Story 13;想いの代償
ちょうど今日は星空が綺麗で、静けさの中にもちゃんと想いがあった。何もしていなくても、気まずくなんてならなかった。
今は、とりあえず今だけは…
血が繋がっていることなんて、忘れていたかったし忘れていた。
「…麻依?」
「…なぁに?」
「歩未さんと父さん…マジで結婚すんのかな…」
「…そうかもしれないね」
「…だったら、どうする…?」
その一言には、言ってほしい言葉が完全に含まれていた。
「家出、しちゃおうか」
朔斗のリクエストに応えて、あたしはそう言ってみた。
予想通りの言葉が帰ってきたらしくて、朔斗は力無く微笑んだ。その横であたしは、いたずらっぽく笑う。
「なんて、ね…」
あたしが少し顔を俯けて、そう言うか言わないかのうちに、朔斗の一言が耳に飛び込んだ。
「オレはそれでもいいと思ってる。麻依と2人きりで一緒に居たい」
「え…?」
閉じかけていた眼を見開いて、あたしは朔斗の目をじっくりと見つめたけれど、冗談だなんて言葉は眼からは一切読み取れなかった。
朔斗の目つきの真剣さに、鳥肌が立った。そんなに真剣な眼で言われたら、2人でなら大丈夫な気がしてきてしまうのだから不思議だ。
「お、おんなじお腹から産まれて来たからって、結婚出来ない訳じゃないんだよ?事実婚だって構わないよ。あたしは…朔斗と一緒に居られたら、それでいいの」
「そうは言ったって…」
朔斗は崩れ落ちるようにしてあたしの肩に身を任せた。
…あれ?
「ちょっ、朔斗…あっつ…」
さっきの力無い微笑みの原因はここにあったらしい。
こういうときは、子供のあたし達に対処出来ない。それが、朔斗にとってきっと一番悔しいことなんだろうけど、仕方ないとしか言いようがない。
朔斗はすごい熱を出していた。
そして、罪悪感を感じると共になんだか朔斗が可愛らしく想えたりする。
雨の夜も、冷え込んだ朝も、猛暑日になった昼休みにも、あたしを想っていてくれたのかなって。だから具合悪くなったのかなって。
思い過ごしかもしれないし、季節の変わり目によくある症状なのかも知れない。
だけど、そう想えるだけであたしはきっと――――世界一の、幸せ者なんだ。
「お母さーん!誠斗さーんっ!朔斗が、すごい熱なのー!」
…風邪、うつってもいいや。
なぜかそのとき、ひとつだけ自分に出来ることを思いついた。
あたしは半分意識の無い朔斗の唇に、そっとキスをして、2階の階段の吹き抜けから、リビングに向かって声を掛けた。
朔斗の熱は、39℃を超えていた。
もう中学生だけど、何かあったら心配だと言う理由で緊急医に連れて行くことになった。
あたし達はまだまだ子供だけど…
人を愛する気持ちは、大人と…お母さんや誠斗さんと、変わりないんだよ。
届かなかったときは、それだけの傷を負う。
愛すようになる瞬間は単純だけど、その気持ちが壊れる瞬間は凄まじい痛みを伴うものなんだ。
それでも人って、誰かを愛するように出来てる。
どんなにツラい思いをしても、愛さなきゃ、生きていけないから。
歩未さんだって、パパだって…今のあたしよりも幼いうちに死んでしまった麻友姉だって、愛することはきっと知ってた。
麻綾と佑稀先輩、柊と結架、達希くんと京香が互いを想う気持ち。
亜稀先輩が三矢航先輩を想ってた気持ち。エリが朔斗を想う気持ち。
誰かを想う気持ちに、大人も子供も存在しない。
あたしは心にそう刻んで眼を開き、朔斗のブランケットを誠斗さんに手渡した。
幾度となくしたキスが、あたしの唇のレモンライムをほとんど全部朔斗に移してしまったらしい。
引き出しの奥から、ちょっと埃を被ったストロベリーのリップを出して、そっと塗り付けて、誠斗さんの運転する車を見送りに行った。