last competition⑤
沙綾に一言謝る為に走る健吾。現れた沙綾もいつもとは少し様子が違う。二人は理解を深める事ができるのだろうか?
いつものルートで作山古墳を目指して走る健吾。本来なら「途中での寄り道」でしかない筈だが、今日ばかりはここが目的地だ。きちんと謝らなければスッキリしない。もう練習ではないのだからタイムは気にする必要はない。ゆっくりと走ればいいのだが、普段よりも遅くは走れなかった。陸上選手としての――いや、もう「元」がつくのだが――プライドがそれを許さないのだった。
結局いつも通りのペースで作山古墳に到着してしまった。人目が無い事を確認して斜面を登って行く。周囲からは見えにくい中央部に進んで行くと、程無く細長い小型船『アールマティ』が降りてきて――何故か今日は健吾の目の前に着陸した。いつもは少し離れた場所に着陸していたのだが、何か心境の変化でもあるのだろうか。
健吾が見ていると、どういうメカニズムなのか船腹をすり抜けるようにして沙綾=ヌアサが降り立った。いつもは幾分離れた場所で見ていたので気付かなかったのだろう。一体どうなっているのか、まるで想像もつかなかった。
「来てくれたのね。今日は来ないかと思っていたわ」
ゆっくりと歩きながら――少しだけ視線を落して沙綾が言う。
「そこまで子供じゃ無ぇよ」
健吾はやや自嘲気味に言う。妙に対照的な二人だった。
「今日は……ご免なさい」
少し視線を逸らして、沙彩が今日の事を詫びた。謝りに来た筈の健吾よりも先に。謝る側と誤られる側。あっさりと逆転してしまい、健吾は狼狽してしまった。経験不足がはっきりと表れている。
「いやいや、ヌアサが謝る事はねぇって! 今日の事は俺が……その……」
上手く言葉が繋げない。格好のいい言葉を並べるには抵抗がある性質だし、こんな時に論理的な説明をするのは幾らなんでも野暮が過ぎる。逡巡しているうちに、沙綾が言葉を紡いでいく。
「いつか言ったわよね、私の星では論理が全てだって」
「あ……ああ、そうだったな」
納得している場合ではない、早く本題に戻さなければ。しかし本題に戻したとしてどう言えばいい? やっぱりここは……と、まごまごしているうちに沙綾が続けてしまう。
「健吾君も今回の結果は予想してはいたのよね」
「そうだな」
間違いなく予想していた。いや、確信していたといってもいい。事実として周りにもそう言っていたのだ。
「No.1になれそうもない、IHに出られそうもない。でも全力を尽くし、本気で悔しがる。私達の基準で言えば愚かな筈のその姿がなにか……そう、何かを感じさせたの」
沙綾が健吾の瞳をまっすぐに見ながら語る。論理的に考えるなら確かに愚かな行為なのだろう、健吾やIHに出られなかった他の選手達の行いは。しかし決して愚かな行為ではない。地球人なら多くの人がそう思う事だろう。だが論理が全てのマルクト人は、そうではないのだった。
「マルクト人なら、自分がNo.1から程遠いと分かっている事は決してやらないわ、初めから。だって効率が悪い上に大した成果も望めないもの。なのに貴方達は皆――どうしてあんなに頑張るの? そしてどうしてそれを見ている私達の……」
沙綾が言葉を選んでいる。戸惑っているのかもしれない。そんな沙綾の姿を、健吾は初めて目にしているのだった。沙綾はいつも聡明で、自分のように逡巡したり戸惑ったりする事はないだろうと勝手に思い込んでいた。それがこんな姿を見せようとは、信じられない思いだった。
「……そう、貴方達の報われない筈の努力は何故、私の感情――いいえ、心を揺さぶるの?」
感情。心。考えてみれば沙綾が初めて口にした言葉かもしれない。少なくとも健吾の前では。そしてその言葉を口にするのを、沙綾はひどく躊躇っているようだった。きっと論理が全ての惑星では、感情や心といった物を低く見る傾向があるのかもしれない――そんな事を健吾は漠然と考えていた。
「何故とか聞かれても困るな、それが目的じゃねぇんだし。強いて言えば……」
「言えば?」
沙綾が僅かに踏み出して聞き返す。それも珍しい事だった。今夜の沙綾は異例尽くしだ。
「強いて言えば、それが『感動』ってやつじゃねぇの? ちょっと……照れ臭ぇけどな」
「感動……これが……?」
