第17話 祈らない選択と、背中を射る距離
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学舎から外出許可が下りたのは数日後の昼過ぎだった。
遅い。
遅すぎる。
私は許可証を握りしめたまま、ほとんど走るように校舎を出た。
制服の裾が揺れる。
腕が、じくじくと痛む。
(……まだ、何もしてないのに)
刻印は、理由もなく疼いていた。
祈っていない。
心を傾けてもいない。
それなのに。
嫌な予感だけが、消えない。
とりあえず――ギルド。
街の中心。
人の集まる場所。
ガルドが戻っているなら、ここにいるはずだ。
扉を押し開ける。
「ミルダさん!」
少し声が上ずった。
受付にいたミルダが、こちらを見る。
「あ、セラさん。
ええと……ガルドさんなら、ついさっき」
「……どこですか」
「討伐依頼を受けて、出ました」
一瞬、頭が真っ白になった。
「……もう?」
「はい。パーティで」
パーティ。
その言葉が、胸に引っかかる。
「誰と……」
「弓使いの方ですね。
ブレイド階級の、リィナさん」
弓。
女。
胸の奥が、ひり、と痛んだ。
「……そうですか」
返事は、思ったより平静だった。
でも、足元が少しふらつく。
一足遅かった。
厄災のこと。
祈りのこと。
集落のこと。
全部、言わなきゃいけなかったのに。
ギルドを出たところで、聞き覚えのある声がした。
「おっ、セラの嬢ちゃん」
ロイだった。
「休みか?
なんだその顔。幽霊でも見たみたいだぞ」
「……ガルド、どこに行ったか分かりますか」
ロイは気軽に言った。
「アリゲーター討伐だよ。
俺が紹介した弓使いと組んでな」
「……パーティ?」
「おうよ!
美人で腕もいいって評判でな。
前の仲間が死んじまってさ、
強い戦士探してたんだ」
美人。
その言葉が、妙に刺さる。
「私が心配してる間に……」
喉の奥が、きゅっと詰まる。
「二人で、依頼?」
「仲良くはしてなかったがな。
まあ、似た者同士だ」
私は、笑った。
多分。
ちゃんと、笑えてはいなかった。
「……もういいです」
「え?」
「どうでもいいです。
厄災でも、祈りでも、刻印でも」
腕が、ずきりと痛む。
「全部、あいつに行けばいい」
ロイが慌てた。
「お、おいおい。
何怒ってんだよ」
「怒ってません」
嘘だった。
「学舎に戻ります。
さようなら」
背を向ける。
歩き出した瞬間、
刻印が、強く脈打った。
(……来る)
理由は分からない。
でも、はっきり分かる。
また――
何かが、生まれる。
***
「動き、硬いな」
俺の声が、湿った空気を裂いた。
「うるさい!」
返事は即。
後ろで弦が鳴る気配。
リィナだ。
連携確認――
相手は小型の魔物。森に棲む獣型。
数は三。
大した相手じゃない。
……はずだった。
俺は前に出る。
迷う理由がない。
背中に視線が刺さるのが分かった。
射線を探してる。
(……背中が広いって言いたい顔だな)
魔物が横に跳ぶ。
俺が追う。
その瞬間――
「おい!」
俺は叫んだ。
「俺の背中に射るなよ!」
返事はなかった。
次の瞬間、
矢が風を切った。
肩のすぐ横を抜ける。
――かすった。いや、かすめた。
その先で、魔物の頭が弾けた。
鈍い音。
即死。
俺の足が止まる。
「……」
背中から、短い鼻息。
「ふん」
勝ち誇ってるのが分かる。
腹立つくらい、腕は確かだ。
「次は合図出せ」
「出さなくても当てる」
俺は舌打ちした。
「……やりづれぇ」
残り二体。
今度は少しだけ噛み合う。
俺が踏み込み、リィナが読む。
前と後ろ。言葉は少ない。
だが――
「左!」
俺が叫ぶ。
矢が飛ぶ。
魔物が倒れる。
最後の一体。
俺が斬る。
静寂。
リィナが弓を下ろす気配。
「……まあまあね!」
「死ぬなよ」
「それ、こっちの台詞」
俺は剣を拭いながら言った。
一瞬、迷って――吐き出す。
「背中は、任せた」
後ろの気配が止まる。
驚いた。
「……今の、信用?」
「勘だ」
それで十分だった。
その時。
理由もなく、
胸の奥がざわついた。
説明できない違和感。
空気が重い。
森が、呼吸をやめたみたいに。
(……嫌な感じだ)
遠くで、何かが“鳴った”気がした。
音じゃない。
もっと根っこ。
世界の骨が、軋む感じ。
――世界が、どこかで歪んだ。
「行くぞ」
俺は言った。
「遊びは終わりだ」
終わったのは、
ただの息だった。
そのことを、
この時はまだ――誰も知らない。




