第10話 鎌の魔物と、寄り道の理由
街を出て、三日。
舗装された道はいつの間にか途切れ、足元は石と土に変わっていた。
振り返れば、城壁はもう見えない。
前方には、灰皮の主がいた山脈が、黒い影となって横たわっている。
「……この距離を、調査団は三日で往復か」
思わず鼻で笑った。
歩くだけじゃない。
地形を見て、痕跡を拾って、地図に落とし込んで。
それを往復だ。
「食えねえ連中だな」
嫌いじゃない。
だが、真似はしたくない。
俺は、剣の重さを背中で確かめながら歩いた。
その時だった。
風に混じって、悲鳴が聞こえた。
――人の声だ。
足を止める。
助けを呼ぶ声。
だが、切迫しすぎていない。
「……集落か」
興味はない。
本来なら、通り過ぎる。
だが――
「ゴブリン」
声の中に、その単語が混じった。
「……対象内だな」
俺は、進路を変えた。
***
集落は小さかった。
山脈の裾にへばりつくように、十数軒の家が並んでいる。
その中央で、一人の男が、魔物と向かい合っていた。
巨大な――鎌。
いや、違う。
鎌の形をした前脚を持つ、巨大なカマキリだ。
人の背丈の倍近くある。
外殻はくすんだ緑色で、苔のようなものが張り付いている。
前脚が振るわれるたび、空気が裂ける音がした。
男は剣を構えているが、腰が引けている。
足が、わずかに震えている。
「……おい」
俺は、距離を保ったまま声をかけた。
「大丈夫か?」
男は振り向き、叫んだ。
「大丈夫に見えるか!?
冒険者なら助けてくれ!!」
やっぱりな。
「しょうがねぇ」
俺は剣を抜いた。
***
カマキリが、俺に気づく。
複眼がこちらを捉え、前脚が大きく振り上がる。
速い。
「くっ……!」
ガンッ、と音が鳴る。
大剣で受けた衝撃が、腕を痺れさせた。
重い。
だが、それ以上に――
「手数が多い……」
一撃が重い魔物は慣れている。
だがこいつは、間合いに入る隙を与えない。
薙ぐ。
弾く。
下がる。
完全に、防戦一方だ。
「このままじゃ、攻め手に欠くな……」
一度、間合いを切る。
呼吸を整える。
その時、視界の端に、あの男が映った。
「おい」
俺は言った。
「その剣、くれ」
男は目を見開いた。
「な、何だと?」
「今すぐだ」
一瞬の迷いの後、男は叫ぶ。
「わ、分かった!投げるぞ!」
剣が、宙を舞う。
俺はそれを掴んだ。
右手には、ゼットの大剣。
左手に、男の剣。
「……悪くない」
構える。
カマキリが、再び踏み込んできた。
左で受ける。
鎌をいなす。
右で――
「いくぞ」
薙。
鈍い手応え。
さらに一歩、踏み込む。
薙。
大剣が、鎌を弾く。
一歩、踏み込む。
身体を捻り――
左剣。
首が、宙を舞った。
「……」
だが、魔物は止まらない。
頭を失った胴体が、なおも前脚を振るう。
「反射か……」
十合ほど。
動きが、急に鈍くなる。
最後は、糸が切れたように崩れ落ちた。
静寂。
***
「……助かった……」
男が、へたり込んだ。
「マンティス・グラウを……一人で、
信じられん」
「礼を言う」
俺は剣を下ろし、言った。
「いい剣だな」
男は顔を上げる。
「これ、売ってくれないか?」
「……は?」
男は苦笑した。
「わしはこの村の村長、ドルガだ。
おぬしは?」
「ガルドだ。王国で冒険者やってる」
「そうか……」
ドルガは頷き、
「今はっきりしたわい」
「わしにはもう振れん」
「剣はくれてやる」
「ただし、一つだけ頼みがある」
「なんだ?」
ドルガの表情が、曇る。
「実はな……
ゴブリン共に、村娘を三人連れて行かれた」
「男共で助けに行ったが……
誰一人、戻ってきておらん」
俺は、少し考えた。
「……ちょうどいい」
ドルガが目を見開く。
「俺も、この辺りのゴブリンに用がある」
「場所は?」
「この先じゃ。
山脈沿いに一日ほど進むと、森がある」
「その中のどこかに……」
「十分だ」
俺は踵を返した。
「行ってくる」
「剣、ありがとな」
「形見は……大事にする」
「縁起でもない!」
「細かいことは気にするな」
ドルガは、深く頭を下げた。
「どうか……よろしく頼む」
***
森へ向かう道すがら、俺は剣を握り直す。
左手の剣。
村長の剣。
「……使えるな」
ゼットの大剣と、並べてみる。
悪くない。
むしろ――
「次は、数だな」
ゴブリンは群れる。
話によれば、主はいない。
時間はかかる。
だが、問題はない。
俺は、森へ足を踏み入れた。
ここから先は――
寄り道じゃない。
セラが“普通に生きる”ための金だ。
──あいつが、あいつのままで生きるために。
俺は、借りを残したまま生きたくない。
助けられた。だから返す。




