表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祈るほど魔物が強くなる世界で、祈る少女の代償を背負いすぎて最強になった剣士  作者: TERU


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/23

第1話 山は、越えられない

第1話 山は、越えられない


「ガルド」


「どうした」


「刻印、増えた」


セラが、手首を押さえる。


「……二つに」


「そうか」


「多分、一つはガルドの」

「祈りの代償は……祈った相手に行くのかもしれない」


「俺が生きてる理由は、それで十分だ」


「でも――」


「強くなる」


即答した。


「世界が来るなら、切って進む」


セラを見た。


「好きなだけ祈れ。

 その分だけ俺が、殺してやる」


***


この集落は、閉じている。


背後は断崖だ。

下を覗けば、足がすくむ。

落ちれば、二度と戻れない。


前にあるのは、山。

ただ一つ、外へ続く道。


だが――

その山には、主がいる。


だから誰も越えない。


越えられないのではない。

越えようとして、生きて戻った者がいないだけだ。


集落は、山の尾根にへばりつくように存在している。

左右に逃げ道はない。

逃げ場を捨てた場所だ。


昔は、山の向こうの話をする者もいたらしい。

だが今は、誰も口にしない。


夜になると、地鳴りが聞こえる。

遠吠えのような音。


それを聞いた子供は、必ず泣く。

大人たちは、何も言わない。

言えない。


***


俺は、この集落で生まれた。


だが、ほとんどここにはいなかった。


物心ついた頃には、両親はいなかった。

理由は知らない。

聞いたこともない。


拾ったのが、ゼットだった。


山で暮らす男。

集落に降りるのは、年に数回。

獣の肉や毛皮を分けに来るだけの人間。


俺は、ゼットと山で暮らした。


火の起こし方。

罠の張り方。

獣の倒し方。

生き残り方。


「世界はきっと広い。いつか見てみたいな」


ゼットの口癖だ。


ゼットは俺に、

「強くなれ」とは言わなかった。


「死ぬな」とだけ言った。


それで十分だった。


***


いつも通り、ゼットと狩りをしていた。


獲物の足跡が、

いつもより深く、いつもより多かった。


森が、妙に静かだった。


「……戻るか?」


俺が言った時、ゼットは首を振った。


「いい。今日は近い」


そう言って、弓を構えた。


その瞬間だった。


地面が、揺れた。


最初は風かと思った。

次に地鳴りだと気づいた。


木々が軋み、獣たちが一斉に逃げる。


そして――

森が、割れた。


出てきたのは、山の主だった。


巨大な影。

岩のような皮膚。

頭だけで、俺の背丈の倍はある。


息を吸った瞬間、空気が重くなる。


「あ……」


声が、喉で止まった。


ゼットが、俺の前に出た。


「ガルド」


低い声だった。


「走れ」


「でも――!」


「いいから走れ!」


次の瞬間、ゼットが矢を放った。


主の眼を狙った一射。


当たった。


だが――

止まらない。


主の腕が振り下ろされる。


地面が爆ぜ、木が折れた。


ゼットが、吹き飛ばされた。


「師匠!!」


叫んだ瞬間、ゼットが振り返り、怒鳴った。


「行け!!」


その声に、身体が反応した。


考える前に、足が動いた。


背中で、何かが砕ける音がした。


振り返らない。

振り返ったら、終わる。


必死に走る。


だが途中で、ゼットの声が聞こえた。


「これを……持て!!」


飛んできたのは、大剣だった。


ゼットの――形見。


俺は反射的に掴み、

そのまま転がるように斜面を下った。


それが、最後だった。


あの日、俺は十四歳だった。


***


それから五年。


俺は、山から降りなかった。


最初の一年は、逃げていた。


主の気配を感じるたび、

木に登り、岩陰に潜り、息を殺す。


夜は眠れない。


目を閉じると、

ゼットが吹き飛ばされる光景が蘇る。


剣を振る理由は、復讐じゃない。

恐怖を消すためだ。


一日百回。

二百回。


振れなければ、意味がない。


最初は、大剣を振るだけで腕が裂けた。

骨が軋み、肩が外れた。


ゼットは両手だった。

それでも重かった。


だが、俺はやめなかった。


一年で、両手で安定した。

三年で、片手で扱えるようになった。

四年目、主の縄張りの外縁を歩けるようになった。

五年目、遠吠えを聞いても、逃げなくなった。


身体は、別物になっていた。


骨は太く、筋は張り、呼吸は深い。


人の域かどうかは知らない。

だが、もう子供ではない。


そして、決めた。


――殺す。

山の主を。


***


久しぶりに、集落へ降りた。


人の視線が集まる。


見知らぬ顔。

見覚えのない子供。


俺を知っている者は、ほとんどいない。


鍛冶屋で、剣を研ぐ。


「……誰だ?」


親父が聞いた。


「ゼットの弟子だ」


それだけで、手が止まった。


何も言わず、刃を仕上げてくれた。


弓矢の修理も済ませる。


準備は整った。


あとは、山へ戻るだけだ。


その途中、足が止まった。


倉庫の影。


少女が、いた。


噂には聞いていた。


祈る少女。


神のいない世界で、空に願う異端。


小さな集落だ。

迫害は、静かに行われる。


少女は、膝をつき、両手を組んでいた。


「……山、行くの?」


「行く」


「主を、殺しに?」


「殺す」


嘘は言わない。


少女は、少しだけ笑った。


「じゃあ……私も行く」


「死ぬぞ」


「ここにいても、同じ」


迷いのない声だった。


「名前は」


「セラ」


短い名前。


俺は、門を出る。


セラは、少し遅れてついてくる。


振り返らない。


五年前、逃げた山だ。


今度は、逃げない。


この山を越えられなかったのは、主がいたからだ。


なら――

殺せばいい。


ゼットの大剣を、片手で握りしめる。


「遅れるな」


「うん」


それだけでいい。


ゼットは言っていた。


「山は、世界の端じゃない」


今なら、分かる。


端だと思い込んでいるのは、

越えられなかった人間だけだ。


この山を越えた先に、

何があるかは知らない。


だが――

何もないわけがない。


――祈りは、未来を変える。

だがそのたび、世界は“強い魔物”を産み直す。


そして俺はまだ知らない。


この少女が祈るたび、

俺の前に現れる敵が、

“人の手に負えない存在”へ変わっていくことを。


俺は、歩き出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