at the school ①
謎の美少女・沙綾はどうやってか、健吾のクラスに転入してきた。
一目で沙綾に魅了される級友達。
ただ一人、沙綾に疑念と警戒心を抱く健吾は……?
湯浅沙綾が自分に向かって歩いて来る。いや、正確には自分の右隣の席に向かって歩いて来る。その姿だけでなく、動作も美しい事を認めざるを得ない美作健吾。元々のプロポーションに加え、背中からうなじを通って頭まで綺麗に伸びた姿勢、律動的な手足の動き、自然に伸ばされた指の形に至るまで――見事としか言いようが無かった。
その姿を見た男子達からは低い歓声が漏れ、同性であるはずの女子達からも「綺麗……」とため息交じりの呟きが幾つも聞こえる。
だが、その芸術的とさえ言える沙綾の容姿・所作の全てが人外の物に思えてしまう健吾。昨夜の体験を考えてみれば、当然ともいえるだろう。
そしてまた直感が働く。頭の中にクシャクシャになった針金を突っ込まれたような感覚。ろくでもない事が起こる時の感覚だった。
目の前に来た沙綾の、艶やかで柔らかなピンク色の唇から健吾に向けて発せられた一言。それが健吾の警戒心、さらには不安や恐怖をストップさせた。
「よろしく。美作君」
「ああ……って、え?」
健吾の間近まで近付いた時、不意に天使の様な笑顔で挨拶をされたのだ。それも名指しで。「なんで俺の名前を知ってるんだ?」と言う当然の疑問が数瞬遅れてしまうほどの、極自然で愛らしい、そして裏には謎を秘めた笑顔だった。級友全員も「え?」という表情になっていたのだが
「なんだ美作。お前、もう知りあいになってたのか?」
担任の坂本の言葉をきっかけに、そこかしこから強烈な抗議の視線が突き刺さる。この年頃だ、誰と誰が付き合っているのかなど、嫌でも耳に入って来る。
それに健吾が人前ではそれらしい素振りを見せない事を知っている者も多い。「お前彼女がいるのに! 普段の態度は何なんだ!」となるのも致し方ない事だった。が、それに気付く余裕すら無く、必死に首を振って坂本の言葉を否定する。だが右隣で席についた沙綾が平然とした声で肯定するのだった。
「はい。昨夜道端で偶然。ね?」
確かに嘘ではない。重要な部分を完全に省略してしまってはいるが、極限まで要約してしまえばそうなる。
『認めていいのか? いや、いいわけ無いだろう! 訳がが分からないし! でも否定して彼女を嘘つき扱いして大丈夫か?』
という考えが一瞬で健吾の頭の中を走りぬけた。稀にボクサーが「相手のパンチがスローモーションで見えた」というが、それと同じような現象が起こったのだろう。本人にも分かってはいなかったが。
結論が出せず、どうしたものかと周囲を見渡すと……男子を中心に四方八方からの、文字通り『突き刺す様な視線』が健吾に集中していた。誰かは分からないが「ミマサカテメェユルサン……」という呪詛ともつかない呟きまで聞こえる始末だ。
このままでは、健吾は男女問わず村八分にされてしまいかねない。良く見ると「我関せず」と言わんばかりの態度をとっている男子が僅かにいた。「こんな事で騒ぐのは格好が悪い」というポーズだろうか。
女子の中にも一人だけだが、沙綾に敵意のこもった視線を投げかけている者がいた。昨日まで「このクラスで一番可愛い」と言われていた久保田涼子である。自分のポジションを奪われた事を悟ったのだろう。
この少数派が今後どう動くのかは不明だが、多数派の級友達はあっさりと沙綾の味方なってしまったと見てよいだろう。つまり――
健吾の立場は非常にマズイものになってしまったのだ。
「ちょ……ええと、ちょっといいか? 昨夜?」
「そう昨夜。もう忘れたの? あんな事までしたのに……」
「いや待て! あんな事ってなんだ!」
狼狽の極致に至ってしまう。だが周囲は同情など寄せはしなかった。
「黙れ裏切り者! 黒瀬さんはどうするのよ!」
「変態! 異常性欲者!」
「貴様いつからそんな女ったらしに! しかも異常に手が早くなったのか! まだ湯浅さんは紹介すらされてなかったというのに!」
「とにかく後で体育館の裏に来い!」
「処刑方法は選ばせてやる。絞首刑か電気椅子かギロチンか! 好きなのを選べ!」
等々。周囲から口々に罵られ、健吾は「うあぁぁぁぁぁ!」と頭を抱えるしかない。そんな展開を見ていた担任・坂本は、普段の健吾が「やや堅物」なのを知っているだけに腹を抱えて笑っていたが、いつまでも放っておくわけにもいかず
「あ~美作、昼休みでも使って湯浅さんに校内を案内してあげなさい。それと『校内』と『案内』をかけたワケじゃないぞ、念の為」
普段から突っ込まれている坂本の予防線など全員華麗にスル―してしまい、今度は違う方向で突っ込まれる事となってしまった。
