第28話 戦いの天才と、限界の距離
主が翼を広げた瞬間、
空気が“落ちた”。
圧、というより重さ。
息を吸うたび、肺の奥が押し潰される。
祈堂学舎前。
瓦礫と血。
まだ熱を持った地面。
逃げ場は、ない。
主の周囲を囲むように、
飛竜が六体、円を描いて旋回していた。
「……多いな」
ロイが低く呟く。
「六体。しかも主を中心にした連携だ」
リィナは空を見上げ、
一瞬だけ目を細めた。
「連携、できてる」
「適当に飛んでる群れじゃない」
弓を引きながら、
視線はもう“一体”ではなく、
空全体を見ている。
「右上二体。高度を殺してから降りる」
「左奥の一体はフェイント」
「残り三体は、主の死角を潰す役」
即座だった。
「……見ただけで、そこまで分かるのかよ」
ロイが息を呑む。
「当たり前でしょ」
リィナは視線を切らない。
「空戦は形じゃない」
「“流れ”を見るの」
次の瞬間。
右上の二体が、
示し合わせたように高度を落とした。
「来る!」
リィナの声と同時に、
空気が裂ける。
――ヒュッ。
一本目の矢。
だが、狙いは“当てる”ことじゃない。
矢は空中で軌道を歪め、
飛竜の進路の“前”を通過した。
「ッ!?」
飛竜が、反射的に軌道を変える。
その瞬間。
二射目。
三射目。
変化弓。
矢が途中で折れ、
二本に分かれ、
別々の角度から襲いかかる。
喉。
翼の付け根。
だが――
一体は落ちた。
もう一体は、踏みとどまった。
「……チッ」
リィナが舌打ちする。
「落ちろよ」
負傷した飛竜が、
無理やり高度を保とうとする。
そこへ――
「行くぞ!」
俺が踏み込んだ。
地面を蹴り、
瓦礫を足場にして跳ぶ。
空中。
一瞬だけ、
リミッターを緩める。
世界が軽くなる。
「……っ!」
右手の大剣を振り上げ、
飛竜の腹へ叩き込んだ。
――ズン。
重さで、斬る。
鱗が砕け、
内臓ごと裂けた。
飛竜が悲鳴を上げる暇もなく、
地面へ叩き落とされる。
「流石だぜ!」
ロイが叫ぶ。
「上出来」
リィナは一瞬だけ俺を見る。
すぐ、空へ視線を戻した。
「でも、まだ終わりじゃない」
残り四体。
主の影に沿うように散開し、
高度を保ったまま、圧をかけてくる。
「……嫌な動きだな」
ロイが歯を食いしばる。
「主を守りながら削る気か」
「そう」
リィナが即答する。
「主が動く前に、
私たちを削るつもり」
「なら――」
ロイが前に出る。
「崩すしかねぇな!」
投げたのは、瓦礫。
狙いは命中じゃない。
飛竜の“進路”。
一瞬の乱れ。
「今!」
リィナの声。
三本の矢が放たれる。
空中で折れ、
曲がり、
重なり。
一体が落ち、
もう一体が翼を失って墜落する。
だが――
最後の二体は、主の背後へ逃げ込んだ。
「……逃げた」
「逃がしてない」
リィナの声が低くなる。
「主の影に入っただけ」
その瞬間。
主が、動いた。
一歩。
それだけで、
地面が割れた。
「ガルド」
セラの声が震える。
「人型、主の背から降りた」
「……こっちを見てる」
俺には、見えない。
だが分かる。
視線。
圧。
“見られている”感覚。
「……来いよ」
俺は息を吐いた。
リミッターを、少しだけ緩める。
世界が軽くなる。
痛みが走る。
右腕。
筋が悲鳴を上げる。
だが、骨は折れていない。
(これくらいなら、行ける)
踏み込む。
右の大剣。
主の前脚を叩く。
――バキ。
鱗が砕け、
血が飛ぶ。
主が吼える。
尾が来る。
「左!」
セラの声。
左手の剣で受け流す。
衝撃。
肋が軋む。
だが折れない。
「……っ!」
「無理すんな!」
リィナの矢が、
主の視界を塞ぐ。
「ガルド、今!」
俺は踏み込んだ。
今度は、
リミッターを“さらに”緩める。
世界が、
一段、遠くなる。
痛みが爆ぜる。
肩。
腕。
脚。
だが、刃は通る。
右の大剣が、
主の首元を裂いた。
深い。
だが、まだ足りない。
主は倒れない。
「削れてる!」
ロイが叫ぶ。
「でも、まだだ!」
「分かってる!」
息が荒い。
全力は使えない。
使えば――終わる。
だから抑える。
“切れる分だけ”切る。
「人型沈黙!」
セラの声。
左手の剣。
軽い。
速い。
最小の力で、
翼膜を裂く。
主が、バランスを崩す。
「ダメだ残りの飛竜が飛び出したぞ」
ロイが叫ぶ
「任せた!」
「想定内っと」
変化弓。二連。
理の外を行く軌道。
眉間。
命中。
飛竜が主に落ちる。
主が、
地に膝をついた。
「……行ける」
俺は、最後の力を絞る。
リミッターを、
限界手前まで。
痛みだけが残る。
骨は、まだ保つ。
右。
左。
二本の剣が、
同時に振るわれた。
交差。
首。
――ズン。
主が、倒れた。
地面が揺れる。
静寂。
飛竜の群れは、
もういない。
「……やったか?」
ロイが息を切らす。
「……まだ」
セラの声が震える。
「人型……動いた」
空気が歪む。
主の死体の前。
何もなかった場所に、
“何か”が立つ。
見えない。
だが――
次の瞬間。
形が、現れた。
人間。
俺と、
同じ形。
同じ顔。
同じ剣。
「……は?」
リィナが息を呑む。
ロイが乾いた笑いを漏らす。
「冗談だろ……」
俺は、剣を構え直した。
右に大剣。
左に剣。
向かい合う、
“俺”。
「強そうだな」
帳尻。
世界の修正。
「俺かよ」
人型が、
笑った。
街の鐘が、
ようやく止まった。
……あいつか。
俺の、
戦いは――
ここからだ。




