第21話 リミッターの話と、祈りの重さ
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昔、ゼットに聞いたことがある。
「なんでさ。
こんなちっこい魔物や獣の方が、俺より力あるんだ?」
焚き火の前で、何気なく投げた疑問だった。
ゼットは酒を一口飲んで、鼻で笑った。
「いいとこに気づいたな」
「答えになってねぇ」
「答えだよ。あいつらはな、頭が悪い代わりに――
力の使い方が上手い」
「力の……使い方?」
「ああ。本来、俺たちはもっと出せる。
でも“止められてる”んだよ」
「止められてる?」
「リミッターってやつだ。
身体壊さないように、世界が勝手に付けてる安全装置だな」
「じゃあ外せばいいじゃん」
俺が即答すると、ゼットは吹き出した。
「頭で考えて外せるなら、苦労しねぇよ。
外れるのは――いざって時だけだ」
「師匠は?」
「外せてたら、とっくに主を殺して外に出てるわ」
「……それもそうか」
焚き火が弾けた音だけが残った。
***
リミッター、か。
診療所の天井を見つめながら、ぼんやりと思い出していた。
ここに運び込まれてから、もう一日が経つ。
セラの祈りのおかげで、命だけは繋がった。
だが、まだ数日は動けないらしい。
「ねえ」
声が聞こえた。
「なんだ」
「……あの子、何者?」
「何の話だ」
「決まってるでしょ。
死んだあんたが、なんで普通に息してんのかって話」
「不満か?」
「そうじゃないし」
リィナは舌打ちした。
「祈ったら治るなら、冒険者全員生き返ってる」
「俺にも分からん」
「セラは?」
「知らない」
「……様子、見てくる」
「頼む」
一瞬だけ間があって、リィナは立ち上がった。
「……仕方ないわね」
***
腕の痛みで、気絶してたらしい。
目を覚ました時、診療所の天井があった。
しばらくして、扉が軋む音がする。
振り向くと、リィナが立っていた。
「ちょっと」
「……私ですか?」
「他に誰がいんの。動けるでしょ」
口調が悪い。
視線も鋭い。
「一緒に来て」
「……わかりました」
***
「ガルド」
ベッドの横で、声をかける。
「身体、痛い?」
「生きてるだけマシだ」
「……また助けちゃった」
「違う」
俺は言った。
「助かった。ありがとう」
「ううん……私のせいなの。
私が祈ったから、厄災が――」
「ちょっと」
リィナが割って入る。
「勝手に二人で完結しないで。
うちにも説明して」
腕を組んで言った。
「うちはリィナ。ガルドとパーティ組んでる。
今は相棒ね」
「セラです」
少しだけ間を置いて、続ける。
「ガルドとは……同郷で、一緒にこの街まで来た」
「へえ」
リィナが片眉を上げる。
「初耳だけど?」
「言う必要あったか」
「あるに決まってんじゃん。
背中預けてんだから」
ガルドが、少しだけ視線を逸らした。
「……信用してなかった。
それと、俺たちは、まだ何も知らない」
「私たち、集落の外に世界があることすら知らなかった」
セラが言う。
「学舎で初めて知ったの」
「祈り人、でしょ」
リィナの声が低くなる。
「おとぎ話だと思ったけど……
隔離された集落があるって話、確かにある」
「一致するところが多いから……たぶん」
「……厄介ね」
リィナは息を吐いた。
「ま、いいわ。
とりあえず報酬もらってくる。
二人とも、ここで大人しくしてて」
「動けん」
「だっさ」
そう言い残して、出ていった。
***
「ガルド」
「どうした」
「刻印、増えた」
セラが、手首を押さえる。
「……二つに」
「そうか」
「多分、一つはガルドの」
「祈りの代償は……祈った相手に行くのかもしれない」
「俺が生きてる理由は、それで十分だ」
「でも――」
「強くなる」
即答した。
「世界が来るなら、切って進む」
セラを見た。
「好きなだけ祈れ。
その分だけ俺が、殺してやる」
セラは、少し笑った。
(……怖いのに、安心した)
「……変わらないね」
「そうだな」
「学舎、戻らなくていいのか?」
「今戻っても怒られるだけ。
それに、リィナが待てって」
「あいつ、口悪いな」
「悪い」
少し沈黙。
「ねえ、学舎で色々習ったんだよ」
「そうか」
「世界がね、広いの」
「この街は世界の真ん中くらいで、
地図で見るとちっちゃいんだよ」
「そっか、ちゃんと勉強してんじゃねーか」
「それは、当たり前でしょ。
集落はここから北。だから寒かったんだって」
「そうなのか」
「北は寒い場所なんだって。南はあったかい」
「……それは行ってみたいな」
「でしょ?まだまだ広いんだよ。私もまだよくわからないけど」
「あの集落からじゃ想像もできないな」
「そうだよね。友達もできたよ」
「良かったな」
「なんかね、学舎の男子が噂してるの。
王国の騎士団長と、首狩り剣士、どっちが強いかって」
「興味ないな」
「言うと思った」
「ガルド、鎧買いなよ」
「強い騎士はみんないい鎧きてるって」
「なあ」
「死んだら意味ないでしょ?」
「セラ!」
「一緒に行こ」
「わかったから……無理するな」
「約束……なんだよ」
セラは泣きながら話していた。
もう普通にはなれないって知っているように……。
「ちゃんと迎えに行く」
***
「団長」
「どうしました」
「これを見て下さい」
激しい戦いの跡。
「……なるほど」
男は、静かに息を吐いた。
「ここに別の何かがいましたね」
(――矢が“ずれている”。
獣の爪じゃない。理に触られている)
「どうしましたか?」
「……」
視線を伏せる。
(祈り人が動いた可能性がある)
「……もう戻れませんね」
沈黙。
「――あまり、目立たせないようにしましょう」
世界は、静かに。
確実に、動き始めていた。




