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at the school ②

健吾と沙綾に付き纏う級友達。

度重なる邪推に健吾の忍耐力が底をついた時、沙綾がとった行動とは?

 健吾が七味を取ろうとした時、沙綾が両手を合わせて「いただきます」と静かに呟いた。ただでさえ人目を引く容姿なのだが、その声が更に周囲の耳目を集めてしまう。普通なら同性の嫉妬を買ってしまいそうなものだが、こうして行儀のいい行いを自然に出来るせいだろうか、基本的に同性にもウケがいい。あまり嫉妬を買わないのだ。

 1時限が終わる毎に、彼女の周りには男女問わず級友が群がり質問攻めにするのだ。カナダの学校生活や食事、恋愛事情に至るまで。その一つ一つに対してキチンと答える所もまた、沙綾の人柄を好印象にして行くのだった。


「義務教育課程は、州や公立・私立で違うの。日本と同じ6-3-3制もあるし、8-4制や7-5制もあるの」

「年間行事はキリスト教に基づいたものが殆どね」

「恋愛は……日本の事情を殆ど知らないから。ただの印象でいいのなら、日本よりもおおらかで積極的かな?」


 等々、親身に答えていくのだった。実際の所 健吾も聞いてみたい事もあるし、何よりも「探りをいれてみたい」のが本音だ。沙綾の言動から、昨夜の事が決して夢や幻覚の類でない事は確かなようだが、それならそれで彼女が一体何者なのかが問題になろうというものだ。

 だが休憩時間は隣の席だというのに人間の壁に遮られ、時間の長い昼休憩はこうして情けない名前の連合に付き纏われてしまい、核心に触れる事が出来ないでいる。仕方が無いので当たり障りのない会話でもしておこうと、うどんをすすり始めた沙綾に問いかけた。


「……えらく行儀がいいんだな」

「そうかしら? 日本ではこうするものだと聞いてたんだけど」

「いや、『いただきます』の事だけじゃない。箸の持ち方もちゃんとしてるしな。カナダでも箸を使ってたのか?」

「……家庭ではね。それ以外ではそうもいかないわ。でも、ここ数年で日本食のレストランも増えたし、状況は変わって来てるわね」

「なるほど」


 そんな無難な会話でさえも、嫉妬に目がくらんだ「彼女がいない連合」には言語道断なものらしい。ある者は拳を振るわせ、ある者は歯ぎしりの音が聞こえそうな表情で二人を凝視していた。それで手元が疎かになったせいだろう、うどんに備え置きのウスターソースをドバドバとかけてしまっている。またある者は既に空になったカレー皿と口の間を、スプーンに虚しい往復運動をさせていた。

 ちなみに、「連合構成員」には「かつて彼女がいたが現在は居ない組」と「彼女が居ない歴=人生組」が存在する。見た所では「彼女が居た組」」の方が主導権を握っているようだ。そして、「彼女が居た組」の方が行動力があるという事が問題だった。彼等はいわゆる「リア充」で、行動力が物騒な方向に発揮されてしまいかねないのだ。


 不穏さが増した空気を感じた健吾は、沙綾に校舎内を案内すると伝えて席を立った。


 教室の配置は学校によって様々だが、このS高校は単純に一年生が一階、二年生が二階、三年生が三階となっている。音楽室や化学実験室等は、各階のホームルーム以外のエリアに適宜配置されている。

 つまり各階を端から端まで歩かなければ、全体を掴む事は不可能なのだ。しかも棟は3つある。人文系や理数系、家政科もあるのだ。

 

 それよりも遥かに問題なのが「彼女がいない連合」の級友達である。下級生達の階を通る際、部活・その他で馴染の後輩が「あ、美作先輩」と声をかけた時の事だ。連合構成員の数人が、爛々と光る視線を声をかけた後輩に叩きつけたのだった。「お前を殺して俺も死ぬ!」と台詞を当てても良さそうな表情で。

