紅く染め上げろ
うぐ、というくぐもったうめき声をあげ、屈強な騎士たちが次々に床に倒れ込む。
がちゃがちゃ、と金属質なものがぶつかる音がそこかしこから響き渡り、王城内にある騎士団詰め所は騒然となった。
「何だ! 何があった!」
「ふ、副長……水、水を……」
倒れ込んだ騎士たちは皆一様に、顔を真赤にして苦しげな表情を浮かべている。
あるものは喉を掻きむしりながらのたうち回り、またあるものは腹を抱え苦しげにうずくまっている。
騎士団副長、アレックスに救いを求めるかのように手を伸ばした若い騎士は、白目を剥いてうつ伏せに倒れ込んでしまった。
「毒だ! みんな何も口に入れるな! 今飲み込んだものは全て吐き出せ!」
アレックスの指示は的確だった。だが、残念な事に少しだけ遅かった。
王都を守護する屈強な騎士たちとは言え、毒を盛られては身動きがとれない。
ちょうど休憩中であった多くの騎士たちが、明らかに行動不能な状態に陥ってしまっている。
「まずいぞ……これは魔族の罠か!?」
「ククク……食ったな? あぁ可哀想に、貴様らにとっては死ぬほどの苦痛であろう、我らの料理はなぁ?」
騎士団詰め所に、どこからとも無く背の高い女が現れた。
騎士たちが『魔王軍四天王』の1人として警戒する女、メイファはエルフ族の大魔道士である。
彼女が操る極大魔法は、都市をひとつ消失させる事すら可能であると噂されていた。
だが、メイファについて何よりも恐れられているのは、その残酷な性情だ。
いずれも人外の強さを誇る四天王の中でも、最も多くの国を滅ぼしている深紅の魔女、それがメイファという女だ。
「卑怯だぞ! 我らの食事に毒を盛るとは!」
「毒? ずいぶんと人聞きの悪いことを言ってくれるではないか。この程度のモノの何が毒だ」
メイファは、テーブルの上に載せられた骨付き肉を手に取ると、豪快にかぶり付き、美味そうに何度も咀嚼してごくりと喉を鳴らす。
「騎士とやらも、ずいぶんと鍛えが足らぬと見えるなぁ? ククク……虚弱! あまりにも虚弱! この程度で魔王様に逆らおうとは片腹痛い!」
「おのれ……ッ!」
アレックスは大剣を抜いた。
いつの間にか周囲には多くの魔族が集まっている。この場に敵がいるということは、城門が突破された、という非常事態を意味している。
アレックスの背後、城のドアが開き、回復と治癒を行う法術士達が大勢現れた。
通常の怪我であれば、法術ですぐに回復させられる。
特に、王城に常駐する上級法術士の秘術、エリアハイヒールならば、多くのけが人を一斉に治療することができる。
倒れている騎士たちが回復すれば、数的有利は騎士たちにある。
「女王陛下のお膝元でこのような狼藉、断じて許さん! 貴様ら1人残らず、この大剣『巨人喰らい』の錆にして――」
「ふ、副長! 大変です! 皆の症状が……症状が治まりません!」
「なっ……何ぃ!? 何だと!? どういうことだ!?」
「わかりません! いくら治療のための法術を施しても、症状が、苦痛が和らがないようなんです!」
法術士部隊の長を務める女は、明らかに動揺していた。
外傷や毒のたぐいであれば、彼女たちの法術でたちどころに快復させることが出来るはずだ。
「水、水を……身体が燃えるようだ……」
「ど、どうぞ水を――」
のたうち回る騎士に、若い法術士が水を差し出した。
ごくり、と一口水を飲み込んだ騎士は、再び悲鳴をあげて転げ回った。
「あ、熱い! 熱いぃ! 助けてくれ! ひ、ひと思いに殺してくれぇ!」
「な、なんだ!? 水が、熱いだと!?」
騎士たちを精神面で支える技、癒しの法術が効かない。
