Story 15;旅立ち
「じゃあ麻依、朔斗とヨリ戻したのね?よかったぁ〜…」
朔斗の風邪は幸い肺炎になることなく快方に向かっていって、昨日予定通り退院した。今日は大事をとって学校を休んだけど明日には来るって言ってる。
放課後のパート練中、ちょっとサボってあたしと麻綾は教室で話した。
「麻依はさー…幸せ者、だよね。世界でどれだけの人がこんなに愛されてるのかって、そんなにいないんじゃない?朔斗なら、何があったって麻依のこと幸せにしてくれるよ」
「麻綾も幸せ者でしょ。郁未さんと雅さんっていう親切な両親に出会えて、生まれ持った外見と優しさで佑稀先輩の彼女になってさ。…それに」
ちょうど朔斗があたしに向けた、あの何かを期待するような眼を、あたしは麻綾に向けた。
本当なら笑いながら答えるはずなのに、麻綾は真顔のまま言った。
「佐倉麻依っていう、最っ高の親友に出会えた−−」
確かに期待した言葉は、その通りだった。それでも…
「麻依」
「…なぁに?」
麻綾が諦めたように上を見る。
「私…半年間居なくなってもいい?」
一瞬、時が止まったように感じた。教室の時計の秒針が大袈裟に身体を駆け巡る。
そしてしばらくして、今までの秒針とは違う、重い長針の音が、あたしの身体を震わせた。
「い…ま、何て言ったの…?」
長針に心臓を動かされて、あたしの身体は動き出したけど、それと同時に現実逃避を確実に始めていた。
「半年間」
麻綾はつらそうにそこで言葉を切った。
「日本を、離れようと思う」
「…留学、ってこと?」
「表向きはね。本質は、違うの」
「な…ん、で?」
「あのね、麻依。いくらお母さんが実の母親って解ってても、あたしとしては、やっぱり父親も知りたいんだ。でもお母さん、父親のことだけは雅さんにも打ち明けてないみたいなの。ただそれの手掛かりが、お母さんの留学してたロンドンで見つかるかもしれないって…。
私、捜しに行きたい。フランス人だってアメリカ人だって、どんな人でも構わないから、会ってみたいの、お父さんに…。私が麻綾ですって…日本でお母さんと旦那さんの雅さんと暮らしてますって…伝えたいの。で、友達もいっぱい居て幸せにしてるから、迎えには来ないでって…!!」
麻綾が声を荒げるのは滅多にあることではないし、あたしは初めて見たような気さえした。
「麻綾」
知らず知らずのうちに涙が溢れ出していた眼は、白くて綺麗な手に覆われていたけれど、今名前を呼ばれた彼女は手の中で確かに顔を上げた。
「麻綾が決めたことでしょ。誰が反対するの」
麻依より5cmは背の高い麻綾の頭が、麻依の腕にすっぽりと包まれた。
「麻綾、佑稀先輩のことはどうするの?…まさか1ヶ月以内に発つなんて言わないよね、進学試験あるのに」
「佑稀先輩頭いいから大丈夫。いつも亜稀先輩とトップ争いして勝ってるから。多分首席合格出来るんじゃないかな。それに当たり前だけど、ちゃんと3年になったら行くよ。佑稀先輩のリボンはあたしのなんだからっ」
「何よ、お互いの彼氏首席なの?あたしたちも頑張らなきゃ」
「麻依は大丈夫だよ。まぁ2トップはいつも結架ちゃんと朔斗だけど…よく成績優秀者の10人に載ってるじゃん」
「麻綾だっていつもトップ15圏内じゃん!!」
3年になったら、麻綾が居なくなる。
でもあたしなんかよりずっと麻綾の方が心細いはず…。
麻綾がいつどんな形で帰ってきても、支えてあげられるような、あたしはそんな佐倉麻依になる。