はないちもんめ
さっき見た夢を書きました。
あんまりにも怖かったので:(;゛゜'ω゜'):
「勝って嬉しい、はないちもんめ。負けて悔しい、はないちもんめ……」
朝の湿った空気の中、どこからともなくその歌が聞こえてきた。古いレコードを逆再生したような、輪郭のぼやけた子供たちの声。A君は耳を塞ぎたい衝動を抑えながら、重い足取りで校門をくぐった。
黒髪を少し長めに残したA君は、俯きがちに歩く典型的なオタク気質だ。背も低く、自分では路傍の石ころほどにしか思っていない。
しかし、校庭を横切るだけで「あ、A君おはよう!」「ねえ、今日もおしゃれだね」と、女子たちが鈴なりになって声をかけてくる。
普通なら鼻高々なシチュエーションだが、A君にとっては恐怖でしかなかった。彼女たちの瞳の奥に宿る、自分を値踏みし、所有したがるような粘着質な光。それが、彼の自己肯定感をさらに削っていく。
(怖い……。なんで僕なんだ。早く、早く教室に隠れて、放課後になったら大好きなRPGの世界に逃げ込みたい……)
胃をキリキリと痛ませながら、彼は一限目のチャイムを心待ちにした。
だが、安息は訪れなかった。
二時限目が終わった休み時間。
教室の引き戸が乱暴に開き、一人の女子が姿を現した。学年でも有名な美少女、A子だ。
凛とした顔立ちに、意志の強そうな眉。
ぶっきらぼうで姉御肌な彼女は、一匹狼として畏怖されていた。彼女が真っ直ぐA君の席まで来ると、クラスの空気が凍りついた。
「おい、あんた。昼休みに学校裏に来な。B子が呼んでる」
それだけ言うと、A子は返事も待たずに背を向けた。B子といえば、誰にでも優しいおっとりとした学校のマドンナだ。接点など一度もない。
(締められるんだ。B子さんの熱狂的なファンに目をつけられて、A子さんに呼び出されたんだ……)
A君はガタガタと震えながら、三、四時限目の授業を過ごした。黒板の文字は一つも頭に入らず、ただ死刑執行を待つ囚人のような気分だった。
昼休み。重い足を引きずりながら学校裏の木陰へ向かうと、そこにはA子の姿はなく、B子が一人でポツンと立っていた。
彼女はA君の姿を認めるなり、花が綻ぶような笑みを浮かべた。
「……来てくれたんだ。ありがとう、A君」
「あ、あの……僕、何か悪いことをしたなら謝りま……」
「私と、付き合ってほしいの」
唐突な言葉に、A君の思考は停止した。殴られる覚悟で来た場所に、甘い誘惑が転がっていた。呆然とする彼をよそに、B子は頬を染めて一歩近づいてくる。
「ずっと見てたんだよ、君のこと」
その言葉に、A君は形容しがたい違和感を覚えた。一度も話したことがないのに、ずっと見ていた? その「視線」の正体は、朝から感じていたあの不気味な圧力と同じではないか。
「……ごめん。考えさせてほしい」
絞り出すようにそう告げると、B子は「そっか」と短く呟いた。その瞬間の彼女の無機質な笑顔が、A君の脳裏に焼き付いて離れなかった。
午後の授業は、さらに苦痛だった。
逃げ出したい。帰って画面の中の平和な世界に浸りたい。
その一念だけで放課後を迎えたが、帰宅しようとする彼を止めたのは、再び現れたA子だった。
彼女の顔は、朝よりもずっと険しく、どこか青ざめている。
「B子を見なかったか? 午後の授業、あいつ出てないんだ」
「えっ……昼休み以降は会ってないよ。僕、もう帰りたいんだけど」
「ふざけんな、あんたが最後に会ったんだろ。……あいつ、変なやつに目をつけられてたかもしれないんだ」
A子は強引にA君の腕を掴んだ。
その指先が、微かに震えている。
いつも堂々としている彼女のそんな様子を見て、A君は断ることができなかった。
「探すのを手伝え。一人じゃ……嫌な予感がするんだよ」
夕闇が校舎を侵食し始める。
廊下の隅々には濃い影が溜まり、窓ガラスがガタガタと風に震える。
二人が誰もいない教室を覗き込みながら階段を上がると、再びあの音が聞こえてきた。
「あの子が欲しい、あの子じゃわからん。相談しましょ、そうしましょ」
今度ははっきりと聞こえる。それは、誰もいないはずの放送室のスピーカーから、あるいは壁の向こう側から漏れ出しているようだった。
「ねえ……これ、何の音?」
A君が怯えて問いかけると、A子は何も答えず、ただ唇を噛んで暗い廊下の先を睨みつけた。その先には、B子の教室があるはずだった。
このまま探し続ければ、B子を見つけることができるのだろうか。それとも、A君は繋がれたA子の手の冷たさに、今さらながら気づいて身震いした。
「B子が午後の授業に出てないって、どういうことだよ……」
A君は、A子の腕を掴む力の強さに気圧されながら問いかけた。
「言葉通りの意味だよ。昼休みにあんたに会いに行ったきり、あいつの姿を見た奴がいないんだ。荷物も財布も置いたままでな」
