第5話「普通の家族ごっこ」
休日の午後というのは、時間の流れが少し違う。
学校の準備が整って、体も戻って、でもまだ登校日じゃない。そういう宙ぶらりんの一日を、ゆうはリビングで過ごすことにした。
特に理由はない。部屋にいてもよかった。でも、せっかくだから——という感覚が、前の俺にはたぶんなかった感覚が、今の自分にはあった。
テレビをつける。昼の情報番組が流れていた。クイズのコーナーで、解答者の女性タレントが珍解答を出してスタジオが笑っている。
(あ、これ俺も間違えそうだったやつだ)
思わず、笑った。
◇ ◇ ◇
廊下からことみが来た。
洗濯物を抱えていた。たたもうとしているらしく、ソファの端に積み上げ始める。リビングのテーブルを使うつもりだったのか、ゆうがいることに気づいて少し止まった。
「……邪魔だったら、部屋でやる」
「邪魔じゃないよ。そっちで畳めば」
ことみがまた一瞬止まる。それからテーブルの反対側に場所を取って、洗濯物を広げ始めた。
しばらく、テレビの音だけが流れた。
クイズが終わって、料理コーナーになった。今日のテーマは煮物らしく、画面の中で大根が透き通っていく。
ゆうは画面を見ながら言った。
「それ面白いよな」
ことみが顔を上げた。
「……え?」
「さっきのクイズ。俺も絶対間違えてたと思って」
ことみが手を止めた。タオルを持ったまま、ゆうとテレビを交互に見る。
「……見てたの?」
「さっきから。結構難しかった」
またしばらく、沈黙があった。
でも今度のそれは、気まずい沈黙じゃなかった。ことみが何か考えているような、言おうか迷っているような間だった。
「……私も、あれ間違えた」
小さな声だった。
でも確かに言った。
「だよな」
ゆうが笑うと、ことみが少し——ほんの少しだけ、口の端を上げた。
◇ ◇ ◇
そのあとも、二人はリビングにいた。
ことみは洗濯物をたたみ終わって、それでも部屋に戻らなかった。教科書を取りに行って、テーブルの端で宿題を始めた。ゆうはテレビを見ていた。
テレビが旅番組に変わった。
北海道の特集で、雪の中のラーメン屋が映っていた。湯気が画面から出てきそうなくらい、たっぷり映っている。
「ラーメン食べたいな」
また独り言みたいに言った。
「……醤油と味噌、どっちが好き?」
ことみが教科書から目を上げずに聞いてきた。
「味噌かな。こってりしてるやつ」
「私は醤油」
「あっさり派か」
「うん」
それだけだった。
会話と呼ぶには短すぎる。でもゆうには、十分だった。
◇ ◇ ◇
台所で物音がした。
たか子が買い物から帰ってきたらしく、袋を置く音、冷蔵庫を開ける音、それから——動きが止まった。
ゆうは気づかなかったが、たか子はそこから数秒、リビングを覗いていた。
息子と娘が、同じテーブルにいる。
テレビを見ながら、たまに何か話しながら、それぞれのことをしている。
それだけの光景だった。
でもたか子にとっては——見たことがない光景だった。
彼女は静かに冷蔵庫を閉めて、台所に戻った。
夕飯は、少しだけ品数を増やすことにした。
理由は、うまく言葉にできなかった。
◇ ◇ ◇
夕方になって、ことみが宿題を閉じた。
「……お兄ちゃん」
「うん」
「明日、学校行くの?」
「行く予定」
ことみがそれを聞いて、少し考えるような顔をした。
「……そっか」
それだけ言って、立ち上がった。教科書を抱えて廊下に向かう。
扉のところで一回だけ振り返った。
「……ラーメン、今度食べに行けたらいいね」
言ってから、すぐ顔を逸らして出ていった。
ゆうはテレビを消した。
さっきまで映っていた北海道の雪が、まだ目の裏に残っていた。
(今度、か)
悪くない言葉だと思った。
「今度」があるということは、この先も続くということだから。
窓の外が、夕焼け色に染まっていた。
家の中に、出汁の匂いが漂い始めていた。




