Story 18;会いたい
今回はかなりボリュームのある長さとストーリー展開になってます。
Story17の5ヶ月後、麻綾がロンドンに旅立ってからのストーリーです。
私が日本を発って、4ヶ月が過ぎた。
イギリス、ロンドンでの暮らしにも慣れて、日本より多いくらいの友達が出来た。
形式上は語学留学だなんて言ったけれど、未だに手掛かりは見つかっていない。
このままじゃ、ホントの語学留学になってしまう。解っているのに、焦るばかりで進んでいかない。進むのは、英語の勉強だけ…。
「佑稀先輩との約束まで…あと2ヶ月かぁ…」
ホームステイ先の自分の部屋で、ボーッと呟く。
「…Maya?」
「Alice!Sorry,Wait a minute...」
ステイ先の同学年の子、アリス。可愛くていい子なんだけど、ちょっと男好きの気があるから、日本で出会っていたら仲良くなっていないような気がする。
こっちの友達の中では、1番仲良くしてるけど、麻依と朔斗ほどはやっぱり心をゆるせない。
自分が隠し子として生まれたこと。
親を捜してここに来たこと。
気付けば、重要なことを全部隠してた。
お母さんと雅さんに引き取られて、麻依と朔斗に出会うまでの秘密主義グセが、見知らぬところに来ると再発してた。
ロンドンに渡るって決めたのは、もう麻依と朔斗が居なくても1人で大丈夫になったのかも知れないって思ったからなのに。
――佑稀先輩に、強いところ見せたかったからなのに…。
一時帰国の予定はもともとなかったし、帰る余裕もない。
でもただ…佑稀先輩と麻依に会いたい毎日ばかりが続く。
麻依に、ロンドンに渡ると伝えたときほど自分が強くなったと思ったときはなかったのに、ロンドンに来てから弱くなってしまったように感じる。
弱気になった瞬間、アリスに呼ばれていたことを思い出し、階段を急いで下りた。
放課後の中等部校舎1階、3年C組の教室。そこであたしは、2週間後に迫った高等部進学試験の勉強をしていた。
中等部入学からの全成績で上位50名は無条件で高等部に推薦してもらえることになっている。
あたしの双子の弟はそれをクリアしてしちゃったから、あたしだけが勉強しなきゃいけないんだ…。
そこまで厳しい試験じゃないけど、出来るだけいい成績で入ったほうが高等部で楽だってことで、吹奏楽部の方は引退という形になった。
でも、ホルンはときどき家で吹いてる。高等部でも吹奏楽やりたいから。
もうすぐ別れることになる中等部の教室の中を、ぐるりと見渡し、廊下を見た。
「――佑稀?」
あたしは教室の前に佑稀の姿を見つけて、駆け寄った。
「亜稀…一緒に帰ってもいい?」
半分無表情のまま佑稀は言う。もう半分は力なく笑ってる。
何かを見失ったような顔。
麻綾ちゃんが居なくなってから、時折見せる表情…。
双子の姉弟として生まれて、15年間ずっと一緒に生きてきたのに…なのに、初めて見たんだ、佑稀のあんな顔。
あたしが三矢航と付き合うって言ったときだって、一瞬だってあんな顔しなかった。
『自分で決めたんだから泣くなよ』――とだけ言って、頭を軽く叩いて笑った。
そうだよ、笑ったんだ…
あたしが別れるときに、約束破って泣いたのに…怒らなかった。
あのときだって、『好きだったんだよな。気が済むまで泣いていいよ。亜稀が三矢のこと想った分だけ泣きな』って言ってくれた…
何だか、ツラくなった。
佑稀が笑わないのがツラい。
「…笑ってよ、佑稀…」
無意識のうちに言葉が出ていた。
「佑稀、変だよ?気付いてないなんてことないでしょ!?…ねぇ…笑えないなら、行ってきてよ、ロンドン!!」
「…え?…でも――会わないって約束したんだ。お互いを強くするために…」
