↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛されたことのない妖精は、今日も抱かれる  作者: Wataru


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/83

元飼い主と妖精 覚えていてほしかっただけ

 最初の主人は、金持ちだった。


 大きな家に住み、客も多く、いつも誰かが出入りしていた。


 妖精は、そこで酒を運び、客の相手をし、夜になれば主人の部屋に呼ばれた。


 特別扱いされたことはない。


 優しくされた記憶も、ほとんどない。


 それでも。


 寒い夜に毛布を投げてよこしたこと。


 体調を崩したとき、医者を呼んだこと。


 名前を呼んだこと。


 それだけで、十分だった。


 妖精にとっては。


⸻


 事業に失敗した主人は、あっという間にすべてを失った。


 屋敷も、使用人も、財産も。


 最後に残ったのが、自分だった。


「悪いな」


 主人はそう言った。


「もう養えない」


 それだけだった。


 怒りもなかった。


 恨みも湧かなかった。


 仕方ないと、理解してしまった。


 理解してしまうくらいには、好きだった。


⸻


 新しい主人の家は狭く、冷たかった。


 客の数は増え、休みも減った。


 金のためだけに使われる日々。


 それでも妖精は、毎月少しずつ金を抜き取り、封筒に入れる。


 夜中、誰にも見つからないよう、町外れの古い家へ行く。


 壊れかけたポストに、そっと金を入れる。


 ノックはしない。


 会いもしない。


 ただ、金を入れて帰る。


⸻


 ある夜、帰ろうとしたとき。


 背後で声がした。


「……お前、だったのか」


 振り向く。


 痩せた主人が立っていた。


 服はくたびれ、顔色も悪い。


 以前の面影はほとんどない。


「なんで……」


 言葉が出ない。


 主人はポストを指さした。


「ずっと、誰かが入れてると思ってた」


 沈黙。


「……お前、今どこで」


「……仕事してる」


 それ以上は言えない。


 主人は苦い顔で笑った。


「悪かったな」


 その言葉に、胸が痛んだ。


 違う。


 謝ってほしかったわけじゃない。


 覚えていてほしかっただけだ。


 少しだけ。


 それだけでよかった。


「……お元気で」


 妖精は頭を下げ、背を向ける。


 呼び止められることもなく、歩き出す。


 もう戻れないことは分かっている。


 それでも。


 初めて好きになった人だった。


 その気持ちだけが、ずっと消えなかった。


 夜の風が、少しだけ冷たかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。