第1話「熱が下がった日」
意識が戻ったのは、白い天井を見た瞬間だった。
ここはどこだ——と思う前に、体の感覚が先に来た。体が重い。のどが渇いている。後頭部がじんわりと痛む。そしてどこかから、消毒液と、古い畳の匂いが混じって漂ってくる。
(……俺、生きてる)
そう認識した瞬間、全部が流れ込んできた。
前の俺の記憶。今の俺の記憶。二つの人生が、一本の線として頭の中に並ぶ。整合性がある。矛盾もない。でも明らかに——中身は違う。
崎山ゆう、十七歳。高校二年生。
男女比二対八という、ちょっとおかしな現代日本に生きている。
(転生、か)
妙に落ち着いた自分がいた。いや、落ち着いていられるのは、この体の記憶のせいかもしれない。この体はもともと感情を表に出さない性格らしく、驚きを処理するのが得意だった。
ゆっくりと上体を起こす。畳の部屋。薄いカーテン越しに、夕方の光が差し込んでいた。
どのくらい眠っていたのだろう。枕元には使用済みの熱さまシートが数枚、ゴミ袋に入れられて置かれていた。水の入ったコップ。飴の包み紙。
誰かが、気にかけてくれていた形跡だ。
(家族、か)
崎山ゆうの記憶によれば、家族は母と妹の三人暮らしだ。父は早くに出ていった。それも、この世界の構造と関係があるらしい——男性が少ない分、家族の形も歪んでいることが多い。
「……ゆう? 起きてる?」
扉の向こうから、声がした。
女性の声。低く落ち着いた、それでも少し緊張を含んだ声。
母——崎山たか子の声だ、と記憶が教えてくれた。
ゆうは少し考えた。
前の記憶の「崎山ゆう」ならば、きっとここで黙っているか、「うん」と短く返すだけだったと思う。感情を出さない。必要以上に関わらない。それがこの体の、染み込んだ習慣だった。
でも——俺は、そうじゃない。
「うん、起きてるよ」
普通に、答えた。
扉の向こうで、息が止まった。
たぶん一秒か二秒。沈黙というには短すぎる、でも明らかな間があって——
「……そう。よかった。熱、下がったみたいね」
「うん。おかげで」
「……え?」
「水とか、飴とか。ありがとう」
また、沈黙。
今度はもう少し長かった。
ゆうは首を傾げた。変なことを言っただろうか。感謝を伝えるのは普通のことだと思うのだが——崎山ゆうの記憶を探っても、この母に礼を言った記録が出てこない。
そういうものか、この世界では。
「……ご飯、作ってあるから。食べられそうなら、出ておいで」
声が少し、かすれていた。
「わかった」
廊下の足音が遠ざかる。ゆうはそれを聞きながら、窓の外の夕焼けを見た。
赤い空だった。
見覚えのある空だった。
なのに、どこか——知らない世界の空みたいに見えた。
(まあ、そうか)
ゆうはゆっくりと立ち上がった。少しふらつく。でも倒れるほどじゃない。
部屋のドアに手をかける。
(まずは、挨拶から始めよう)
それが——この世界での、最初の一歩だった。




