第13話 祈りの軌道と、通さない理
***
刻印が、痛い。
ズキ、と来る痛みじゃない。
じわじわと、内側から締め付けるような熱。
祈っていないのに、疼く。
私は、無意識に腕を押さえていた。
制服の袖の下、黒い痣が、確かに“生きている”。
(……見られてる)
誰に?
どこから?
分からない。
けれど、世界のどこかで、何かがこちらを“数えている”。
そんな気配だけが、皮膚の奥にまとわりつく。
ガルド……。
名前を呼びそうになって、唇を噛む。
(そっちは……本当に、大丈夫なんだよね)
祈らないと決めた。
もう、祈らないと。
祈れば、世界が歪む。
祈れば、厄災がおきる。
祈れば、ガルドが、危険な場所に立たされるかもしれない。
分かってる。
分かってるのに――
(……腕、痛い)
刻印が、はっきりと脈打った。
逃げ場がない。
祈らないという選択肢が、もう残っていない。
私は、そっと目を閉じた。
お願い。
奇跡なんて、いらない。
どうか――
どうか、ガルドを……助けて下さい。
声には、ならなかった。
ただ、心が傾いただけだった。
それだけで、世界は、応えた。
――代わりに、何かがこちらを“見つけた”。
***
意識が、少しずつ削れていく。
何匹斬った?
分からない。
五十?
百?
どうでもいい。
目の前にいる。
それだけで、十分だ。
俺は、剣を振る。
考えない。
数えない。
ただ、振る。
血の匂い。
鉄の匂い。
湿った洞窟の空気。
「……はっ」
息を吐く。
深く。
集中。
まだ動く。
動くなら、戦える。
「いくらでも来やがれ」
ゴブリンが押し寄せる。
叫ぶ。
噛みつく。
弓を引く。
全部、斬る。
左で弾き、右で薙ぐ。
踏み込み、引き、回る。
俺には、これしかない。
剣を振ってる時だけ、世界が静かになる。
後はあいつだけだな。
――その時だ。
「……?」
違和感。
踏み出した瞬間、
肩の奥が、嫌な音を立てた。
……違う。
最初の矢じゃない。
「……二本目かよ」
吐き捨てる。
撃たれた記憶は、ない。
気づいた時には、もう刺さっていた。
血が増える。
痛みも増える。
だが、今さら止まれるか。
一瞬。
ほんの一瞬の遅れ。
振り下ろされた巨大な刃――
群れの主の一撃。
直撃。
のはずだった。
なのに。
軌道が、ズレた。
ありえない。
俺の動きでも、相手の癖でもない。
刃が、空を滑るように逸れていく。
まるで――
「……何だ今の?」
直後、群れの主の動きが止まった。
大きな目が、こちらではなく、
“上”を見る。
いや。
違う。
洞窟の奥。
さらに、遠く。
「……イノリビト」
低く、濁った声。
言葉だった。
確かに、言葉だった。
「オイ……ニンゲン」
群れの主が、笑う。
「オマエ……イノリ……シッテルダロ」
ぞわり、と背筋が冷える。
「……あぁん?」
俺は、剣を構え直した。
「何言ってんのか、分かんねーよ」
答える気は、ない。
理屈も、因果も、どうでもいい。
分かってるのは、一つだけだ。
こいつは――
セラを、知っている。
「黙って死ね」
俺は、踏み込んだ。
左。
右。
間を詰める。
二刀流の連撃。
間合いを殺す。
逃げ場を潰す。
群れの主が吠える。
だが、止まらない。
「イノリ……イノリ……!」
叫びながら、巨大な腕を振るう。
速い。
重い。
だが――
遅い。
一瞬、祈りの余韻が残っている。
世界が、まだ歪んだままだ。
俺は、その歪みの中を走る。
「調子乗んなよ」
刃が、食い込む。
血が、噴き出す。
「お前には触れさせねぇ」
(セラ。――祈るな。だが、祈れ。代償は俺が斬る)
最後の一撃。
大剣が、群れの主の胴を断ち割った。
巨体が、崩れる。
洞窟が、震える。
静寂。
***
刻印の痛みが、引いていく。
私は、崩れるように椅子にもたれた。
息が、荒い。
(……どうして?)
分からない。
何が起きたのかも、分からない。
ただ――
一瞬、とても強いものが、
こちらを“見た”気がした。
そして。
また、刻印が、少し濃くなった。
(……ごめんね)
誰に向けた言葉かも、分からない。
でも、分かっている。
世界は、また一歩、こちらを敵に回した。
***
俺は、血の付いた剣を下ろした。
「……本当に」
息を吐く。
「世界は、通す気がないな」
でも。
通さなくても、いい。
祈るなら、祈れ。
歪むなら、歪め。
その全部を、
俺が、斬る。
それだけで、十分だ。
俺は、洞窟の奥を見た。
まだ、終わっていない。
だが――
一歩ずつ、進む。
世界がどれだけ拒もうが、
俺は、通す。
剣で。
それしか、俺にはない。
さて、全部首を刈るか。