これは、最前線で盾を掲げ、剣を振るう騎士たちにとって背筋が凍るほどの恐怖である。
「ハーッハッハッハァ! 苦しかろう! 痛かろう! さぁもっともがき苦しむが良い! ひ弱なニンゲンどもめ!」
たとえ敵の攻撃に傷つき倒れようと、法術士の癒しがあればこそ騎士たちは脚を前と踏み出せる。
だが、今やそれがない。
絶体絶命の危地に、かろうじて立っている騎士たちも思わず後ずさる。
数的有利は逆転しない。
癒しの術は期待できない。
正体のわからない毒に怯えながら魔族と戦うことなど、到底不可能である。
「さぁ、とくと味わうが良い! 我が秘術『麈胡火炉』をなァ!」
「お待ちなさい!」
鋭くも美しい声が、城壁に囲まれた中庭に反響した。
騎士団副長アレックスに、四天王メイファの2人の目が声の主に向けられる。
一見したところ、甲冑を着込んだ小柄な少女。
白銀の鎧を纏い、美しいブロンドの長髪を編み込んでいる、王国の第六王女にして騎士団長ゼノビアが、仁王立ちの姿勢でメイファを睨みつけている。
「ほう? 小娘、貴様は喰わなかったのか。食っていれば手間が省けたものを」
「食べましたわ。あの程度でこの私がどうにかなるとでも思って? 魔王軍四天王とやらも、実は大したことありませんのね?」
メイファの口もとから、『ぎりぃ』という歯ぎしりの音。
アレックスは慌てて団長のゼノビアへと駆け寄ってきた。
「お気をつけください! あの女、怪しい術を使います。法術も効きません……一体何の術を使ったのか……」
「アレックス、心配には及びませんわ。魔導師団を連れてきています。氷魔法で小さな氷を作らせました。団員たちに口に含むように伝えなさい」
「こ、氷……? それはポーションを凍らせたものですか」
「いいえ、ただの氷ですわ。わたくしを信じなさい。さぁ四天王メイファ! あなたの秘術はすでに見切っています!」
「何を!? ならばコレを食らうがいい!」
メイファが取り出したのは、何やら毒々しいほどに赤いスープが並々と注がれた木椀である。
「ククク……秘術『麈胡火炉』の真髄、喰らってみるが良い!」
「フッ、この程度ですの?」
ゼノビアは木椀を手に取ると、何のためらいもなくぐいっと飲み干した。
「ひ、姫様!? 何を!?」
おそらくは猛毒であろう赤いスープ。
飲み干したりしたら、間違いなく騎士たちのようにのたうち回るほどの苦痛に苛まれるはずだった。
だが、ゼノビアは平然と立ったまま木椀をメイファに投げ返す。
「蚊が刺した程度も効きませんわね!」
「な、何だと!? 何故だ!」
メイファの秘術『麈胡火炉』、それはいわゆる激辛料理である。
その妙技たる所以は、口に入れたときには辛さを感じず、後から凄まじい辛味が口の中に襲いかかるということだ。
騎士たちは、食べ慣れない激辛の後味にのたうちまわっていたのだ。
メイファにとって不運であったのは、ゼノビアの存在である。
「もっと強いものはありませんの? 期待外れもいいところですわね」
ゼノビアが極度の舌バカかつゲテモノ喰いである事は、国家機密として扱われている。
さらに、ゼノビアは激辛フリークだ。メイファにとっては最悪の相手といえる。
「さぁ、お遊びはここまでですわ、四天王メイファ。私の剣、デス・スコーピオンをとくと味わいなさい!」
ゼノビアの愛剣の深紅の剣、その切先がメイファに突きつけられた。
魔王軍VS騎士団という、典型的なファンタジー世界を題材にしました。
が、その戦いが同しようもなくバカバカしいものだったら? という思いつきをショートショートにしてみました。