 下級生にしてみればたまったものではない。完全に硬直してしまい、声を失ってしまった後輩に「スマン」と片手を上げて謝りながら、足早に通り過ぎてしまうしか無かった。

 沙綾のせいでは無い。それは分かっている。昨夜の事は別として、今日の事で彼女に責任は無い。それが理解出来ない程に子供では無いのだ、健吾は。だが事ここにに至っては、多少恨めしくもなろうというものだった。


 沙綾はというと、そんな健吾や級友達を観察していた。傍目にはそれと分かりにくいが、要所要所では健吾や級友達に視線を送っている。だがその視線が級友達の目には一段と魅力的に映ってしまうのだ。

 「いかん……このままじゃ、いつかトンデモない事になりかねん」 

 と呟いた健吾に、沙綾が「外の施設が見たい」と告げた。まさに神の救いである。

 色と嫉妬に我を忘れた級友達も、外の空気を吸えば少しは冷静になってくれると健吾は期待したのだ。



 が



 そんな甘い期待は脆くも崩れ去った。級友達の様子は全く変わらなかったのである。うんざりした気持ちを抑えながら体育館・女子更衣室を経て武道館へ移動して行く健吾達。さすがにこの辺りにくると人影もまばらだ。そして、そんなエリアだからこそ邪推が炸裂したのだった。


「おい美作! こんな人気の無い所に湯浅さんを連れて来てどうする気だ!」

「お前の魂胆は読めてるぞ! ここで不埒な行為に及ぶつもりだろう!」

「そうはさせんぞ! この破廉恥漢め!」

「俺達がいる限り湯浅さんには指一本と言えど触れさせはせん!」

「お前だけにイイ思いをさせてたまるか!」


 邪推もここまでいくと感心しなくもないが、罵られる方は堪ったものではない。そして最後のセリフが彼らの本音である事は明白だった。

 ――もう駄目だ。もう我慢ならん――

 腹を括って振り向いた健吾の前に、沙綾のしなやかな背中があった。


「この辺りが限界みたいね。ありがとう、君の事が良く分かったわ」


 沙綾が健吾の方を振り返る。肩越しに左横顔が見える。芸術家が渾身の筆で描いたかの様な左目が健吾を見つめていた。


 沙綾の腰に軽く添えられていた右手が上がる。そのまま人差し指が伸ばされ、級友達に向けられると――彼らの顔から表情が消え、回れ右をしてぞろぞろと校舎へと引き上げ始めたではないか。


「これは――」


 恐らく昨夜の自分と同じではないのか? 沙綾の右手首にのぞいた白いブレスレットが淡い光を放つのを、健吾は見逃していなかったのだ。


「そう、昨晩の君にもこれと近い事をしたの」

「何故だ?」

「それも含めてキチンと話がしたいの。今夜は空いてる?」


 最後の一言だけ聞けば、まるで逆ナンパだ。が、そんな色っぽい話でも雰囲気でもなかった。


「ああ、俺も聞きたい事が山ほどある。望むところだ」

「そんなに怖い顔をしないで――と言っても無理よね。御免なさい」


 またもやあっさりと毒気を抜かれた健吾だった。悪びれもせず、気を悪くした風も無く、穏やかで柔らかい笑顔のままで、極めて自然に沙綾は謝ったのだ。それでいて謝罪の気持ちは健吾の胸の奥まで届き、強固な防壁を築いていた警戒心に僅かな綻びを入れたのだった。


 ――ほんの僅かでしかなかったが。


「お前――いや、君は一体……?」

「それについても説明するつもりよ。昨夜と同じ時間に私が『降りた』場所でどうかしら?」

「分かった。それでいい」

 

 予鈴のチャイムが鳴り響く。そろそろ教室へ戻らなければならない。


「教室へ戻る時間だ、行こう。遅れたら何を言われるやら分かりゃしねぇ」

「……面白いわね、『ここ』の人達は皆」


 見下しているのでもない、からかっているのでもない、純粋に「面白い」と思っている。そうとしか見えない笑顔で、沙綾は健吾を見つめたのだった。

 


次で沙綾の正体・目的に触れる予定です。


6/23修正・加筆。


7/2少しだけ修正。

9/10修正。

6/17修正

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