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「男子が2割の世界で普通にしてたら、どうやら大問題らしい」   作者: ゆう
第二章 教室の外側

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第4話「村瀬さやかの話」

昼休みの廊下は、いつもより少し騒がしかった。


教室を出て、自販機に向かうつもりだったゆうは、廊下の角を曲がったところで足を止めた。


壁際に、女子が一人いた。

壁にもたれて、片手を胸に当てている。顔が白い。目を閉じていた。


(体調が悪いのか)


廊下の人の流れは続いていた。何人かが村瀬の横を通り過ぎた。


一人が足を止めた。村瀬の顔を見て、何か言いかけた——でも視線がゆうに来て、止まった。男子がいる。その一拍の間に、足が再び動き始めた。

別の子も同じだった。気づいて、立ち止まりかけて、ゆうを見て、行った。


(俺がいるから、声をかけにくいのか)


逆説だと思った。男子がいるせいで、助けに来られない。


ゆうは立ち止まった。


「大丈夫ですか」


女子が目を開けた。ゆうを見て、一瞬——固まった。

驚き、というより、処理が追いつかない顔だった。


「……あ、は、はい」


「顔色が悪いみたいですけど。保健室、行けそうですか」


女子がまた固まった。視線が泳いだ。ゆうではなく、その周辺——廊下を歩く他の生徒の方を、一瞬確認するような目だった。


「……あの」


「無理そうなら、一緒に行きます」


女子がまた目を泳がせた。

それから小さく——本当に小さく、頷いた。


◇  ◇  ◇



保健室まで、廊下を並んで歩いた。


女子は少しふらついていた。ゆうは手を貸そうかと思ったが、やめた。この世界での距離感を、体が先に判断した。

ただ、転びそうになったときだけ支えられるように、少し近い距離を保って歩いた。


保健室の扉を開けると、養護の先生がすぐ来てくれた。


「村瀬さん、どうしたの?」


名前がわかった。村瀬、という子らしい。


村瀬が「廊下でちょっと」と答えるのを聞きながら、ゆうは先生に「廊下で見かけたので」と一言だけ伝えた。先生が「ありがとうね」と言った。


それで終わりだと思った。

踵を返して、廊下に出た。


(自販機、まだ行けるかな)


それだけを考えながら、来た道を戻った。


◇  ◇  ◇



午後の授業中、ゆうはいくつかの視線に気づいた。


朝とも、昨日とも、少し違う質の視線だった。

好奇心、という感じでもない。何かを確かめるような——あるいは何かを決めようとしているような、そういう目だった。


(……何かあったか)


授業中は考えても仕方がないので、前を向いていた。


放課後、田辺が教室の外で待っていた。


「昼休み、村瀬さんに付き添ったんだって」


「保健室まで。それだけだけど」


田辺が少し間を置いた。それから廊下を歩きながら、低い声で言った。


「お前がやったことは間違いじゃない。でもここじゃ、それで済まないことがある」


「……どういうこと?」


「声をかけた、付き添った——それだけで、相手の子の周りの空気が変わる。わかるか」


ゆうは黙った。


「男子が気にかけた、って話になると——村瀬さんが注目される。本人が望んでなくても」


「……村瀬さんに、迷惑だったかな」


「本人はそう思ってないと思う。でも、周りがそうさせない」


田辺が、少し歩くペースを落とした。


「俺も昔、似たことやった。中学のとき、具合悪そうな子に声かけて——あとでその子が色々言われたって聞いた。だから今は、動かないようにしてる」


淡々とした声だった。感情を乗せていない。でも——それだけに、重かった。


(田辺は、諦めて動かないことを選んだのか)


否定できなかった。

田辺が選んだのは、この世界で生まれ育った人間の、正直な答えだと思った。


「お前がどうするかは、お前が決めることだけど」


田辺がそれだけ言って、階段を下りていった。


◇  ◇  ◇



一人になった廊下で、ゆうは壁にもたれた。


頭の中で、昼休みの光景を整理する。


村瀬は顔色が悪かった。壁にもたれて、目を閉じていた。

周りの誰も動かなかった。

ゆうが声をかけた。保健室まで付き添った。

それだけだ。


でも——それだけで、村瀬の周りの空気が変わった。

本人が望んでいなくても。


(俺の「普通」が、この世界では普通じゃない)


それは前から知っていた。でも今日は——知っているだけじゃ足りない、ということを知った。


自分の「普通」が誰かに当たって、その人の生活を変えてしまうことがある。

悪意はない。でも、だから無害とも言えない。


(じゃあ、どうすればよかったのか)


答えが出なかった。


動かなければよかったのか。

でも、あのまま通り過ぎることが、ゆうにはできなかった。


目の前で誰かが具合悪そうにしていて、声をかけないで歩き続ける——それが「正解」だとは、どうしても思えない。


(でも、その「正解」がこの世界では正解なのかもしれない)


廊下の端で、しばらく立っていた。

答えは出なかった。

でも——少なくとも、村瀬に一度会って話をしないといけない、とは思った。



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