「先生! なんで美作に!? 黒瀬さんの立場が!」
「いや、コイツはもういいでしょう!」
「先生、美作に弱みでも握られたんですか!?」
「いや待て、美作。賄賂は幾ら送ったんだ?」
もう無茶苦茶である。坂本も「いやちょっと待て、あのな……」以降の言葉を繋げない有様だ。この事態に女子達の一部があきれ果てたのか、遂に健吾を擁護する声を上げた。
「落ち着きなさいよ男子!」
「転校生を案内するなんて、当たり前の事でしょう!」
「アンタ達、何なのよ一体……」
「ちょっとアンタ達いい加減にしなさいよ! 案内するんなら少しでも面識のある方がいいに決まってるでしょ!」
坂本がこれ幸いとばかりに女子達に便乗した。
「そうだぞ諸君、当然の流れだ。大体だな、当時者の湯浅さん自身も、鼻の下を伸ばした連中に案内されたんじゃぁ気が気じゃあるまいしな。同性でという線もあるが、まぁ顔見知りの方がいいんじゃなかろうか? どうかな?」
最後の一言は無論、沙綾に向けたものだ。そして
「はい、そうですね」
あっさりと肯定した。相変わらずにこやかに。この「そうですね」が、どの部分に対する物かは不明だが、こうして健吾が案内する事に決まった。
昼休みとなり、健吾は沙綾を学食へと案内していた。カナダでも学食はあるらしいし、有料なのは同じとの事だが……アチラでは『カフェテリア』なるものだという。
州によって違うらしいが。翻ってこのS高校は由緒正しい学校である。つまり何かと古い施設なのだ。正直な話、案内する側としては少々気恥かしい面もあるのだ。メニューにしてもカレーだのうどんだのと、いかにも「日本の学食」と言わんばかりのものしか無い。
かたやアチラはライスクリスピーだのベジタリアンバーガーだのチョコマフィンだの、「お願いだから比べないでくれ」と頼みたくなる様なものばかりらしい。
沙綾は
「あら、自分達の文化に誇りを持てなくてどうするの? 日本食は世界でも人気なんだし、堂々とすればいいのよ。建物だって味があっていいじゃない」
と言ってくれたが、そう簡単に割り切れるものでもないし、そこまで単純でもない健吾だった。
何よりも昨夜の事が気になって仕方ないのだ。確かにHR以降の言動や級友達への態度「だけ」を見れば、いわゆる「いい人」にしか見えない。だが彼女は昨夜、謎の飛行物体から舞い降りた上に「自分に何かをした」のだ。とても気を許す事など出来はしない。健吾が警戒するのも当たり前の事と言えた。
だが今は坂本に言われた通り、校内を――特に差し当たり必要なのは学食だ――案内しておくしか無かった。うかつな事をして、クラスの多数派を敵に回すわけにはいかないのだ。と言うよりも、流石に「案内を待っている転校性を放っておく」というのは人間として問題がある。
沙綾が健吾にされた「あんな事」は、去り際に健吾が振った手の形が、「とても口では言えない意味のハンドサイン」になっていたという事で落ち着いた。取りあえずの信用は回復できたのだった。取りあえずでしかなかったのだが。
食券の買い方を教え、二人してトレイを持って列に並ぶ。少ししてから、健吾が溜息をついて後ろを振り向いた。
「お前らな……いい加減にしろよ」
沙綾の後ろに、級友の男子が10人ばかりズラッと並んで付いて来ているのだった。相変わらず暗い情念を宿した眼差しで健吾を見ている。このままでは嫉妬の炎で焼き殺されかねないと判断した健吾は弁明を試みる事にした。
「いいか、俺はただ学校生活に必要な事を説明してるだけだ。なにもやましい点は無い」
この上なく正直に話しているのだが、級友達はまるで聞く耳を持たないのだった。
「いいや信用出来るか! 俺達『彼女がいない連合』がお前の悪行を黒瀬さんに報告してやる!」
「二人きりにしたら何をしでかすか分かったもんじゃない!」
「どうせ善からぬ妄想を浮かべているんだろう! この恥知らずめ!」
「一瞬といえども目を離すことは出来んぞ!」
もはや悪の化身扱いである。しかも、要するに彼女がいない男達の嫉妬から来た暴走なのだ。話し合いを諦めた健吾は「もう好きにしてくれ……」と天を仰いで溜息をつき、学生価格のうどんを受け取った。沙綾も続いてうどんをうけとり、空いているテーブルを探して向かいあって座る。情けない名前の連合を立ち上げた級友達は、二人を取り囲むように座ったのだった。
出来るだけ早くUPする予定です。よろしければお付き合い下さい。
6/20修正・加筆しました。若干ですが、級友達のスタンスが変わっています。
6/21更に修正。
9/9改稿。
6/16修正
9/15修正。