Story 9;君の存在
「…朔斗が泣くの、初めて見た」
ホントに、初めてだった。それだけその涙には重い意味があるような気がして、その次の言葉が出てこなかった。
「…麻綾」
「…何?」
「オレ、…っ麻依に…フラれた…」
「うん…」
頷くしかない…朔斗を傷つけてしまうような気がしたから。本当のことを言ってしまいそうになるから。
「…んでだょ…麻依が好きだ…麻依が…」
ねぇ麻依。あたし、誰よりもわかってると思うな。
どれだけ麻依が朔斗を好きかって事だけじゃなくて。麻依が朔斗の事好きだから別れた事だけでもなくて。
朔斗がどれだけ、麻依を好きかって事、知ってるよ。
「朔斗は…朔斗にとっては、麻依が1番大事、なんでしょ?」
「うん。クラスの友達なんかより、麻綾が大事だし、麻綾よりもずっと…麻依が好きで好きでしょうがなくて、麻依が大事なんだよ。なのに…側にいて守る事がもうできないんだ、って…想うと…」
あぁ、朔斗はこんなに麻依が好きなんだ。恋人同士でいたかったんだ。
でも朔斗。ごめんね。今はホントの事、言えない。麻依だって今でも朔斗が好きで好きでしょうがないの。でも…離れるしかない、その決断を私に変える権利なんてないの。
ホントは言いたい。麻依は、朔斗を1番傷つけない方法として、朔斗と別れる道を選んだ。『こんな運命が突きつけられてる時点で、もうあたしと朔斗は結ばれる運命になんてないんだから』――――麻依は、こう言った。『あたしが傷つけばいい。朔斗を傷つけたくない』
そう言って、泣いてた。
前の私なら、そんな風に愛せる麻依と、そんな風に愛される朔斗と、そんな感情が抱ける2人がうらやましくて仕方なかっただろう。
でも今私の側には、そんな2人と同じようにかけがえのない人が居る。
「…もう知ってると思うけど」
なんて言って切り出せばいいのかわからなかった。なんて言っても間違いのような気がしたし、なんて言っても合っているような気もした。
「今の私には、…『仲里麻綾』には…『水野佑稀先輩』って言う…朔斗にとって麻依みたいな存在の人がいる。私は佑稀先輩の事大好きだし、きっと佑稀先輩も同じように私の事想ってくれてると思う。
でも、朔斗と麻依の関係とまるで同じ関係なんてこの世に存在するわけないし、私と佑稀先輩とまるで同じ関係だってきっとない。だから、私が言う事が全て正しいなんて思わないけど…でも、知っててほしい。絶対、絶対…朔斗は1人なんかじゃないよ。
この世界で唯一絶対って言えるのは『死』だけだ、って…聞いた事はあるけど。でも、その瞬間が来たって私は朔斗を絶対見捨てない。親友だから。初めてできた…親友だから。
朔斗が麻依を想う気持ちになんて及ばないけど、私だって、朔斗の事、大好きだよ。それだけは忘れないで。
私が朔斗を、1人にしないの。朔斗が1人にならないんじゃなくて。
…こんな風に思えたの、朔斗のおかげなんだよ…?」
「――――…ぁや……」
「朔斗!ほら、泣かないでよ!!」
そう言う自分の目が潤んでることも少しは勘付いてた。
泣かないでよって言いながら、朔斗の泣き顔は二度と見られない気がしたから、その後は何も言わないでいた。
自分の涙が、乾くまで待とう。