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conversation ②

遂にヌアサとの直接対話に至った健吾。


ヌアサは健吾に何を語るのか。


健吾は何を知り、何を考えるのか。


地球人と異星人のファーストコンタクトの行方は果たして?

 ヌアサは健吾の横を通り過ぎていく。踏みしめられた下草が、木々の間から漏れて来る月光に照らされ、僅かに白っぽく色づいていた。彼女が履いている白いブーツに染められたようにも見える。健吾は何か幻想的な、異世界にでも迷い込んだような気分になってしまう。

 程無く沙綾が足を止め、健吾を招く。後円部頂上の南端だった。南西の空を指さして問いかける。


「あの星を知ってるかしら?」

 

 指し示した星は西の空に沈みかけているオリオン座の左上部。イラストならばオリオンの右肩にあたる、オレンジ色に輝く輝星――ベテルギウスだった。


「ああ、知ってる。星座に興味の無い俺でも、オリオン座ぐらいはわかるからな」

「そう。じゃ、あの星――貴方達の言うベテルギウスが、もうじき超新星爆発を起こす事は?」

「確か……一時期話題になってたと思うが」


 観測により、ベテルギウスが超新星爆発を起こす事は、ほぼ間違いないとされている。これが起これば、昼間でも見えるであろうと予想されているが、正確にいつ起こるかまでは分からない。明日かも知れないし、数百年後かも知れない。もしかすると、もう既に爆発していて、その光がまだ地球に届いていないだけなのかも知れない。なにしろ地球から640光年も離れているのだから。


「その爆発に私達の星――ネツァク星系第二惑星マルクトが巻き込まれてしまうの」

「……聞いた事がねぇぞ、そんな星は?」

「当然よ、私達の星での呼び名なんだから。この星での呼び名が全宇宙共通な訳が無いでしょう?」


 言われてみれば確かにその通りだ。健吾は自分の考察がまだまだ未熟な事を痛感した。


「……そうか、分かった。で、それで移住したいと?」

「そういう事」


 やや目を伏せてヌアサは続ける。


「正確には爆発そのものよりも、ガンマ線バーストなんだけどね」

「なんだよそれは?」


 ヌアサは超新星爆発の際に発生する莫大な電離放射線が、自転軸に沿う方向にビーム状に放射されるのだと説明した。


「……それはヤバいのか?」

「とっても。運の悪い事にマルクトはその直撃を受けるの。かなり近い距離でね」

「異星人の科学力で防げないのか?」

「……異星人だからって、何でもアリじゃないのよ」


 つまりは質の問題ではなく量の問題。その言葉を聞いた健吾は守屋の言葉を思い出した――


「そうだ、基本的な事を聞きたい。ベテルギウスの爆発に巻き込まれるって事は、そのベテルギウスに近いって事だよな? じゃぁお前さんの星――ま……まる?」

「マルクト」

「マルクトも当然、地球から何百光年も離れてるんだろ? どうやって来たんだ? エネルギーや食糧の問題だってある。確かにあのUFOはデケェけど、光の速度でさえ何百年もかかる距離だぞ? どうやってクリアしたんだ?」


 健吾は守屋に話を聞いて以来、ずっと考えていた疑問をぶつけた。――さぁどうする? まだまだこんなもんじゃねぇぞ!――と鼻息荒くドヤ顔になっている健吾を、慈母のような笑顔で見つめ返したヌアサは、北東の空を指さして答えた。


「あそこ、見える? あの青い看板の真上、大体60度くらい上になるかしら? 君が昨夜見た、私の個人用母船『アムルタート』が浮かんでいるの」

「……あれか」


 ヌアサが指し示す辺りに、確かに見えた。ややハッキリとした雲のような物が、風に流される事無く浮かんでいる。その形は――昨夜目撃したUFOに間違い無かった。ただ一つだけ違うのは、今夜はかなり小さく見えていると言う事だった。恐らくは、かなりの高度に滞空しているのだろう。


