Story 14;吐息
「遅いなぁ…」
麻依は携帯を握りしめたまま、リビングのソファに座って映夕と誠斗の飲みかけた、ワインのボトルを眺めて、そう呟いた。
やたら家の中に自分の声が響いて、余計寂しくなった。
4人で住むのにだって広いくらいの家だから、1人でいるといつもの4倍広い気がする。
時計の短針は、もう既に11と12の間を差しているって言うのに…
家を出てから4時間近く経つ。いくらなんだって、遅い気がするし…連絡が一切ないのが、逆に怖い。
静かなリビングに、突然携帯の着信音が響いた。
「もしもし!?」
「麻依?お母さんだけど…朔斗くんね、たいしたことはないらしいんだけど、肺炎起こしかけてるみたいで。とりあえず今日と明日は入院して、様子見るって。
誠斗さんは病院に残ることにしたから、私はこれから帰るわ。お風呂はもう入った?」
「あ、ごめんまだだ」
「そっか、心配だったのね。家に着くまでしばらくあるし、入っちゃってくれる?先に寝ちゃってもいいわよ」
「解った、でも紅茶いれて待ってるよ。お母さんだって疲れたでしょ?」
「…ありがとう、麻依。じゃあミルクティーでお願いしようかしら」
「ミルクティーね。いいよ」
「じゃあ、後でね」
「うん、気をつけてね」
パタンと携帯を閉じて、深い溜息を吐いた。
お風呂に入って、また溜息を吐く。
心配っていうより…苦しかった。
せっかく解りあえた。
やっと朔斗の側に胸張って居れる。
今までのあたしからしたら今日ほど嬉しい日はない。
好き。あたしは…朔斗が好き。 何度だって言ってきた言葉だけど、片想いだったあの頃とも、甘々な毎日とも、全然違う。
気づくと指先を見つめていた。
この手で今、触れることが出来たなら…。
抱きしめられたなら…。
心音が聞こえるほどの静寂。 何とも言えない虚無感。
欲張りなのは解ってるの。
付き合い出しのカップルだってここまで依存しないだろうに、あたしってば朔斗に甘えすぎ…。
朔斗がそばに居ないだけで、気弱になる自分を捨てたかった。
最初に別れたのは、そのためだったはずなのに。
もし朔斗と兄妹だったとしても…耐えられるだけの強さがなくちゃ、一緒には居られない。
朔斗の迷惑になるだけ…。
スッと息を吸って、吐いた。
お湯で湿らせたタオルを眼にあてて、赤く腫れた眼を戻す。
…どうか、強くなれますように。
ずっと、朔斗と居られますように…。
タオルを外してそっと眼を開く。
ほんの少しだけ、世界が明るく見えた。