Story 17;アイスルコト
「――朔…斗く…?麻依…?」
抱き合ったオレと麻依を見て、映夕さんは絶句した。
表情を変えないようにしたいのに、どんどん高鳴っていく麻依の心音が身体に響く。
それでも必死に抑えながら、しゃあしゃあと言う。
「麻依が貧血みたいで。さっき勉強教えてて、立った瞬間倒れたんです」
「あっ…そう、そうなの…じゃ、麻依、部屋に、連れていってくれる?」
よほど混乱したのか、やたらと句読点が入る。
オレは麻依を抱きかかえて、数m先の麻依の部屋へ向かった。
「あ、朔斗くん、部屋…掃除、するわね…?」
「解りました。お願いします、オレ麻依看てるんで」
「そ、そうね、お願いするわ…」
映夕さんはたどたどしくそう言うと、不自然な手つきで掃除機をかけはじめた。
ドアを開けて、麻依の部屋へ入る。
「朔斗!!何であんな危ないことするの!?バレたらどうするのっ…」
麻依が泣きながらすがり付いてくる。
「離れたくないって…離れるなって言ったじゃない!!」
「…ごめん…っ」
オレはそう言って麻依を抱きしめることしか出来なかった。
「オレは、麻依が好きだから――」
腕の中で麻依が、しゃくり上げながらピクッと動いた。
「一瞬…映夕さんに見せ付けたくなった」
麻依の頬の涙をペロッと舐める。しょっぱいのに、甘かった。
「麻依はオレの物って言いたくなったんだよ…」
しゃくりあげる声だけが聞こえる。その中で、小さな小さな声で聞こえた言葉があった。
「…キスして…?」
顔を赤らめて、聞こえていなければいいのにと願いを込めて言ったみたいな声。
でも残念ながらしっかりと耳に届いてる。
もう麻依の背の高さも、唇の場所も知り尽くしてる。
触れ合った瞬間、本当にキスされると予測していなかったのか、麻依が『んんっ…』と声を漏らした。
そんな声をするから。
そんな顔をするから。
手放せなくなる。
隠さなきゃいけないものを、隠せなくなる。
麻依がオレに依存してるんじゃない。
オレが麻依に依存してるんだ。
でも、麻依みたいに離れようなんて思わない。
――何でかって?
麻依と別れてた数ヶ月間を思うだけで、ツラくなるから。
もう二度とあんな想いはしたくないって、心から思った。
だから、離れられて困るのはオレだし。
離れたいって麻依が言うのなら、止める権利はオレにはない。
それは、ずっと愛してもらうことができなかったオレの責任なんだ。
そう、オレは――麻依や、麻綾や、父さん、映夕さん…みんなが思うほど、強くはない。
でも麻依は、きっとそんなオレでも好きでいてくれる。
愛されてるって自信じゃなくて、愛してる自信があるから言えること。
――麻綾も、か。
自分が遠くへ旅立っても、佑稀先輩を愛し続ける自信があるんだろう。
麻綾の成長は誰もが知ってる。
今はもう、オレなんかよりきっと強い。
麻綾は愛されるために生まれてきたみたいなヤツだから、きっとロンドンに渡っても元気にやっていくだろう。
麻依も。
オレと一緒にいたいって、あんなに必死になってくれてる。
そんな姿が、愛しくて仕方ないんだ。
でもな、麻依。
互いを愛する気持ちで、麻依に負けたくはない…!
たとえ、どんなことが、起きたとしても。