いとくり 創造異記 ~未完成人形~
私はクララ。
人形よ。
私はクララ。
そう、自動人形なの。
すごいでしょ。
私はクララ。
でもね。
私はクララ。
完ぺきじゃないの。
壊れてるんじゃないわ。
最初からそうなの。
私のパパは世界一の人形師よ。少なくとも他人はそう、言っていたわ。
でも私を、完ぺきにはできなかったの。
私はクララ。
いつも車椅子に乗っているわ。
だって足が一本しかないの。
しかたないじゃない。
パパからもらった刺繍入りの膝掛けが、ちょっとお気に入りなの。
この花は、なんというのだったかしら。
あぁ、そうだ。
桜っていうのだったわ。
きれいでしょ。
私はクララ。
どうして何度も自己紹介を繰り返すのかですって?
だって、忘れてしまうじゃない。
私はクララ。
そう、完ぺきじゃないの。
頭が足りないって、よく言われるわ。
ほんとうはね、ひらひらした服はあまり好きじゃないの。
じゃあ、なんで着ているのか、ですって?
だって私は人形だもの。
それに足が隠れるでしょ。
足だけじゃないわ。完ぺきじゃないところが、全部。
完ぺきじゃないところは全部、隠してしまえばいい。
一本しかない足も、片方しか動かない手も、足りない頭も、全部、全部全部。
パパが私を完ぺきにしない理由?
だって死んでしまったもの。
しかたないじゃない。
でもね。
これが私。
今の私。
一本しかない足も、片方しか動かない手も、足りない頭も、完ぺきじゃない私が完ぺきな私。
否定はしないわ。
隠しはするけれど。
歩けなくったって車椅子があれば、どこへだって行けるわ。
手だって一本あれば、物は掴める。
足りない頭は、愛嬌よ。
何にもできない普通の人形から見れば、きっと幸せなことよ。
それに、私が私を好きじゃなかったら、世界で誰ひとりとして私を好きじゃないってことじゃない。
そんなのって、悲しいわ。
人間だってそうでしょ。
外見だけじゃないわ。
中身も。
頭の悪い人、短気な奴、意地悪、臆病者、威張りんぼ。
ね。
全然完ぺきじゃないでしょ。
だから、お互いの足りないところを補って生きているのでしょ。
友達、恋人、夫婦。
それが、愛ってものじゃない?
悪魔も、羨ましがっているわ。
そんな完ぺきでない人間に作られた私が、完ぺきなはずがないわ。
人形のくせに、偉そうだって?
そうね。
私は人形で、それ以上でもそれ以下でもないわ。
でも、あなたはどうかしら。
ほんとうに、人間なのかしら。
自分は人間だと、思い込んでいるだけじゃない?
もしかしたら、誰か、本当の人間が操っている、ただの人形かもしれないわ。
自分では糸が見えないだけかも。
もしかしたら、誰か、本当の人間が描いた、絵の中の一部かもしれないわ。
自分では線が見えないのね。
もしかしたら、誰か、本当の人間が書いた、本の中の登場人物かもしれないわ。
自分では表紙が見えないものね。
誰かに聞けばいいって?
他人に聞いてもだめよ。
あなたに関わった時点で、皆、あなたと同じなんだから。
ね。
あなたが人間である証なんてどこにも、ないでしょ。
それにね。
その本当の人間たちが、あなたと同じ姿をしているとは限らないわよ?
ふふふ。
意地悪なこと言うから、ちょっとからかってみただけよ。
言ってるでしょ。
私は完ぺきじゃないって。
そう。
私はクララ。
いつか箱に、しまわれちゃった。
私はクララ。
暗い暗い、箱の中。
私はクララ。
狭い狭い、箱の中。
埃まみれの、箱の中。
私はクララ。
箱が、開いた。