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morning panic

 ヌアサとの対話を終えて、「観察」はあるにせよ日常生活に戻れると思っていた健吾。だが、そうは問屋がおろさなかった。

 ヌアサがいる限り、健吾の生活に安息の二字はないようだった……。

 翌日。健吾はくるみと共にアーケード街を自転車で走っていた。カップルが並んで通学する姿は、年配者の目を細めさせる微笑ましさがある。健吾たちもアーケード街の住人たちと笑顔で朝の挨拶を交わして、学校へと向かう。


「……で、なんかトチ狂った連中に後をつけ回されたってワケよ」

「それは災難だったわねぇ。ま、浮気するほどモテるわけじゃないから、心配はしてなかったけど」

「……信用していたって事にしちゃもらえんか?」

「じゃぁそういう事にしといてあげる。これはサービスね」


 健吾はあくまでも「表向きの事情」を話して、納得してもらう事に成功したのだった。つまり、沙綾と転入前夜に偶然出会い、たまたま同じクラスになり、その縁で校内を案内していたら「彼女がいない連合」につけ回された――という内容だ。偶然という要素が強すぎるが、表面上は間違い無いのだから証人は幾らでもいる。それに、あれだけの美人なのだ。初日からファンクラブめいたものが出来ても「確かにあり得る」と納得するだろう。

 ただ、その姿がかりそめのものである事を知っているのは健吾だけだった。そうなると、当然「本当の姿」が気になってくる。もしも人間とは似ても似つかぬものだったとしたら――やはり年頃の少年としては、目の覚めるような美少女でいて欲しいところだった。

 とは言うものの、すぐ隣には健康美に溢れた彼女がいる。それに何だかんだといっても、ヌアサはいつか必ず居なくなる異星人なのだ。どうこうなろうというつもりも無い。その辺りは古風なところがある少年だった。

 学校へ到着し、自転車置き場から靴箱へ向かう為に正門方向へ連れだって移動する。二人の耳に、妙なざわめきが聞こえてきた。登校時は賑やかなのが普通だが、どうもいつもとは違う。何か騒動でも起こっているのかと二人が正門に行くと、あり得ない光景が展開されていたのだった。


 正門の入り口で沙綾が浮かんでいる。座った状態で浮かんでいる。


 いや、よく見ると何人もの男子生徒達が担いでいる神輿みこしのようなものに乗っているのだ。野太い「ワッショイ! ワッショイ!」の掛け声までも響いてくる。そして先導と言うか露払いと言うべきか、先頭に立って「どけどけぇぇぇぇい! 道を開けろぉぉぉぉぉ!」と怒鳴っているのは、健吾の旧友である竹本だった。

 健吾とくるみは二人並んでお口ポカーン状態である。


「何なのアレ……?」

「俺に聞くな……」


 やっと喋れた内容がこれである。健吾は直感が働かなかったのをいぶかしんだが、いちいちこんな事を察知しても困る。

 二人が立ち尽くしている間に、沙綾神輿が正門を通過しようとした時。教師が数人やってきて、神輿の一団を制止してなにやら問答を始めた。どうやら竹本が代表して受け答えしているようだ。健吾は知らんふりを決め込もうとしたが、くるみが「友達を見捨てるの?」と言いたげに引き止め、仕方なく沙綾と竹本達の方へ向かう。

 健吾に気づいた沙綾は「あ、美作君おはよう」とにこやかに手を振った。どうも事態を理解していないようだ。教師の一人は「おう美作、お前も何か言ってやれ」とけしかけ、竹本は堂々たる態度で「美作か、早いな」と朝の挨拶をしてくる。健吾はこのカオスな状態に軽い頭痛を感じながら事態の収拾を図る事にした。


「おい竹本、お前何やってんだ!?」

「何って。今押し問答中だ」

「そういう意味じゃない! この神輿は何なんだ!」


 上から沙綾が答える。


「皆が日本の女子はこうやって登校するんだって教えてくれたんだけど。何かまずいの?」

「そんなワケがあるかぁぁぁぁ!」


 全く疑っていない風な沙綾の答えに、健吾と教師たちが同時に吼える。


「周りを見てみろ! 他の女子の誰がそんな登校をしてるってんだ!」


 健吾に言われてキョロキョロと周りを見渡し、


「そう言えばそうね……」

「言われる前に気づけ! んで早く降りろ!」

 とぼけた答えを返す沙綾に、身振り手振りも交えて急かす健吾。だが竹本がその胸倉を掴んで怒鳴る。


「美作! 貴っ様ぁぁぁぁぁ!! 湯浅さんに対してその態度はなんだぁぁぁぁ!!」

「なんだはお前だ! 汚い手を放さんか!」


 竹本の手首を掴んで引き離そうとする。教師達も「落ち着かんか、お前ら!」と間に入って両者を分ける。ようやく本題に入れる空気になったところで、教師達が竹本に向かって言う。


