五歳年上の、大好きなお姉ちゃん。
「えっとね、よんさい!ぼく、まいちゃんよりおにいちゃんだね!まゆおねぇちゃんよりはちいさいけどっ」
「あーっ、さくとくんずるいーっ!まいもはやくよんさいになりたぁい!パパぁ、まいもよんさいになるぅ」
三歳のあたしはそう言ってパパの…今は亡きパパの身体を揺すった。
「麻依のお誕生日は一月でしょ。朔斗くんは六月生まれなんだから、もうちょっと待ってなきゃ、麻依は四歳になれないんだよ」
「やぁだーっ、まいもいまよんさいになるもんっ」
「ほーら、そんなワガママな子はまだまだ三歳だなぁ」
これはパパ。あたしがぐずってるの見て、耐えかねたんだと思うって麻友姉が言ってた。
「…まい、おとなになりたいんだもん」
「大人になりたいのかぁ…大変だぞぉ」
「なるもん!」
「ふふっ、麻依はホントにパパ大好きなんだからぁ」
麻友姉がそう言ったの、あたしよく覚えてる。
「朔斗はホントにママっ子ねー…。将来マザコンになったらどうしよう、なーんて。でもファザコンのほうがよっぽどマシだよ、映夕。麻友ちゃんが言ってたけど」
「歩未なら美人だし、朔斗くんの自慢になるじゃない。それに比べたら家のパパ…湊なんて全然自慢にならないし」
「私全然美人なんかじゃないって。映夕のほうがよっぽど可愛いって。映夕、名前もキレイだし」
「典型的な名前負けって言うんだよ、私の場合。それより最近、歩未、体の具合悪いんだって?湊が言ってたよ。大丈夫なの?こんな盛大な誕生日会開いて…。料理、歩未が全部作ったって聞いたよ?」
「平気よ、時々クラクラするだけだから。麻依ちゃんの誕生日会も開くつもりなんだからっ…まだ、元気で…いな…」
「歩未?どうしたの?具合悪いの…?」
「ごめんね、映夕。ちょっと休ませ…」
バタン…と歩未さんはその音の通りに倒れたそう。あたしと朔斗と麻友姉は、何にも気づかないでパパと遊んでた。
「歩未?歩未っ…!」
「…っ、誠斗さん!湊!歩未が、歩未がぁっ…!」
「…ママ?どうしたの…?」
「…歩未っ!歩未ーっ!」
「誠斗さん落ち着いてっ…今、今救急車呼ぶからっ…」
「…っ、朔斗くん、麻依、いいか?二人でここにいなさい」
「なんでぇ?やだよ、おるすばんなんてやだよぅ、みなとおじさん。ママ、しんじゃうの?ママしんじゃうならぜったいぼくいくもん!ママはぼくだいすきなんだよ!ぼくもママだいすきなんだから!だから…だからダメなんだよ!」
「朔斗くん、ママきっとまた朔斗くんのとこに来て心配させてごめんねーって帰ってくるから。ね?一緒にお留守番して、いい子に待ってようよ、朔斗くん。麻友姉が保証するよ、歩未ママは生きるから」
「麻依もまだちっちゃいから、お兄ちゃんなんだよ、朔斗くん。お願い、またママのとこに連れてってあげるから。二人だけじゃ心配だから、麻友も置いてくけど…」
「やだっ!ママが、ママがぐあいわるいのに、ぼくおるすばんなんてしてられないよっ!やだ、やだぁ!まゆおねえちゃんいたって、やだ!まゆおねえちゃんのいったこと、ウソかもしれないのにっ…!」
「高崎歩未さん、三十二歳。脈拍○○…みる限りでは××病を患っていたんじゃないかと…」
そのうちやってきた救急車に歩未さんは乗せられて、意識不明のまま病院へと向かっていった。
結局置いていかれてしまったあたしと朔斗が聞いた話だと、ホントに歩未さんがこのとき死んでしまう可能性のほうが高かったそう。
通報が早かったおかげで歩未さんは何とか一命は取りとめ、みんなが安心したころに告げられたのは衝撃の真実だった。
「高崎歩未さんはこのまま目を覚ますことはありません。生きてはいるけれどもう話す事はできない…投薬だけで生きる、植物状態のまま一生を終えることになるでしょう。
その生きていられる年数は、今は推測する事ができない…」
お医者さんはこんなの当然だというような顔をして、平然と言った。
ホントに歩未さんが大好きだった朔斗の沈みようは半端なくて、その後一度だって朔斗から遊びに来たことはなかったし、あたしの誕生日はそれから四年間、朔斗の誕生日は五年間パーティーどころかお祝いすらなしだった。
その事からどんなに幼いあたしと朔斗でも、物事の深刻さは痛いほどわかっていた。わかりたくなくても、わかってしまっていた…。
二年後、事件は起きる…。