A子の横顔は、彫刻のように硬く強張っている。
二人はまず、最後にB子が目撃された学校裏の植え込み付近を探した。湿った土の匂いと、腐りかけの落ち葉の臭い。しかし、そこには彼女の影も形もない。
「……おかしいな」
A君は周囲を見渡して、肌に粟を生じた。放課後だというのに、グラウンドに人影が一切ないのだ。いつもなら掛け声やホイッスルの音がうるさいはずの部活動の気配が、嘘のように消えている。
「あっち、体育館を調べるよ」
A子の言葉に従い、反対側の古い体育館へ向かう。重厚な扉に手をかけると、本来閉まっているはずの鍵があっさりと開いていた。
(……入りたくない。なんだか嫌な感じがする。)
本能が警鐘を鳴らすが、A子は躊躇なく中へ踏み込んでいく。
静まり返った館内。バスケットゴールの影が、巨大な蜘蛛のように床に伸びている。
二人が奥へと進むと、ステージ横の用具室から、古びたバレーボールが一つ、ひとりでに転がってきた。
床を叩く「……コン、コン」という乾いた音が、異様に大きく響く。
A子と顔を見合わせ、意を決して用具室の扉を開けた。
「ムワッ」
肺にこびりつくような、生暖かい空気が溢れ出した。鉄錆と、何か甘ったるい腐敗臭が混ざったような不快感。A君が顔を顰めるのを余所に、A子は室内に積み上がった跳び箱用のマットを乱暴に退かし始めた。
「何かある……これ、B子のキーホルダーだ」
マットの隙間に、見覚えのあるマスコットが挟まっていた。A君も慌てて手伝い、重いマットを剥いでいく。
その下には、奇妙な敷物が敷かれていた。
極彩色の絵柄――それは「胎蔵界曼荼羅」に似ていたが、中央に鎮座しているのは慈悲深い仏様ではなく、憤怒の形相で舌を抜く閻魔大王だった。
敷物の下にはB子の鞄があり、さらにその下には、床板を切り抜いたような「扉」が隠されていた。
「なんだこれ……」
A君が呟く。激しく「悪い予感」が全身を駆け巡る。だがA子は迷わず、その取っ手を掴んで引き上げた。
(強すぎるだろ、この人……!)
内心のツッコミも虚しく、扉の向こうからさらに熱を帯びた蒸気が噴き出した。そこには、食品用のラップを巨大化させたような透明なビニールが、何重にも、執拗に張り巡らされていた。
A子は爪を立ててビニールを剥ぎ取っていく。最後の一枚が破られた瞬間、視界に飛び込んできたのは、赤く濁った水だった。
温泉のようにボコボコと泡を立て、煮え滾るような音を立てている。なぜ体育館の床下に、こんな血の池のようなものがあるのか。
A子は、あろうことかその赤い水の中に、躊躇なく素手を突っ込んだ。
(いや、強すぎだろ!)
驚愕するA君の目の前で、水面から「青白い腕」が突き出し、A子の腕をガッシリと掴んだ。
「うわあああ!」
パニックになるA君を無視し、A子は必死に腕を動かす。すると、水の中からB子の顔が浮上した。
彼女は激しく、必死に溺れていた。そして、何かに引き摺り込まれるように再び沈んでいく。
「B子!」
初めてA子が取り乱し、叫んだ。
「私、B子がいないとダメなの! 行かないで!」
その悲痛な叫びに、A君の胸の奥で何かが弾けた。いつまでも怯えているわけにはいかない。もう勢いだ!
「A子! 飛び込め! 足は僕が持ってるから!」
A子は迷わず水へ身を投げた。
A君は床にしがみつき、彼女の足首を死に物狂いで掴む。A子が水中でB子の体を抱き寄せるのが見えた。
「よし、引き上げる……っ!」
――ドンッ。
背中に強い衝撃を感じた。
気づいた時には、鼻孔を突く生暖かい水の中にいた。上下の感覚を失い、もがいて水面に顔を出す。
「ゲホッ! ゴホッ……何が……」
隣では、B子を抱えたA子が肩で息をしていた。
見上げると、そこには「出口」だった扉の四角い光が見えた。
だが、その光を遮るように、制服を着た無数の生徒たちが扉を囲んでいる。突き飛ばしたのは彼らだ。
おかしい。生徒たちの顔は影のように暗く、判別できない。ただ、無数の「目」だけが、爛々とこちらを見下ろしている。
どこからか、あの歌が降ってきた。
「負けて悔しい、はないちもんめ。……来ないなら地獄行き。」
歌詞が変わっている。
(やばいやばいやばい……!)
A君の焦燥をあざ笑うかのように、上空の扉がゆっくりと、重々しく閉じられていく。
「相談しましょ、そうしましょ」
最後の一線が閉じる直前、無数の生徒たちが一斉に、ニタリと笑った気がした。
(おわり)
長編小説も書いてます。
全然テイストは違いますがよかったら読んで下さい。
現実の仕様変更〜ファンタジーさんこんにちは〜
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