クモをつつくような話 2026 その1
業務連絡。2026年からは「卵囊」を「卵のう」と表記します。作者は一太郎というワープロソフトを使っているので問題ないのだが、ワードでは「囊」の字を使えないのらしいのである。まったく、南蛮人が作ったソフトなど使い物にならん……のだが、そんなものを使っている非国民も多いようなのだ。
1月1日。晴れ。最低0度c。最高10度C。
あけましておめでとうございます。
普段から意識している人は少ないと思うが、本日、我々の太陽系を含む天の川銀河もまた新年を迎えたのである。これを天文学の世界では「銀河新年」と――。〔嘘つくな!〕
午前5時。
『日経サイエンス』202602号に暗黒物質の輝きを捉えたという記事が掲載されていた。
ウィキペディアによると、暗黒物質とは「天文学的現象を説明するために考え出された仮説上の物質」で「暗黒物質の「間接的な発見」は1970年代にヴェラ・ルービンによる銀河の回転速度の観測から指摘された。水素原子の出す21センチ輝線で銀河外縁を観測したところ、ドップラー効果により星間ガスの回転速度を見積もることができた。彼女はこの結果と遠心力・重力の釣り合いの式を用いて質量を計算できる、と考えた。すると光学的に観測できる物質の約10倍もの物質が存在するという結果が出た。この銀河の輝度分布と力学的質量分布の不一致は銀河の回転曲線問題と呼ばれている。この問題を通じて存在が明らかになった、光を出さずに質量のみを持つ未知の物質が暗黒物質と名付けられることになった」のだそうだ。
要するに「何か見えない物質がそこに存在していないと銀河はその形を保っていられないはずだ」というわけである。
「東京大学の戸谷友則による研究成果。戸谷はフェルミガンマ線宇宙望遠鏡の15年間に及ぶ観測データを解析、天の川銀河を包み込む直径約5万光年に及ぶ領域において、WIMPどうしの反応で生じた可能性があるガンマ線放射を発見した」ということらしい。なお、ウィキペディアによると、WIMPとは「弱く相互作用する大質量粒子」の略だそうだ。
天文学のことはよくわからないのだが、観測されたガンマ線のデータから、すでにわかっているガンマ線源からのものを取り除いていけば、最後に残ったものがWIMP同士の対消滅によるガンマ線だろうといういうことだと思う。これは説得力がある。『紫外線を反射するクモの網の飾りは昆虫を誘引する』論文なんかとは月とすっぽんぽんだな。〔……月とすっぽん……〕
それはともかく、作者がこの記事で一番感動したのは「フェルミ望遠鏡は2008年打ち上げの古い宇宙望遠鏡なので、若手研究者は新しい観測データが得られるプロジェクトの方に関心が向きがちだが、天の川銀河のハローに限って言えば、一度も本格的な解析がされたことがない膨大な観測データが眠っていた」という部分だ。誰も踏み込もうとしない荒野を行けば宝の山にたどり着くこともあるのだな。めでたしめでたし。
午前11時。
民家の庭にいるジョロウグモの16ミリちゃんと18ミリちゃんはホームポジションでお尻を斜め上に向けていた。明日は雪の予報が出ているから、当面の問題はそれを乗り越えられるかどうかだなあ。
1月2日。雪のち曇り。最低0度C。最高5度C。
午前11時。
玄関ドアの下に黒褐色のクモがいた。体長は多分7ミリから10ミリほど。折りたたんだ脚が頭胸部を覆うほど長いから、おそらく徘徊性のクモだろう。とりあえず新海栄一著『日本のクモ』(2006年発行)を開いてみたのだが、それらしいクモを見つけられなかった。幼体という可能性もあるかもしれない。
今の気温は6度Cらしいのだが、これほどの寒さの中でも歩行できる節足動物はいるのだなあ。飛行は10度C以上で晴れていないと無理だと思うが。
午後5時。
山極寿一著『ゴリラの森で考える』を大ざっぱに読み終えた。
前半はともかく、後半には同じような話が繰り返し出てくるので、おかしいなと思いながら飛ばし読みしていたら、最後に「初出一覧」があった。つまりこの本は、あちこちで使用済みの原稿を何も考えずにかき集めたものだったのだ。それならそうと「はじめに」に書いておいてくれればいいのに。
「謀ったな、山極ぁ!」〔こらこら〕
とはいえ、せっかく買った本だから、せいぜいネタにさせてもらうことにしよう。
この本の「はじめに」には「そもそも人間は進化史の初めから「弱みを強みに変える戦略」によって新しい環境に適応してきた。それは共感力の増加によって強化した社会力である。そのきっかけは人間特有の直立二足歩行を駆使して、類人猿の生息地である熱帯雨林を出て草原へと進出したことにある。直立二足歩行は四足歩行に比べ欠点だらけだったが、長い距離を歩いて、自由になった手で食物を運び、安全な場所で待っている仲間に分配して食べる「食事」という文化を生み出した」と書かれている。
