同僚と妖精
丸太が斜面を転がった。
乾いた音と、短い悲鳴。
「だから言っただろ、任せるなって」
男たちの声が重なる。
「見た目ばっかで役に立たねえ」
妖精は倒れた丸太の横に立っていた。
腕は細い。指は白い。
人間の力仕事には向かないと、何度も言われてきた。
「俺じゃない」
妖精は静かに言う。
だが、誰も聞かない。
「言い訳するな」
胸倉を掴まれそうになった、そのとき。
「それ、俺の支えが甘かっただけ」
間延びした声が割って入った。
同僚の男が、丸太を持ち上げる。
土まみれの手。汗の匂い。
「傾いたの、俺の側からだろ」
「庇う必要ねえだろ」
「別に」
男は肩をすくめる。
「金もらってるし」
笑いが起きる。
「欲深いな」
「欲しいよ。俺、貧乏だし」
軽い。冗談みたいな声。
妖精はその横顔を見る。
さっきまで丸太の下敷きになりかけた背を、
さりげなく押していた腕を知っている。
それでも。
――体の次は、金か。
胸の奥が冷える。
特別だと言われ、
必要だと言われ、
飽きられたことは何度もある。
金なら渡せる。
慣れている。
上司が舌打ちする。
「次から気をつけろ」
妖精に向けて。
男は何も言わない。
ただ丸太を運びながら、ぼそりと呟く。
「一人のせいにすんなよ」
誰に向けた言葉でもない。
妖精は立ち尽くす。
助けられた。
でも理由は金。
そう言った。
なのに、さっきの腕は嘘じゃなかった。
分からない。
人間は、分からない。
男が振り返る。
「礼、期待してるからな」
笑う。
その目だけが、少しだけ真面目だった。
ーー
昼の休憩所。
干し草の匂いと、笑い声。
「よ、元気?」
同僚の男が、同じ会社の女に軽く声をかける。
距離が近い。
返事を待つ前に、ぽん、と肩を叩く。
「顔色悪いぞ。寝不足?」
女は苦笑しながら腕を振り払う。
「うるさい」
「冷たいなあ」
男は笑う。
軽い。
何も考えていないような顔。
妖精は少し離れた場所でそれを見る。
ああいう人間は苦手だ。
距離を詰めるのが早い。
境界を越えるのが簡単。
“元気?”と聞きながら、答えは本気で待っていない。
触れるのも、軽い。
意味もなく肩を叩く。
触れられるたび、妖精の背筋がわずかに強張る。
――最初は、みんなああだった。
気さくに笑い、
距離を縮め、
「特別だ」と言う。
そして、欲しがる。
男は女と笑い合いながら、振り返る。
妖精と目が合う。
「なんだよ」
軽い声。
妖精は目を逸らす。
「……何でもない」
ああいうのは、苦手だ。
近づいてくる人間ほど、信用できない。
距離を守らない人間は、
個人を見ない。
ただ、“そこにいる何か”として扱う。
男は肩をすくめて、また女に何か言っている。
楽しそうに。
軽薄で、お調子者。
妖精が最も関わりたくないタイプ。
なのに。
丸太の下で背を押した腕の感触だけが、
消えない。
それが、余計に腹立たしい。