「とにかくだ。もうこんなアホな登校方法はするんじゃない! いいな?」


 至極当然な指導も、目にピンクの膜がかかった状態の竹本には、暴論としか聞こえなかったらしい。


「ちょっと待った! 校則のどこに『神輿通学を禁ず』だなんて項目がある!?」

「どこの世界にわざわざそんな禁止事項を謳った校則があるか!! とにかく周りの迷惑になる行為は禁止されとるだろうが!!」

「じゃぁ周りが迷惑してるって言うんですか!」

「目一杯迷惑しとるだろう! 見えてないのか!」

 

 周りを見渡し、言葉に詰まる竹本。そこへ沙綾がさらっと

 

「やっぱり皆に迷惑をかけるのは良くないわね。もうこんな事は止めましょう?」

 

 と無情とも思える発言をした。「こんな事」扱いされた事も分らないのか、神輿の一団は声を揃えて「ハイ!!」と見事な返事をする。教師たちも内心では頭を抱えつつ、


「もういいから早く行け。この神輿は後で処分するから」


 結局教師達に追い立てられるように靴箱に向かう健吾達。沙綾が一緒に来ているので、竹本達も付いてくる形になっている。それはいいが、何故か神輿の一団は妙に足音が揃っているのが気にかかるザッザッザッと、まるで軍靴の響きだ。軍隊並みに統率されているのだろう。健吾が内心ではウンザリしながら竹本に問いかける。


「お前らなんでいきなりこんな事をおっ始めたんだ?」

「決まってるだろう。湯浅さんがあまりにも美し過ぎるからだ!」

 

 恥ずかしげもなく言い放つ竹本に冷ややかな視線を浴びせつつ、健吾が氷のような言葉を放つ。


「なら好きにすりゃいいがな、何年か経ったらお前ら……夜中に突然今日の事を思い出して、蒲団をかぶって一人でジタバタする羽目になるんだぞ?」


 身も蓋もないとはこの事である。だが、脳をピンクのヴェールで覆った竹本には通じなかった。拳を握り締めて力説する。


「いいや俺達はそうはならん! なったとしても悔いは無い! 今この瞬間を俺達は全力で生きたのだ!! そう、完全燃焼して真っ白に燃え尽きた!!」

「燃え尽きてどうすんだお前……人生終わったって事だぞ」

  

 そんな突っ込みも空回りのようで、快気炎を上げる竹本は後ろに付いて来る面々を示し、朗々と述べる。

 

「見ろ! 彼らの晴々とした表情を! お前に朝からこんな顔ができるか!? いいやできまい! 我々と貴様とでは、人生の充実度が桁違いなのだ!!」


 確かに彼らの顔を見ると、いわゆる「やり遂げた男の顔」になっていた。満ち足りた笑顔。「我が生涯に一片の悔い無し!」とでも叫びそうなほどの清々しい面持ち。確かに健吾には出来そうも無い。ただ沙綾を神輿で運んだだけのくせに。


「ああ分かった、もうお前らの好きにしろ。にしても……やけにごつい面子が集まったもんだな」


 ざっと見ただけでも、空手部副主将の重近しげちか、ラグビー部キャプテンの東條とうじょう、ボクシング部副キャプテンの渡邉わたなべ、柔道部主将の古園ふるぞの等々、校内でもトラブルは絶対に避けたいタイプが半数近くを占めていた。


「うむ、いいところに気がついたな。つまり……湯浅さんの魅力は男度数の高い、つまり『おとこ』ですら容赦なく惹き付けてしまうという事だ!」

「ああそうか、それは良かったな。とにかく俺はお前達と関わるつもりはねぇからな」


 きっとこいつは、こうやってアジ演説でリーダー的ポジションに収まったんだろうな――と考えながら、彼らと距離を置く事を宣言した。

 そのつもりだった。


「奇遇だな、俺達もお前が何処で何をしようが知った事では無い。が、しかし! 湯浅さんある所、必ず俺達も共にある! つまり湯浅さんが貴様と関わるなら、俺達『湯浅沙綾さんを崇める会』も貴様と関わらざるを得ん!」

