第25話 鳴らされた鐘と、取り戻しに来たもの
帰り道、リィナはあれに対して全く触れてこなかった。
ギルドは、妙に静かだった。
いつもなら討伐帰りの冒険者で騒がしい時間帯だ。
だが今日は、視線が集まるだけで、声が少ない。
理由は分かっている。
リィナが、何も喋らないからだ。
「それで?」
受付のミルダが、依頼書を見ながら言った。
「グリフォン討伐依頼。
結果は?」
「失敗」
短く、それだけ。
「対象は確認しました?」
「ああ」
俺がグリフォンの首を指さす。
「討伐途中で、横から喰われた」
ミルダの手が止まる。
「……喰われた?」
リィナが、ゆっくり口を開いた。
「グリフォンが、空で首を落とされて。
胴体を掴まれて、そのまま」
一瞬、ギルド内の空気が変わった。
「……どんな個体です?」
「知らない」
即答だった。
「名前も、分類も。
ただ――」
リィナは一度、息を吸った。
「前に組んでた戦士も、あれに殺された」
周囲が、完全に静まり返る。
ミルダが、ゆっくり顔を上げた。
「……確認します。
その戦士の等級は?」
「ロード」
短い沈黙。
「……単独ですか?」
「私と、二人チーム」
それ以上、リィナは何も言わなかった。
ミルダは帳簿を閉じ、低い声で告げる。
「……報告、受理します」
その瞬間だった。
――ゴォォォン。
聞いたことのない、重い音。
金属でも、木でもない。
街そのものを叩くような、低く長い鐘。
一度。
二度。
空気が、震えた。
「……なんだ、今の」
俺が言う。
リィナが首を振った。
「知らない。
少なくとも、私がこの街に来てから聞いたことはない」
ミルダが、青い顔で立ち上がる。
「……魔物襲撃の鐘です」
ギルド内が、ざわついた。
「そんなの、今まで――」
「非常鐘です。
大規模。
とにかく外へ」
ミルダは声を張り上げる。
「今いる冒険者の皆様!
ギルドの指示に従って迎撃準備を!」
***
外は、もう騒然としていた。
空が、暗い。
雲じゃない。
――影だ。
飛竜。
数え切れないほどの群れが、街へ向かって降りてくる。
その中心。
明らかに、桁が違う個体がいた。
翼幅。
体格。
存在感。
「……おい」
俺は、思わず呟いた。
「あれも、飛竜なのか?」
リィナも、同じ方向を見ている。
「……でかいなんてもんじゃない」
そして、その背。
飛竜の背に、揺らぎを感じた。
いや、見えない何かだ。
初見なら気づかない。
ただ、あいつは一度見てる。
いるはずのない何か。
「……アリゲーターの時、“透明”のがいる」
リィナの声が、わずかに震える。
俺は、理解した。
(ああ)
(来たんだ)
俺が死んで。
セラが祈って。
世界が、ねじ曲がって。
その“帳尻”を取り戻しに。
俺は、剣の柄を握った。
それでも、
“空の頂点”程の絶望感はない。
「リィナ」
「なに」
「俺が前に出る」
リィナが、こちらを見る。
「お前は――セラの方に行ってくれ」
「は?……理由は?」
「嫌な予感がする」
少しだけ、間があった。
リィナは目を伏せ、
それから、短く頷いた。
「……わかった」
そして、言った。
「死ぬなよ」
「約束はできねぇ」
「バカ」
それでも、リィナは背を向けて走り出した。
空では、飛竜が吼える。
飛竜の影の奥、空気の“ズレ”がこちらを見ている。
あれは、生き物の視線じゃない。
来るなら来いよ。
俺はお前には借りがある。
――おい、旦那。
ロイだ。
「セラの嬢ちゃんがヤバい!」
「何言ってんだ」
「ヤバい、第六騎士団が動いた」
「どういう事だ?なんでお前が知ってんだ」
「祈り人を狙ってる」
なんでコイツが知ってる?
思えば最初から全部都合がよかった気がする。
「お前何を企んでる」
「そんな事はどうでもいいから早くこい」
「あの個体は俺を狙ってる。セラも巻き込むぞ」
「あんなのは、兵隊や調査団に任せておけ」
「騎士団……番号持ちに連れてかれたら、
もう助けられない」
「クソ!」
何がどうなってんだ。
「ロイ、後で全部説明しろ」
「……わかってる」
――人の知らない所で、
どれもこれも勝手に動いてんじゃねえよ。




