【04】メガネの転校生
一二月一七日水曜日 早朝
鬼泉正輝は帝林高校の正門から校舎全体を見上げた。
校舎の壁には暴走族が使うような当て字の漢字が所狭しと書き殴られていた。
正輝が正門をくぐると、校舎の窓から多数の強い視線を感じた。
不良座りしてタバコをふかしている学ランの学生の視線が無言で鬼泉正輝を突き刺している。
「あ、あの、みなさん、今日より転校生を紹介します。今日からこの東京都立帝林高校二学年三組の仲間になった鬼泉正輝君です。みなさんよろしくお願いします」
担当教師の南沢理恵子が言葉に詰まり冷や汗をかきながらクラスの前で紹介した。
二年三組は半数以上が朝礼を欠席していた。残る生徒は、学ラン姿の、いかにもといった不良男子学生が大半を占めており、ちらほらと黒いブレザー姿の女子学生が混じっていた。
鬼泉正輝は、大きなメガネをかけ、髪を整えて、学生服は第一ボタンまできちんと留めていた。
外見からは、一人の生真面目そうな男子生徒そのものであった。
「こ、こんにちわ、鬼泉正輝です。よ、よろしくお願いします」
鬼泉正輝がクラスに向かって、もたつきつつも、深く頭を下げた。
三組の生徒達はシーンと静まっていた。
ただ睨みつけるように、教室の正面黒板の前でオドオドと自己紹介をする男を見つめていた。
「鬼泉君、君の席はあそこよ」
担当教師の南沢理恵子が正輝に告げた。
「は、はい!」
鬼泉正輝は担当教師の南沢理恵子に指定された机に向かって一直線に歩いた。
歩いていると、突然横から足を出された。正輝の視界がぐるっと回った。
「うあっ!」
足をつっかえさせられ、バランスを崩した正輝はバタンと派手に床に転んだ。
とたんに教室中に笑い声がこだました。
「うあっ!だってよ、ダセェ!笑える」
「ダサメガネ!」
鬼泉正輝は、身を起こすと、何が起こったのか分からないという表情でキョロキョロと周りを見回した。
その様子を見て、さらに笑いが沸き起こった。
鬼泉正輝は、立ち上がると位置のずれたメガネをかけ直してはにかんで笑い、指定された机の椅子に座った。
そして、正輝は自身に用意されたその机の上に、学生用カバンを置いた。
「あたし、一応学級委員だから、多少はあんたの面倒見るけど、あまり面倒起こさないでよね、うざいから」
隣に座った女子生徒に鬼泉正輝は声をかけられた。
「あ、うん、わかった、ごめん。あの、君は?」
「葵馬咲希」
「う、うん、よろしく、葵馬さん」
「あと、調子に乗って、気安く話しかけないでね」
そう言って葵馬咲希はそっぽを向いた。
鬼泉正輝はカバンを開けて中から教科書やノートを取り出した。
朝礼が終わり、チャイムが鳴った。
最初の授業までの待ち時間となった。
鬼泉正輝が周りを見回した。
刺すような視線を教室の不良生徒達全体から感じた。
教室の窓は割れ、壁には殴りつけたような穴が空いている。
機能不全を起こしている学級であることは明らかだった。
すると、
……ガンッ!
突然、正輝は机を蹴られた。
「えっ?な、なに?」
鬼泉正輝が机を蹴った方を見ると、男子生徒二人が立っていた。
そのうちの一人は、さっき鬼泉正輝に足を引っ掛けた痩せ型のツーブロックの男だった。
「おい、新入り、一〇分後に体育館裏に来い」
「遅れるなよ。遅れたり逃げたりしたら命は無ぇぞ。」
ツーブロックの男と、もう一人の太ったリーゼントヘアの男が交互に突っかかった。
「え?え?君達は?何で?」
理由を聞いた鬼泉正輝の胸ぐらを男子生徒の一人が掴んだ。
「何で、とかどうでも良いんだよ。てめぇごときが俺に質問することなんか許されてねぇんだよ」
そう言って胸ぐらを離すと、男子生徒は去って行った。
「あーあ、早速、天獄会の連中に目付けられちゃったね。御愁傷様」
葵馬咲希がボソッと言った。
「て、天獄会って?」
「あんた、そんなことも知らないで、この帝林高校に来たの?」
正輝が口をあんぐり開けて首を傾げている。
「あの二人、下山根浩二と三室仁だけど、天獄会玄武隊の四天王ーー亀元武史の舎弟。まぁ生きてたら明日会いましょ」
「天獄会玄武隊? 四天王? 亀元武史って?」
「はぁ、あんた、ほんと何も知らないのね。もういいわ。じゃあね、骨二、三本で済んだら良いね」
そう言って葵馬咲希は去って行った。
……一〇分後、帝林高校体育館裏。
下山根浩二が胸ぐらを掴み、三室仁に髪の毛を掴まれ、引き摺られる格好で、鬼泉正輝は体育館裏に連れて来られた。
誰の目にもつかない場所のようだ。
三室仁が鬼泉正輝の胸ぐらから手を離した。
自由になった鬼泉正輝がホッとしたのも束の間、鬼泉正輝は突然の下山根浩二の蹴りを左腕に受けて情けなく地面を転がった。
手をついて起き上がろうとした鬼泉正輝の背中を下山根浩二が踏みつけた。
下山根の口元が、意地悪そうににやけている。
「し、下山根君、やめてよ。な、何するの?」
鬼泉正輝が下山根浩二に涙目で訴えた。
「あ? お前のことなんか、どうでも良いんだよ。あの女、葵馬咲希は俺たち天獄会玄武隊のボス、四天王亀元武史さんのお気に入りなんだ。葵馬咲希の隣に座ってること自体が罪なんだよ」
「そ、そんなこと言われても、席決めたの僕じゃないし」
鬼泉正輝は三室仁に後頭部を叩かれた。
「天獄四天王亀元武史さんに逆らって生きていける奴は、帝林高校二年三組にいねぇんだよ」
そう言って三室仁は鬼泉正輝を蹴飛ばした。
鬼泉正輝は倒れて、身体を起こし肩をすくめて言った。
「あ、あの、天獄会って何なのかな? この帝林高校と周辺一帯を実効支配している半グレグループがいるって聞いたけど、その半グレグループが天獄会なの?」
鬼泉正輝はおずおずと身体を縮こめつつ、下山根浩二と三室仁に尋ねた。
「天獄会が半グレだぁ?お前天獄会舐めてんの?」
「ご、ごめん、僕、本当に帝林高校について何も知らなくて」
下山根浩二が鬼泉正輝の腹部に蹴りを放った。
「うっ・・・」
正輝は腹を抑えながら膝をついた。
三室仁が再度拳を振り上げるとそれを下山根浩二が右手を上げて制した。お楽しみはまだとっておけと。そして正輝を見下ろして冷笑した。
「明日からじっくり教えてやるよ。お前の身体でな。まぁ楽しみにしてろや」
そういって下山根浩二と三室仁は去って行った。
二人が去った後、正輝は仰向けに寝転がり、空を見上げた。
荒廃した不良高校の空にしては似つかわしくない、雲一つない清々しい青空だった。




