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last competition③

 ついに本番がやって来た。高校生活最後の大会で、健吾は実力を出し切れるのか? そして結果は?

 全力で競う姿をは、異星人ヌアサ=沙綾の眼にはどう映るのだろうか。

 男子百メートル走は、陸上競技でもトップクラスの知名度と人気を誇る。二百メートル走や四百メートルリレーの世界記録は知らなくても、男子百メートル走の記録なら大抵の人は知っているものだ。

 だがその反面、厳しいのも事実だ。何故なら高校生なら十一秒前後、世界の舞台なら十秒前後で全てが決まるのだから。コンマ一秒の差でも着順の違いは明白なのだ。そして毎日の練習によって、常にベストの力を出せるのがアスリートだ。コンディションさえ保てば、タイムのばらつきは驚くほどに少ない。せいぜいコンマ一秒からコンマ二秒というところだ。


 そんな中で健吾は競い合う。日々の練習の成果を出し切れるのか? 不安は当然ある。だが思いの外、緊張はしていなかった。開会前の騒ぎの所為か、リラックスとまではいかないが、筋肉もメンタルもかなりほぐれてきていたのだった。

 ジャージを脱ぎ、ゼッケンのついたユニフォーム姿になる。濃いブルーのユニフォームだ。そして係員の誘導に従ってトラックに向かう。他校の選手達と合流し、順番通りに並ぶ。一次予選の第三レース、第三レーンだった。

 順調に第一レース第二レースと進み、ついに健吾の出番が来た。スターティングブロックを調整し、少し下がって体をほぐしていると、アナウンスで各選手が紹介されていく。ゼッケン番号、校名、名前が読み上げられ、選手は手を上げて答える。


 全員がアナウンスされると、皆位置に着く。お馴染みのクラウチングスタートの姿勢だ。審判員の「用意」の声で一斉に腰を上げ、一瞬で空気が張り詰める。そして号砲が響く。同時にダッシュ。

 が、すぐさま二度目の号砲が鳴った。誰かがフライングをしたのだ。どうやら第一レーンの選手のようだった。だが、いちいち咎める者はいない。どうしても避けられない事なのは皆が分かっているし、二度繰り返せば失格だ。何よりもそんな事を気にするより、自分の集中力を切らさない事、そしてテンションを保つ事に集中しているのだった。


 再び位置に着く。

 「用意」の声。

 号砲。

 ダッシュ。

 

 健吾の手足が力の限り動く。筋肉が躍動し、スパイクを履いた両足が地面を蹴る。体が風を切って進む。全身が連動し、ただひたすら前に向けて走る力を生み出し続ける。体内の血液が沸騰したかのように熱を帯び、細胞に酸素を送り続ける。

 同時にスタートした6人の選手が、ほぼ前後1mの間にかたまってゴール。接戦もいいところだった。

 すぐにアナウンスが流れ、健吾は二位だった事が分かった。上位二選手が二次予選への出場切符を手にできるルールだ。何とか次に繋がった事が分かり、小さくガッツポーズをとる健吾。

 