「個人用の母船ってのも豪勢な話だな」

「色々と調査しないといけないしね、装備がかさむのよ。滞在中の食料や何かあった時の為の設備も多種多様だし。データの保存や研究設備も……」

「ああ、大変なんだって事は分かった。で、質問の答えは?」


 健吾が急かすように言う。話を逸らしていると思ったのだ。が、すぐにそうでは無いと分かった。


「つまり、アムルタート単体では恒星間航行は不可能なのよ。研究・分析用装備が多過ぎて、ジェネレーターを小型化せざるを得ないの」

「そうかいそうかい、じゃぁお前さんはどうやってマルクトとやらから来たってんだ?」


 勝ち誇った顔で健吾が問い詰める。――さぁ、これからどう料理してやろうか――と頭の中で算段を始めていたのだが、すぐにそれは崩れさった。


「アムルタートをまとめて運ぶ中枢母船『ハルワタート』で来たのよ。ハルワタートなら、対消滅エンジンも最大規模のものを搭載できるし、制限はあるけどワープ航法も可能だしね」

「へ……?」


 健吾が思わずマヌケ顔で気の抜けた返事をしてしまう。――あの巨大なUFOをまとめて? じゃぁあのクラスの巨大UFOが何機も来ているのか、この地球に。 いや、それ以前に中枢母船とやらはどれだけデカイんだ? ――健吾の頭の中で疑問一気に疑問が噴き出す。


「いくらなんでも私一人で地球の全てを調査出来るワケがないでしょう? さっきも言ったけど量的問題なのよ。無数の昆虫や細菌やウィルス、海底生物や寄生虫、季節毎に変化する生物もいる。一人じゃとてもとても……」

「ああ……まぁ……そうか……」

「つまりチームで調査をするの。私はその中の一人というわけ」


 惑星マルクトからの観測で生物の生息出来そうな惑星をピックアップした後、それぞれの惑星を調査するチームが編成された。ヌアサ達のチームは、まずハルワタートでやって来たが地球には既に文明がある事を知った。先住者達を刺激せずに調査する事を決定した彼らは、調査員各員をアムルタートで地球へ向かわせ、ハルワタートは月の裏側にあるクレーターの中に隠した。調査員達は手分けをして、まず環境・生態系の調査にのり出す。自分達が住めない星に移住しても仕方ないのだから当然だ。

 各地域で通年の温度や湿度、放射線や病原体など多岐にわたる調査を、地球が公転軌道を五周する間――つまり五年間かけて徹底的に行った。結果は「居住可能」。対応出来ない病原体も、ワクチンを作る事でクリアしたと言う。


「食料は? 地球の牛や豚とか魚なんかを食べられるのか?」

「食べても害は無いけど、栄養にはならないわね。だからアムルタート内部の食料が終わった後は、合成した食料を摂取してるの」

「さすがにそれは気の毒だな」

「ありがとう。だけど調査や恒星間航行の間はそれが普通なのよ」


 さらに説明は続く。環境・生態系の調査が終わると、地球において最も力を持つ種――人類に関する調査が始まった。人類社会の構成単位、文明のレベルや文化及び言語、イデオロギーや対立構造、歴史的背景や宗教に至るまで調査は及んだ。


「……で、結果は?」

「現在も調査中。私達は『善き隣人』として移住する事を望んでいるの。移住を認めてもらえれば、私達が持つ技術の供与も予定されているわ。悪い話では無い筈よ」

「技術か……例えばどんな?」

「そうね……こんなのはどう?」


 ヌアサが右手首のブレスレットに軽く触れると、ブレスレット表面に虹色の筋が走る。同時に健吾は自分の周りが「見えないなにか」に囲まれた様に感じた。すると――ある感覚に襲われたのだった。ジェットコースターで最初に降りる時の。飛行機が着陸する為に降下する時の。内臓が持ち上がる、あのむず痒いような感覚に。


「うわわ!!」

「大丈夫よ、私も一緒だから」


 ヌアサがいつもの落ち着き払った声で告げるが、健吾の耳にはまるで入らない。あれよあれよと言う間に身体は浮き上がり、古墳の上に茂る松の木を超え、あっと言う間に地上を遥か下に眺める高度に達していた。

