第8話 草と噂と、剣の使い道
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祈堂学舎の朝は、静かだった。
石畳の中庭。
整えられた花壇。
風に揺れる白い布。
山とは、まるで違う。
私は、用意された席に座りながら、周囲を見渡していた。
同じ年頃の生徒たち。
きちんとした服装。
落ち着いた声。
――みんな、普通だ。
そんな中、後ろの席から声が聞こえた。
「なあ、聞いたか?」
男子の声だ。
ひそひそ、というより、普通にでかい。
「灰皮の主を倒した冒険者が、この街にいるらしいぞ」
私の指が、ほんの一瞬だけ止まった。
(……あ)
「それって、あのユニーク?」
「そうそう。山の向こうのやつ」
別の男子が身を乗り出す。
「でさ、そいつが今どこにいると思う?」
「護衛とかじゃねぇの?」
「違うんだよ。それが――」
男子は、楽しそうに声を落とした。
「草むしりだってよ!」
「は?」
「学校の敷地で、草むしり!」
教室のあちこちから、くすくすと笑い声が漏れる。
「冗談だろ?」
「マジらしいぞ。バカでけぇ剣置いて、黙々と草抜いてるって」
「見に行こうぜ!」
私は、俯いた。
そして、小さく――
「……クス」
笑ってしまった。
(絶対、怒ってる)
昨日別れた時の顔が、はっきり思い浮かぶ。
不機嫌で、納得してなくて、それでも何も言わなかった顔。
(草むしり……)
想像しただけで、胸の奥が少し温かくなった。
***
一方その頃。
「……クソ!」
俺は、しゃがみ込みながら毒づいた。
「ロイのやろう……わざわざセラの学校の草むしりさせやがって」
手に持った紙には、依頼内容。
――祈堂学舎 敷地管理
――雑草の除去
見渡せば、青々と生え散らかった草。
中途半端に整えられた庭。
「どんだけ放置してんだ……」
指で草を引き抜く。
根が深い。
量も多い。
「これ、何日かかるんだよ」
ため息をついた、その時だった。
「……これだけは、やりたくなかったが」
俺は、背中に立てかけていた大剣を見る。
「ゼットには悪いが……切らせてもらうぜ」
ゆっくりと剣を拾い上げる。
ずしり、と重み。
五年、振り続けた感触。
そして――
薙。
一振りで、草がまとめて吹き飛ぶ。
「……お」
薙。
「こりゃ、いいな」
薙、薙。
「うらぁ!」
薙、薙、薙!
草が舞う。
土が見える。
作業が、一気に進む。
「これは楽だ」
その時。
「ちょっと!!」
甲高い声が響いた。
「ガルドさん!!」
振り返ると、教員らしき女性が青い顔で立っていた。
「何やってるんですか!!」
「見て分からないか?」
俺は真顔で答える。
「草刈ってんだよ」
「そんな物騒なものを、大声で振り回したら危ないでしょう!!」
周囲では、見物の生徒たちが集まり始めていた。
「クスクス……」
「すご……」
私も、その中にいた。
(……すごいスピード)
思わず、口元が緩む。
教員は頭を抱えた。
「だから! 鎌があるって言ったじゃないですか!」
「鎌?」
俺は眉をひそめる。
「草刈り道具の名前かよ……」
教員が指差す。
「それです!」
「……」
俺は一瞬考え、
「いや、こっちの方が早い」
剣を構える。
「だから誰も近づかないようにしといてくれ」
「ちょっ――」
遅かった。
薙。
「……あ」
教員の声が裏返る。
「それ、私が植えた木です」
倒れた若木。
切り口が、きれいすぎる。
「……なんだ」
俺は首を傾げた。
「全部切るんじゃないのか?」
「切れると思わないでしょ!!」
「木です!! 草じゃない!!」
しばらくの沈黙。
「……悪いな」
俺は剣を下ろす。
「また植えてくれ」
教員は、深く息を吐いた。
「……もう、放っておこう」
***
一日後。
なんとか、草はすべてなくなった。
「終わったな」
俺は汗を拭き、空を見上げた。
「さて、報酬だ」
***
冒険者ギルド。
「お疲れ様です、ガルドさん」
ミルダが紙を確認する。
「報酬ですが……三千ルクになります」
「……少なくないか?」
「本来は一万ルクでした」
ミルダは視線を逸らす。
「ですが、発注元から大変なクレームが入りまして。
破損分もあると……」
「……あいつか」
俺は顔をしかめる。
「なんか、もっとマシな仕事ねぇのか?
魔物討伐とか」
「あれ、聞いてませんでした?」
ミルダが言う。
「初依頼は、必ず雑依頼なんです」
「ですが――」
少し間を置いて。
「明日からは、簡単な討伐依頼は受けられますよ。
ユニークを倒せる実力者ですし」
「……そうか」
「それで、こちらなんですが」
紙を差し出す。
「ゴブリン調査依頼です」
「苔の奴らか」
俺の目が、少しだけ鋭くなる。
「いいぜ。それ行く」
「山脈方面で被害が多発しています。
おそらく大規模な巣が――」
「殲滅してもいいのか?」
ミルダが一瞬、言葉に詰まる。
「制度上、問題はありませんが……一人では……」
俺は、あっさり言った。
「なら、問題ないな」
「……」
ミルダは、何も言えなかった。
「明日から行ってくる」
俺は背を向ける。
草よりは、分かりやすい相手だ。
この世界は、相変わらず俺を通す気がない。
だから――
次は、剣の出番だ。




