第8話「雨の昇降口」
雨は、昼ごろから降り始めていた。
窓を叩く音が午後の授業中ずっと聞こえていて、放課後になってもやむ気配がなかった。傘を持ってきていない生徒が昇降口に溜まって、空を見上げたり、スマホで天気を確認したりしている。
昇降口に着いたとき、外はかなり降っていた。
(持ってきて正解だったな)
傘を開いて出ようとして、昇降口の端で足が止まった。
黒髪を一本に結んだ女子が、傘を開こうとしていた。白河澪だった。
でも開かない。何度か手首を動かして、そのたびに止まる。傘を持った手が、小さく下がった。
近づいてみてわかった。骨が折れていた。支骨が一本、外側に曲がっている。あれでは開けない。
(鞄に折り畳みが入ってたな)
◇ ◇ ◇
「白河さん」
澪が振り返った。ゆうを見て、一拍——止まった。
「傘、壊れてますよね
澪が顔を上げた。ゆうを見て、一拍止まった。
「鞄に折り畳みが入ってるので、よければこれ使ってください」
手に持っていた傘を差し出した。紺色の、何の変哲もないやつだ。
澪がそれを見た。すぐには動かなかった。
「……お借りしても、よろしいですか」
「どうぞ」
澪が傘を受け取った。両手で、丁寧に。
「気をつけて」
鞄から折り畳みを出して、外に出た。
◇ ◇ ◇
坂を下りながら、卵と豆腐のことを考えた。スーパーは駅前と家の近くと二つある。駅前の方が品揃えはいいが、今日は雨だから家の近くでいいかもしれない。
角を曲がったとき、後ろから傘の音がした。
振り返らなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
教室に入ると、田辺が後ろから声をかけてきた。
「昨日、白河さんに傘貸したんだって」
「壊れてたから」
「……お前、白河さんと話したのか」
「二言か三言」
田辺がしばらく黙った。それから、少し低い声で言った。
「白河さん、生徒会の書記だぞ。学校でも、ちょっと別格みたいな扱いの人だぞ」
「知らなかった」
「……知らなかったのか」
「壊れた傘で帰るのは困るだろうと思って」
田辺がまた黙った。
少し経ってから、ため息ともつかない息を吐いた。
「……まあ、お前はそういうやつだな」
「それ、怒ってる?」
「怒ってない。ただ——今日、ちょっと廊下がうるさいかもしれない」
(また噂になったのか)
ゆうは少し息を吸って、前を向いた。
チャイムまで、あと三分だった。
◇