 ヌアサは膝を抱えた姿勢で、尚もジタバタと手足をもがかせている健吾を眺めていたが


「最初はこんなものよね。そろそろ落ち着きましょうか」


 と呟き、左手を伸ばして健吾の額を人差し指でチョンとつついて姿勢を安定させてやった。


「どう?」

「あ、ああ……」


 ヌアサから目を逸らす。異星人とはいえ、美少女がミニスカートで膝を抱えていたら――健康な男子は目のやり場に困るのである。

 多少ぎこちない姿勢で眼下を眺める健吾。自分の遥か下を幾つもの光が走り抜けるのが見える。あれは県道を走る車達だろう。僅かに色付いた光が漏れているのは信号機か。

 少し目線を上げると、信じられない程に視界が広がった。山を越え丘を越え、これまでは決して見る事の出来なかった風景が広がっているのが見える。

 幾つもの民家の窓に灯る明かり。悪趣味だと思っていた大きな看板を照らす光。その間を縫って流れていく車のヘッドライト。これまでは変化の乏しい田舎としか思っていなかったこの町が、妙に暖かく感じられた。

 いつかはこの町を抜け出してやろうとさえ考えていたのに。この町を取り囲む山々が自分を閉じ込めているようにさえ感じていたのに。何故だろう、健吾は突然この町を愛しいものと思い始めた。


「凄いな……」

「分かってもらえたみたいね。じゃ、そろそろ降りましょう」

「いや、ちょっと待ってくれ! もう少しだけ……頼む」

「分かったわ」


 ヌアサは分かっていなかった。健吾が「凄い」と言ったのは技術そのものでは無かったのだ。凄かったのは自分が見た風景であり、沙綾が披露した技術は二の次だったのだ。

 

 数分後、二人は地上に降り立っていた。


「どうかしら。地球には無い技術だったでしょう? 説明の為に披露する事を許されている技術はこのぐらいだけど、交流によるメリットが大きい事は分かってもらえたと思うわ」

「……ああ、確かに。けど分からないのは、どうして俺にって事だ。どう考えたって国連や各国の首脳に見せるべきなんじゃないのか?」

「その段階になればそうするわ。けどね、問題は一般市民の反応なのよ」


 政治家達はメリットとデメリットを天秤にかけて判断するから話が早い。だが一般市民はどうだろう。感情的、或いは宗教的な問題で判断するのではないか。そうなったら悲劇的な結果になるのではないのか。そう問われた健吾は――沈黙するしかなかった。


「だから私達は直接調べる事にしたのよ。様々な国や民族、様々な年齢層、様々な社会的立場の人達に接して、まずは一人だけに打ち明けた場合を。その人がどう反応するのか? その人が属するコミュニティへの影響は? その他にもあるけれど、それらを調査する為に出来るだけ近い立場に入り込むの。地球人の姿を借りて……ね」

「じゃぁ本当の見た目は違うのか」

「当然よ、全く違う星に生まれて、全く別の進化をして来たのよ。 同じ姿なわけが無いじゃない」

「そりゃまぁ……そうだろうけどよ」


 年頃の少年としては、やはり美少女異星人であって欲しい。それが偽らざる本音であったが仕方ない。受け入れるしかなかった。


「で、俺を選んだ理由は?」

「今回の目的としていた年齢層と、社会的立場に属する調査対象の中で、最初に出会ったのが君だったの」

「ああ……そう……」


 落胆するのも無理は無い。何か理由があって「選ばれた者」では無く、「最初に遭ったから」というだけだったのだから。決してゼロではなかった少年らしいヒロイズムが、粉々に打ち砕かれてしまった瞬間だった。


「どうしたの?」


 落ち込んだ様子の健吾を怪訝な表情で覗き込む。


「……いやこう……がっかりするってのが分らんか」

「御免なさい、私達の星では理論が全てなの。感情と言う物が殆どなくて……初めて地球人と接触した時は、『君はまるでロボットだな』と言われたわ」


 ヌアサの表情に陰りが浮かぶ。彼女が正体を明かしてから、初めて見せた感情――それは悲しみだった。 

  

「これでもかなり感情を学んで『人間らしくなった』と言われるようになったの。もっと学ぶから、今日の所は許してもらえないかしら」

「……そうか。まぁ仕方ねぇか、今後に期待させてもらう」

「ありがとう」

 