沙綾が自身の両肩を抱いて呟いている。動揺しているのだろう。その姿が妙に人間らしく思える健吾だった。これまではどこか超然とした態度で、自分を観察している事が伝わって来ていたのだが、今日の沙綾は自分と同じステージにいるようだった。そして――この分ならきっと言える。今日は自分が悪かったと。自分の未熟さを認める事ができると、素直に思えた。
「まぁそのうち分かるんじゃねぇの? もっと地球に馴染めば」
「そうね……もっと馴染めればきっと」
沙綾が肩を抱いていた両手を下ろし、腰の後ろで組んだ。そして夜空を見上げながら言った。
「いつまで居られるか分からないけど、もっと理解したいわね。この星の事を。貴方達の事を」
そう言われて健吾は改めて気付いた。彼女がいつか――そう遠くない未来に――居なくなってしまう事を。残された時間は、決して多くはないのだ。
「ああ……ヌアサ。その……」
「? どうしたの、そんな顔をして」
まだ口ごもってしまう健吾だった。ただ謝るだけなのに、面と向かってしまうとどうしてこんなに言いだし難いのだろう。だがここで言えなければいつ言えるか分からないのだ。手遅れになる前に――
「その……ああ、今日はすまなかった」
「なにが?」
真顔で聞かれてしまった。拍子抜けと言うか空回りと言うか、健吾の中から意気込みと決意が抜けていく。それも急速に。そして謝る理由を説明しなければならないという、実にばつが悪い事態に陥った事に気付いた。
「なにがって……ほら、通路で俺が怒鳴っちまったじゃねぇかよ。忘れたのか?」
「ああ、あれが『怒る』という現象なのよね。ありがとう、良く解ったわ」
まさか怒って感謝されようとは。健吾は自分がひどく空回りしているような気がしてきた。相手にされていない訳ではない。沙綾は本当に言葉通りに思っているのだった。
「ああ……そうか、そりゃ良かった。つーか、今まで誰も怒ったりしなかったのか?」
「そうね……記憶に無いわね。もしかしたら皆、私に気をつかってくれていたのかもね」
そうかも知れないなと健吾は思う。今までに調査で訪れた所でも、こうして事前に容姿を変えていたのであろう事は容易に想像できる。当然その姿はメディア等に登場するモデルやタレントを参考にしていようから、相当な美女だっただろう。ならば男は当然のようにちやほやしようし、本来の姿は異星人なのだから恋愛関係のトラブルも無かろう。人間がコオロギに惚れたりしないのと同じようなものかも知れない。
それに知能も相当なものだろうから、同性とも上手くやれるだろう。それ等は現在進行形で証明されている。
「まぁいいや。兎に角だ、今日は一言謝りたかっただけだ。これでスッキリしたよ」
「そう。じゃ、お役に立てたのかしら」
「それは……少し違うんじゃないか?」
「あら、そうなの?」
キョトンとした沙綾の顔に、数瞬見とれてしまった。かりそめの姿とはとても思えない、自然で美しい表情だったのだ。
「まぁそれはそれとして。部活は引退するけど、走る事はやめない。だから今までと同じようにここへ顔を出すよ、いいだろ?」
「もちろんよ、私は貴方を観察しなきゃいけないんだし。来てもらわないと困るわ」
「そういやそうだったな。忘れちまってた」
いつの間にか、観察されていると言う事を意識しなくなっていた。良い事なのだろうか? それとも洗脳か、それに近い事でもされたのだろうか? 自分で意識しないうちに、友達に会うような感覚になっている。それはもしかしたら、自分の法が馴染んでいっているのだろうか。ヌアサが異星人であるという意識は依然としてあるのだが、彼女はそれ等も含めて観察しているのだろうか。
問い質せば答えてくれるかも知れない。が、何故かこの時の健吾はそうしたくはなかった。答えを聞いたら最後、今までのようにはいかなくなる。そんな気がしたのだった。
「じゃ、そろそろ帰るわ」
「気をつけてね」
軽く手を挙げて沙綾に答え、斜面を下りていく健吾。気分が軽くなっただけ、足取りも軽くなったような気がする。夜道を駆け抜けていく姿は、力に満ちたものだった。
ほどなく母艦アムルタートに戻ったヌアサに、中枢母艦ハルワタートから緊急連絡が入った。それは風雲急を告げるものだった。
大分間が空いてしまいました。やっとPCが安定しましたので、普通に書けるようになるかなと。
次は少し活劇風の要素が入る予定です。




