第33話 白い壁と、三日の猶予
翌朝。
火は灰になり、
洞窟の空気は冷えていた。
外は白い。
夜のうちに雪が降ったらしい。
森の枝が薄く化粧している。
俺はゆっくりと身体を起こした。
――痛い。
右腕。
肋。
左脚。
折れている。
だが、致命じゃない。
骨は繋がってきている。
軋むが、折れた直後の不安定さはもうない。
(……三日)
三日あれば、最低限は動く。
俺は立ち上がろうとして、
一瞬だけ視界が揺れた。
「ガルド」
低い声。
リィナだ。
「無理すんな」
「してない」
「してる顔」
言い返そうとしたが、
面倒でやめた。
ロイが火を起こしながら言う。
「三日って言ったよな」
「ああ」
「今日を一日目にするか?」
俺は外を見る。
雪。
風は弱い。
だが山の上は荒れているはずだ。
「今日からだ」
セラが毛布を握りしめる。
「……山、行くんだよね」
「行く」
街道は封鎖。
関所は番号持ち。
四人で正面突破は自殺だ。
ロイが地図を広げる。
「普通の登山じゃねぇぞ。
崖、氷、雪崩、落石。おまけに、魔物ときてる」
「理よりはマシだ」
俺が言うと、
ロイが苦笑した。
「それは否定できねぇな」
***
一日目。
準備。
俺は洞窟の脇に座り、
靴を脱いだ。
骨がまだ完全には戻っていない。
だが腫れは引いている。
布を裂き、
足首と脛を固定する。
「固定するの?」
セラが覗き込む。
「ああ。
無理に動かすとまた折れる」
「痛くない?」
「痛い」
正直に答える。
セラが少しだけ眉を寄せた。
リィナが枝を抱えて戻る。
「使えそうなの集めた」
硬い枝。
曲がりにくい。
「いい」
俺はナイフで削り、
靴底に当てる板を作る。
簡易アイゼン代わりだ。
ロイが紐を出す。
「これで縛るか」
「二重にしろ。
一本切れたら終わる」
「了解」
山は敵意がない。
だからこそ容赦もない。
一歩滑れば終わり。
「ロープは?」
「布を束ねた。
完全じゃねぇが、体重は支えられる」
ロイは結び目を見せる。
「お前、狩れないくせにこういうのは出来るんだな」
「俺は生き延びる担当だって言ったろ」
リィナが鼻で笑う。
「それ、なんかダサ」
セラは火の側で水を温めている。
胸元を時々押さえる。
「……痣、痛むか」
「ちょっとだけ」
嘘だ。
でも、昨日よりは顔色がいい。
祈っていないからだ。
***
二日目。
雪は止んだ。
俺は洞窟の外に出て、
岩場で足を試す。
一歩。
軋む。
二歩。
鈍い痛み。
三歩。
(……いける)
走れない。
跳べない。
だが、登るなら足りる。
「どれくらい?」
リィナが聞く。
「七割」
「上等」
ロイが岩にロープをかける。
「練習するぞ」
俺たちは順番に登った。
リィナは軽い。
足運びが正確だ。
戦闘だけじゃない。
身体の使い方を分かっている。
「落ちるなよ」
「落ちない」
即答。
セラは慎重だ。
一つ一つ確認して進む。
「呼吸止めるな」
俺が言う。
「……うん」
ロイは意外と安定している。
「山は嫌いじゃねぇ」
「好きでもないだろ」
「当たり前だ」
下から見上げる。
山脈は、森の向こうに白く連なっている。
あれは道じゃない。
壁だ。
***
夜。
火は小さい。
煙を抑える。
追手はまだ来ていない。
だが時間の問題だ。
「三日目で出る」
俺が言う。
ロイが頷く。
「夜明け前がいいな。
足跡が残る前に凍る」
リィナが弓を手入れしている。
「山の魔物は何だ?」
「厄介なのはグリフォン」
セラが小さく呟く。
「キモい鳥」
すかさずリィナ。
「言い方」
少し笑いが起きる。
その笑いが、ありがたい。
俺は壁にもたれ、
大剣に触れる。
重い。
だが捨てない。
右に大剣。
左に剣。
山でも同じだ。
「ガルド」
セラが小さく言う。
「うん?」
「無理しないでね」
「しない」
「嘘」
「……バレたか」
少しだけ笑う。
リィナが目を細める。
「お荷物にならないでよ」
「グリフォンは任せる」
「ちょっと!」
ロイが火に薪を足す。
「全員生きて越えるぞ」
当たり前のことを、
あえて口にする。
外は静かだ。
だが静かなのは、
嵐の前かもしれない。
***
三日目の朝。
空は灰色。
山の上は雲に隠れている。
俺は立ち上がる。
痛みはある。
だが昨日より軽い。
骨は完全じゃない。
だが折れた直後の不安定さはない。
「行ける」
俺は言った。
リィナが頷く。
「じゃあ行こ」
ロイが荷を背負う。
「戻れないぞ」
「戻る気はない」
セラが洞窟を振り返る。
少しだけ寂しそうに。
「……あったかかったね」
「ああ」
だが止まらない。
火を消す。
灰を散らす。
痕跡を消す。
森を抜ける。
白い山が近づく。
冷たい風が頬を打つ。
あれを越えれば、
連合領。
越えなければ、
追手と王国。
俺は雪を踏みしめた。
軋む。
だが折れない。
「行くぞ」
誰も迷わなかった。
俺たちは、
白い壁へ向かった。
戦うために。
生き延びるために。
そして――
まだ見えない未来へ。