「ちょっと待て! なんでそうなるんだ! 変な会まで作りやがって……今言っただろう、俺はな!」

「貴様の都合など知った事ではない! 俺達の都合でもない! 全ては湯浅さんの都合次第なのだ!」


 最悪である。ヌアサ=沙綾が健吾を観察している以上、必ず健吾と関わるのは明白である。そうすると、この連中も自動的にくっついて来るという事になる。この暑苦しい連中がいては、平和な日常生活はぶち壊しだ。絶望的な気分になった健吾は沙綾とくるみの方へと視線を向ける。これまで女性陣二人は呆気に取られた風に、健吾と竹本のやり取りを見ていたが、とうとうくるみが爆発した。


「ちょっと竹本君! あんたいい加減にしなさいよ! 幾らなんでも一方的過ぎるじゃないの! 湯浅さんを崇めようが拝もうが、そりゃ好きにすればいいわよ! でもね、なんだって湯浅さんが関わる人達にまで迷惑をかけるのよ。健吾君だけの話じゃないわけでしょ!?」

「むう……黒瀬さん、恐らく巻き添えを食うであろう君には申し訳ないとは思う。が、しかしだな……」

「しかしもペプシもないわよ! 大体あんた自分の言ってる事が分かってんの? 完全にストーカー宣言じゃないのよ!」

「ス……ストーカーだと?」


 ようやく我に帰ったらしく、『崇める会』の面々はすがるような目で沙綾を見る。それを受けた沙綾は、しなやかな指を形の良い顎に当てて少し考えるそぶりを見せた後、こう告げた。


「……そうね、ストーカはさすがに困るわね」


 一斉に絶望の呻き声を上げて項垂れる『崇める会』の面々。女神から直接断罪されたも同然なのだ、無理からぬ事だった。だが、ここでフォローを入れるのが沙綾である。


「でもね、気持ちは嬉しいの。それは確かよ。だから常識の範囲内で、周りの人達に迷惑をかけないように気をつけてもらえれば……きっと誰も怒らないと思うの。そうしてもらえたら、私もうれしいな」

 

 と、慈母のような笑顔で語りかけたのだ。優しく、裏表を微塵も感じさせない雰囲気をまとって。これで『崇める会』の面々が喜ばないはずがなかった。


「うおぉぉぉぉぉぉん!!」


 といわゆる「男泣き」が爆発したのである。感極まったのであろう、感謝だか感激だかの言葉を述べているようだが、もはや何を言っているのか分らない。言葉になっていないのだ。抱き合って泣いている者、天を仰いで泣いている者、這いつくばって泣いている者……かなり異様な状態である。遠巻きに眺めていた他の生徒達も、足早に立ち去って行く。


「……俺達も行こうか」

「……うん」

「……そうね」


 もう付き合いきれないと判断したのか、或いは関係者と思われたくなかったのか。健吾が促すと沙綾もくるみも『崇める会』を放っておいて靴箱へと向かい、教室へと向かう。くるみと別れ、健吾と沙綾が教室へと入りながら小声で何やら話している。

「上手いもんだな?」

「あのぐらいは学んだのよ、これまでの経験で」


 それぞれ席に着くと、ほどなくチャイムが鳴った。朝一番の騒動で、かなり時間を取られたらしい。担任の坂本が来るまでのあいだ、中村が健吾に話しかけてきた。


「朝から大変だったな」

「見てたのかよ」

「あれだけ騒いでりゃぁ当然だろ。あれこれと巻き込まれる奴だな」

「……好きで巻き込まれてるんじゃねぇぞ?」

「そりゃそうだろうよ……と、来たか」


 坂本の到着を察知して中村が席に戻る。また騒々しい一日が始まろうとしていた。


  





 

 

 今回は完全にコメディパートです。これまでの雰囲気と違い過ぎるかなぁとも思いますが、学校生活はこんな感じでもいいんじゃないかと。

 と言うよりも、私自身がこんな学生時代を送りたかったなぁと思っていたりします。

 

 PCがダウンしてしまい、更新が遅れてしまいましたが、完全に復活しました。通常ペースに戻れそうです。今後ともよろしくお願いします!

9/15改稿

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