「…今の佑稀は弱いよ。絶対弱い」
ふぅっと息を吐く。あたしより20cmも高い佑稀がなんだか小さく見える…。
「…あたしは、家族以外で今1番大事なもの…ホルン奪われても意地になれば生きてけるって思う。でも佑稀は、あたしにとってのホルンよりも大事なものを失った」
やたらと声が上ずってくるのが分かる。顔も紅潮してるかもしれない。でも続ける。佑稀の笑った顔が見たいから。
「あたしにとっての家族に値するに近い存在でしょ?麻綾ちゃんは、佑稀にとって」
精一杯背伸びをして、佑稀の小さな顔をあたしの小さい両手で包み込む。
左腕につけた、未だに捨てられずにいる三矢航にもらった腕時計に眼をやる。
「今――ロンドンは、朝の9時だよ」
小春日和。そんな言葉がちょうどいい、この時期にしては暖かい日曜日の午後。
突然、玄関のチャイムが鳴った。『はい』とインターホンを手に取ると、低く落ち着いて優しげな、あの声が聞こえた。
「郁未さんですか?オレ、朔斗です。…いま、お話できますか?」
「構わないわ。どうぞ、入って。ちょうど美味しいコーヒーを知り合いから沢山いただいて、朔斗くん達招待しようと思ってたの。ちょうどよかったわ」
美味しいコーヒーを沢山もらったのは本当だけれど、正しく言えば朔斗くんがもうすぐ仲里家を訪れるであろうことはなんとなく予測がついていた。彼が言いたいことも、大体は。
「どうぞ。どこか海外のお土産なの。朔斗くん、ブラックでよかったわよね?」
「はい、ありがとうございます…これ、いい香りしますね。ホントに美味しそう」
「でしょう?美味しいのは香りだけじゃないのよ」
やっぱりこの子は礼儀正しいのね。さっさと本題に入ろうとしないもの。
さすが中等部首席、って所かしら?
朔斗くんは、綺麗な手つきでコーヒーを一口飲んだ。さすが、あの人の―――。
「今日、雅さんはいらっしゃらないんですね」
「そうよ。出張で1週間、福岡に行ってるわ。…この家、それほど広くないのに1人じゃやっぱり広いのよね。…ねぇ、朔斗くん。世間話したくて来たんじゃないんでしょう?」
「そうですね」
綺麗な顔で、そんなことをサラリと言ってのける。
コーヒーをまた一口飲んでため息をつき、話しだした。
「郁未さん、何で麻綾に父親のこと明かさないんですか?わざわざロンドンまで留学させるよりも嫌なことなんですか?…オレだったらそうは思いませんけど。いずれは麻綾にだって解ってしまう話なんですから。――麻綾、きっと今苦しんでます。会いたい人に会えないってことが、どんなにツラいか…オレは知っちゃったんで」
「…佑稀くんのことかな?麻綾の、彼氏」
「…知ってたんですか…」
「いつだったか、雨が降って麻綾が傘を持っていかなかった日に、家まで送ってきてくれたのよ。すごく紳士的で、いい子だったわ」
「…オレは」
朔斗くんがためらいながら口を開く。
「麻依と、付き合ってます」
…え?
驚きすぎて、言葉が出てこない。
だって、2人の親が再婚するんでしょう?
それに――
「一度は考え直しました。でも、オレたちが互いを思う気持ちは本物だから、離れられないって気付いた」
まだ言葉が出てこない。私は朔斗くんの言葉をただ聞くしかなかった。
「麻綾もきっと、そうだと思うんです。だから早く、手掛かりがロンドンにあるなんて嘘だって、麻綾に言ってやってください」
「そんな、全部が全部嘘じゃないわ―――」
「郁未さんが言わないならオレが言います!」
朔斗くんが語気を強めて、私はビクッとした。
これから何を言うのかと思うとゾッとするほど、朔斗くんが息を吸った。
けれど発せられた声は、優しく、美しく、哀しみに満ちていた。
「麻綾の父親は、高崎誠斗だってこと――」