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「男子が2割の世界で普通にしてたら、どうやら大問題らしい」   作者: ゆう
普通が、ありえない。

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3/18

第3話「おはようの重さ

翌朝、六時半に目が覚めた。


体のだるさはほとんど抜けていた。頭も、昨日より格段にクリアだ。ゆうはカーテンを少し開けて、朝の光を確認した。晴れている。空が妙に澄んでいて、どこかよそよそしい感じがした。


着替えて、廊下に出る。

台所から、出汁の匂いがしていた。


(起きてるのか、母さん)


リビングに入ると、たか子が台所に立っていた。こちらには気づいていない。味噌汁の鍋をかき混ぜながら、どこか遠くを見るような目をしていた。

テーブルにはすでに、三人分の朝食が並んでいた。


「おはよう」


自然に、出た。

それだけのことだった。


たか子が振り返る。

目が合った。

一瞬——本当に一瞬だけ、彼女の表情が止まった。驚き、というより、何か大切なものを急に目の前に出されたときの顔に近かった。


「……おはよう」


返ってきた。

それだけで十分だと思うのに、たか子はそこで目線を鍋に戻してしまった。何か言いかけて、やめたような間があった。


ゆうは椅子を引いて座った。

しばらくして、廊下からパタパタと小走りの音がして——ことみが入ってくる。寝癖が一本立っていた。


「あ、もう起きてる」


ことみがゆうを見て、少し体が止まった。昨夜の「ありがとう」がまだ残っているのかもしれない。でもすぐに目を逸らして、冷蔵庫から麦茶を出し始めた。


三人分のコップに麦茶を注いで、テーブルに置く。一つはゆうの前にも。


(気を遣ってくれてる)


「ありがとう」


ことみが、ぴたっと止まった。

麦茶のポットを持ったまま、固まっている。


「……べつに」


そう言って冷蔵庫に戻す。顔は見えなかったが、耳が少し赤かった。


◇  ◇  ◇



三人で食べる朝食は、静かだった。


それ自体は変わらない。崎山家の朝は、たぶんずっとこうだった。テレビもつけない。余計な話もしない。各自が黙々と食べて、終わったら流しに運ぶ。

でも——何かが、違った。


ゆうが味噌汁を一口飲んで、「おいしい」と言った。

それだけだ。独り言みたいな小さな声だった。


たか子が、箸を止めた。

ことみが、味噌汁を見た。


誰も何も言わなかった。

でも食卓の空気が、少しだけ変わった。


固かったものが、一枚剥がれたような。

うまく言葉にはできないが、ゆうにはそう感じられた。


◇  ◇  ◇



食べ終わったあと、ゆうが流しに食器を運んでいると、たか子が横に来た。


「……洗っておくから、置いといていい」


「俺も手伝う」


たか子が止まった。

ゆうはそのまま水を出して、スポンジを手に取った。やり方はわかる、記憶にある。


しばらくの間、二人並んで食器を洗った。

たか子は何も言わなかった。ゆうも何も言わなかった。ただ水の音と、食器が触れ合う小さな音だけが続いた。


最後の茶碗をすすいだとき、たか子が小さく息を吐いた。


「……熱、もう大丈夫?」


「うん。もう平気」


「そう」


それだけだった。

でもたか子の声は、昨日より少しだけ柔らかかった。


◇  ◇  ◇



廊下で、ことみとすれ違った。

学校の鞄を持って、玄関に向かうところだった。


「行ってきます」


ゆうが言うと、ことみが一瞬、足を止めた。


「……行ってらっしゃい」


小さな声だった。

玄関の扉が閉まる。


台所から、たか子の声が聞こえた。


「気をつけてね」


追いかけるような声だった。もうことみには届かないとわかっていても、それでも言わずにいられなかったような。


ゆうはその声を聞きながら、玄関で靴を履いた。


(この家、悪くないな)


ただそう思った。

特別なことは何もない朝だった。

挨拶をして、ご飯を食べて、食器を洗って、行ってきますを言った。

それだけのことが、この家にはなかったのかもしれない。


外に出ると、朝の空気が冷たかった。

学校まで、歩いて二十分。

まだ知らない道を、ゆうはゆっくりと歩き始めた。



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