 観客席で応援していたくるみが沙綾の肩を揺すり、おおはしゃぎしながら声援を送っている。


「ほらほら沙綾ちゃん、一次予選突破だよ! この調子で決勝レースまで行っちゃえ!」

「ねぇくるみちゃん、何回勝ったら優勝なの?」

「確か……二次予選各レースの上位二位までの選手で決勝レースをやるはず。それで勝てば……」

「つまり、後二回勝てばいいのね?」

「そう! 頑張れー!!」



 多少の時間をおいて二次予選が始まった。そして――そこで健吾の最後の大会は終わった。



 観客席の沙綾とくるみは、重苦しい沈黙の中にいた。


「……残念だったわね」

「……そうだね。あんなに頑張ってたのに。もっと……走らせてあげたかったな」


 どちらからともいう事無く立ち上がり、階段に向かって歩き出す。


「私、ちょっと様子を見てくるね……」


くるみが告げると、沙綾も頷いて返す。


「うん、私も後でちょっと。野暮な事はしたくないから、少しずらすわね」

「ありがとう」


 軽く手を上げて頷くと、走って行くくるみ。それを見送る沙綾の顔には、混じりっ気無しの笑顔が浮かんでいた。



 くるみは連絡通路の片隅で健吾を見つけた。健吾は壁に額を押しつけたまま動かない。拳は固く握り締められ、壁面で震えている。くるみは少し躊躇った後、そっと語りかけた。


「……残念だったね」

「……そうだな」


 くるみが来たのを、とうに気付いていたのだろう。驚きもせずに健吾は答えた。消え入りそうな声で。くるみはここに来るまでに、どう接すればいいのか考えていた。だが結論は容易に出なかった。「自分もIHに出られなかったし、おあいこだよ」とでも言うのか? そういう問題では無い。ならば優しい言葉をかけ続けるか? 女に慰められて喜ぶタイプでもない。そしてくるみが選んだ答えは――


「外で待ってるね」


 背中から健吾をそっと抱きしめて告げた。


「……かっこ悪りぃな、俺」

「そんな事は考えないで。……じゃ、後でね」


 振り向かずに歩いて行くくるみに、そっと視線を送りながら健吾は呟いた。


「……こんなんじゃ、まるっきりダメな男じゃねぇかよ」


 確かに善戦はした。だがそれだけだった。全力を尽くしたが結果は出せず、彼女にまで気を遣わせてしまっている。情けない男だ自分は――そんな気分になっていた時、新たな声が健吾を振り向かせた。


「残念だったわね」


 沙綾だった。だがいつの間に来たのか。健吾は全く気付かなかった。


「そうだな」


 突然の事に驚いたせいか、くるみに反したのと同じ言葉が、やや固く響いた。


「もう一つ勝てば、決勝だったのにね」

「ああ、そうだな」

――異星人に何が分かる


「全力が出せなかった?」

「いいや、タイムは自己ベストだった」

――開会前にあんな騒ぎになって全力が出せるはずが無い


「私が来たせい?」

「いいや。スタートラインに立っちまえば、どんな事も頭から消える」

――そうだ、お前のせいだ


「私は来なければ良かった?」

「そんな事は無ぇよ」

――お前さえ来なければ


「悔いは無い?」

「もういい!」


 壁を殴る音が通路に響いた。荒い呼吸音。そして、少しの時間が流れた。


「――悪い、少し一人にしてくれ」

「分かったわ、ご免なさい」

 

少し俯き加減に沙綾が言う。


「ただ……知りたかったの、どうしても」


 知りたかった? 何を? 地球人の感情の事なのか、それとも競技自体の事なのか。健吾には判断がつかなかった。そして沙綾は振り向きながら、そっと伝えた。


「許してくれるならいつでもいい、あの場所へ来て」

「……分かった」


 健吾は歩いて行く沙綾の方を見る事が出来なかった。


「……最低だ、俺は」


 思うような結果を出せなかった事を、心の奥で沙綾のせいにしようとしていた自分。それを偽って「いい人」を演じようとしていた自分。そんな自分に対しての苛立ちを隠せず、声を荒げてしまった自分。自分自身の未熟さが腹立たしかった。


大会はその後も順調に進み、閉会式も無事終わり――部員の中からはIH出場者を一人出すのみで終った。「全滅しなかっただけマシ」という見方も出来る。進学校はやはり、こういった方面は弱いのだから。しかしそれを言い訳にしていたら、三年間頑張る事に何の意味がある? 高校生活最後の年を迎えて、健吾はそう考えるようになっていた。奮起するのが遅かった事は否定できないが、それでも結果を出そうと必死にやって来た。それでも力が及ばなかった時、どうすればいいのだろう。


 顧問の寺坂とキャプテンの木口からの言葉も終わり、三々五々家路についた。健吾はくるみと沙綾に「もう少し気持ちの整理をしたい」と伝え、一人で帰る事にした。無人の家に帰り、ベッドに転がって天井を眺め――少し眠った。


 

 

 思ったよりも長くなってしまったので、一旦区切ります。というか間が空いてしまってますね。風邪をひいてしまったりPCが不調だったりしてますが、それにしても遅いですね、私は。イカンなぁ……。

1/1一部改稿

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