Story 16; Living with You
「麻綾がロンドンに渡る…!?」
カラカラに乾燥したオレの部屋の中なのに、まだ本調子ではない喉をいたわるのも忘れてオレは言った。
「そう。自分の手で父親を探し出すんだって。…止めても麻綾は行くよ。あたしたちが思ってるよりずっと、麻綾は芯を持ってる。強いよ、あのコ――」
まるで結婚前の娘について語るみたいな口調で麻依が言うから、何とも言えないおかしさが込み上げてきた。
「何で笑うの」
拗ねたような顔で麻依がいたずらっぽく笑う。「だって麻依、麻綾の母親みてぇ」
「冗談はほどほどにね。家族問題絡んでるんだから…」
ホントに可愛い。
いつかオレと結婚して子供が生まれたら、そのときもこんな風に喋るんだろうか。それとももっと大人びる?
…バカみたいだな、オレ。
その先の未来に自分が居るとは限らないことくらい、解ってるのに――。
「佑稀先輩はもう、麻綾がロンドン行くって聞いてるのかな」
「解んない、けど…多分、まだ言ってないよ。誰にも言えなかった悩みを打ち明けるみたいな口調だった」
「だろうな。オレらとの付き合いより佑稀先輩との付き合いの方が短いし、何か麻綾の中でのポリシーみたいな物なんじゃないか?大事なことは麻依に最初に話すって」
「…嬉しいけどさ」
自分に言い聞かせるようにぽつりと麻依が呟く。
「いつまでもそばに居るわけにいかないじゃない、あたしも、麻綾も、一緒には」
「…そうだな」
「麻綾はちゃんと、自立しようとしてる。なのにあたし、麻綾にも朔斗にも甘えてる。…こんなんじゃ、ダメだよね」
「麻依さ」
オレは半泣きの顔をして俯く麻依の華奢な右肩を掴んだ。
「そういうこと言って、そういう顔するとき、何でも一人でやろうとする」
「でも強くなんなきゃ――」
「バカ!!」
麻依が次に何を言うかなんて、10年も一緒に居れば解る。
「お前が強くても弱くても、オレがお前を好きなんだからそばに居て。一生懸けて守るから。2人で自立出来ればいいよ。誰にも頼らないで生きてくなんて無理だろ?麻綾に頼りたくないならオレを頼ればいい」
はっと麻依が顔を上げた。それと同時に眼に溜めていた涙がポロッとこぼれ落ちる。
「朔斗ぉ…」
オレはどうやら、迷子になっていた子供を見つけたらしい。
「…今までずっと、1人で生きていけるようにならなきゃって思ってたのか?」
「…朔斗には、ちゃんと方法があるじゃない!!頭もいいし、剣道だって上手いし…あたしには、自立する方法がないの――」
「あるよ」
オレは知ってる。
麻依のいいところも、好きな物も、クセも全部。
だからこそ断言できる。
「オレのそばに居ればいいじゃん。自立した人間だって、病気になるし、ケガもするし、人に迷惑かける。当たり前だろ?麻依はそれの何が怖い?」
麻依が思いっきり息を吸うのを感じた。
「怖く、ない。…朔斗が一緒だから」
もう涙を浮かべてはいない。
意志のある笑顔だった。
「朔斗のそばに居る。もう離れないからね」
そう言って麻依はワイシャツの裾を引っ張り微笑んだ。
その腕をひいてしっかりと両腕で麻依を抱きしめる。
「麻依が離れたくてもオレが離さない」
麻依の耳元でそっとささやく。
「愛してる、麻依――」
「…あたしもだよ、朔斗」
麻依もオレの耳元で言う。
こんなにこそばゆいことをしていたのかと思うと顔が赤くなるのを感じた。
それほど愛しい麻依が、こんなにそばに居るんだ…。
トントンッとスリッパで歩く音が突然響いて、麻依が腕の中でビクッとするのが伝わる。
…階段を上る音だ。
「麻依、ベランダ出てな」
「う、うん…」
見つかったらどうなるか解らない。
どうやら麻依は二重ロックで手間取ってるみたいだ。
「朔斗くん?部屋に居る?」
映夕さんの声だ。
まだ麻依は窓をガタガタ鳴らして、ロックと格闘している。
「居ないの?…入ってもいいのかしら、掃除するのに…」
――もう無理だ。
オレはロックを解除しようとする麻依を制止して、強引に麻依の腕を引き、抱きしめた。
麻依の心音が聞こえる。
さっきまでの焦りと、オレが何をしたいのか解らなくて困惑するのと、オレを好きな気持ちが入り混じっているのだろう。
…ガチャリ。
映夕さんが、オレの部屋の扉を開けた。