 僅かな沈黙の後、ヌアサは健吾の瞳を見つめて呟いた。


「貴方達と私達。共存共栄できるかしら?」


 健吾は言葉に詰まってしまった。いきなりそんな大きな事を聞かれても、答えられるはずも無い。一介の高校生に過ぎないのだから。


「まずは、お互いを理解しあう努力をしてからだ。結論はその後でいい。そうじゃねぇか?」


 そう答えるのが精いっぱいだった。ヌアサも微笑んで――きっと本心の笑みに違いない。健吾にはそう思えた――頷いた。

 気が付けば予想以上の時間が経過している。そろそろ帰らなければ、家人への言い訳も苦しくなるだろう。健吾はそう告げて帰宅する事にした。


「まだ聞きたい事があった様な気がするけど、それはその都度聞かせてもらう。それでいいか? ヌアサ……あれ? 湯浅とヌアサ?」

「気が付いた? 私の本名と日本の名字で一番似てると思った名前にしたのよ。沙綾は湯浅をひっくり返して同様に」

「もしかして……ジョークでやったのか?」

「ジョークはまだよく分からないけど、結果的にそうなのかもね」


 健吾の顔が思わずほころんだ。考えてみれば彼女と出会って以来、初めての笑顔だ。――こいつ……どうやら悪意だけはなさそうだ。その点だけなら信用していいかも知れねぇ。まだこの先は分からねぇが――そう考えながら古墳を下り始めた。


「んじゃ、俺は帰るわ。ヌアサはどうするんだ?」

「無論帰るわよ、アムルタートへ」

「さっきの浮かぶヤツで?」

「あれじゃ時間が掛かるわ。この奥に小型船『アールマティ』を置いてるの。それで帰るつもり。気になるなら少し離れて見るといいわ。それと……」

「なんだ?」

「今日はありがとう。それと、私に話があるならここへ来るといいわ。君がここへ現れたら、私もすぐに来るから。出来れば夜の方がいいけどね、人目の問題もあるし」

「分かった。じゃぁな」


 軽く手を上げて坂を下りる。少し離れて上を見ていると程無く、鈍い銀色の物体が空へと舞い上がった。円筒の両端を絞ったような形だ。翼の無い飛行機が、音も無く飛び立つかのようだった。

 その飛行物体――アールマティがアムルタートへと向かうのを見届けて、健吾も走り出す。

 思ったよりも時間が経過しているので急がなければならない。いつもよりもペースを上げて走る。

――なんだかエライ事になって来たな、とんでもねぇ体験もしたし。俺が古代人だったら、彼女を女神と思ったかも知れんな。いや、明日の朝になったら今夜の事も夢だったと思うかもな――そんな事を考えながら、健吾は夜の道を駆けて行った。






 ――その頃。

 アムルタートに着いたヌアサは、格納庫から居住区へと移動していた。ひたすら広く、何も無い空間。床から壁、そして天井に至るまで純白に染め上げられていた。どんな照明システムなのか、彼女の影も出来ていない。白皙の肌と白い服のせいか、まるで黒い髪と黒瞳、そして薄いピンクの唇が浮かんでいるようにさえ見える。

 方向感覚や位置感覚を失いそうな部屋の中で、ヌアサは足を止めて自分の右側の空間を軽く撫でると――薄いブルーのリクライニングチェアーが現れた。透明感があり、まるで光の椅子だ。それに横たわって深呼吸をしたヌアサは頭の中で今日の出来事をまとめ――目の前の空間を撫でた。

 すると今度は様々に彩られた幾何学模様が幾つも現れた。全て立体だ。そのうちの一つに触れると手前にモニターのような物が現れ、ヌアサは母国語で報告を始めた。


『こちら科学技術院ビナー所属 第27移住惑星調査団員ヌアサ。識別番号9907418-4650。ハルワタート応答願います」

『こちらハルワタート。同隊長ゴーバン。識別番号9901617-1794。報告を開始せよ」

『第38次民間潜入調査において、レベル1フェイズ3終了。引き続きレベル2フェイズ1に移行します」

『了解した。引き続き調査対象の自由と安全を最大限保障するように』

『了解。報告を終わります』


 再び目の前を撫でるとリクライニングチェアー以外の全てが消え、ヌアサの周りは何も無くなり、静寂が満ちた。

 一つ伸びをしたヌアサは軽く目を閉じ――静かな呼吸を始めた。それが寝息なのかリラックスしているだけなのか。それを判別する者も気にする者も彼女の周りには居なかった。





 



今回は殆ど説明パートになりました。


当初の設定をそのまま台詞と地の文にしただけと言うか……。


これも後で盛大に修正する事になりそうですw

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