しかし、昼間は草原で食事を取り、夜間は崖の上などで休むというゲラダヒヒやマントヒヒは四足歩行だ。つまり、草原に進出するにしても直立二足歩行をする必要はないのである。さらに2016年には、かの有名なアファール猿人のルーシーが木などの高い所から落ちて死亡したのではないかという説も発表されているそうだ。おそらくこれが「アファール猿人も木から落ちる」ということわざの由来だろう。〔そんなことわざはない!〕
安全な樹上へ素早く逃げることまで含めて、森で生活するのには四足歩行の方が優れていると作者は思う。ではなぜ、ヒトの祖先は直立二足歩行を始めてしまったのかというと、これはもちろん、股関節が直立型になってしまったからだろう。これなら直立二足歩行の方が楽になるし、逆に樹上生活は難しくなるはずだ。
しかし、それほど大きなハンディキャップを背負っていても生き残ってしまう確率は決してゼロにはならない。直立型の雌雄が揃えば子孫を残すことも不可能ではないだろう。
ところで、草原にある「安全な場所」というのはいったいどこなんだ……と思ったのだが、読み返してみたらちゃんと書いてあった。2行だけだが。
「地上性の大型肉食動物や猛禽類が狙うサバンナでは、登って逃げ込む樹木も少なく、安全な場所は限られている。岩穴や木の洞に身重の女性や子どもたちを隠して、屈強な者たちが食物を探しに出かけたに違いない」だそうだ。
うーん……サバンナに岩穴ができるような岩山があるのかどうかはともかく、バオバブはサバンナ地帯に多く分布するのらしい。直径10メートルになるという幹には洞ができやすいらしいし。
そして、こういう行動や文化は化石にならないはずなのに、なぜ「~してきた」だの「~である」だのという断定形の語尾を使えるんだろうと思っていたのだが、その先には「さらに、直立二足歩行は咽頭を下げて多様な声の発声を促し、踊ることが可能な身体を作り出した。これが他者と音楽的に共振・共鳴できる音楽的なコミュニケーションを発達させたと私は考えている」と書かれていた。つまり、ここに書かれていることはすべて、山極氏による根拠の薄弱な妄想でしかないというわけだ。まあ、論文屋さんにとっては嘘も方便で、論文であれ解説書であれ、銭儲けさえできればいい「後は野となれ山となれ」ということなんだろう。
そして第一章「ゴリラのこころ」。
「……人間の社会は複数の家族がいくつも集まってできている。ゴリラのようにそれぞれの家族集団で男女が平等な繁殖生活を営むことによって、繁殖上対等な関係を維持している」。
残念ながら一夫多妻制というものがあるし、妻を財産の一部とする考え方もありそうな気がする。日本にも「お妾さん」という言葉があるしな。
生物の目的は自分の子(自分の遺伝子)をより確実に、より多く残すことだ。繁殖上対等な関係など必要ないのである。だからこそ人間は浮気をするのだよ、山極君。
まあ、それくらいは許してもいいのだが、その先の「チンパンジーのように、集団内で優位なオスが交尾を独占するというようなことは起きない」は完全無欠の大間違いだ! チンパンジーの群れは複数の雌と複数の雄で構成されていて、雌雄ともに複数の異性と交尾をするのである。これは、子どもの父親が誰かが明らかになると、父親以外の雄はその子を殺そうとするからだろう。他の雄の子は交尾の障害物でしかないのだ。山極氏はヒトだけではなく、チンパンジーについてもズブズブのど素人なのだな。
その先には「哺乳類の中で人間はちょっと変わった性質を持っている。ゾウもカバもシマウマも地上性で2次元の視野で暮らしているのに、人間は3次元の世界に生きているからだ。それは人間がサルや類人猿の仲間で、元は樹上生活から出発したことによる」という話が出てくる。
中略。
「だから、人間にはサルの祖先の時代に発達させた樹上生活への適応能力が未だに残っている。両目が顔の前面についていて立体視が可能なのは、樹上で上下左右から襲ってくる敵を察知し、樹上でおいしい食物のありかを確かめるためだ」
……なんというか、山極氏は基本的な動物学の知識も持っていないのらしい。周囲を警戒する、つまり、視野を広くするのに有効な眼の位置はウシやウマのような頭蓋骨の側面だ! だいたい地上で暮らしている捕食者が樹上までやって来ても、サルのように自由に動きまわれないだろう。ハエトリグモの前中眼やネコの眼が前方を向いているのは獲物の方向とその距離をより正確に把握するためのものだとするなら、サルの眼が前方を向いているのは木から落ちないように枝までの距離をより正確に把握するためだと作者は思う。
その先の「色彩視の能力も緑の葉の中から赤色や黄色に熟した果実を見つけるのに適している」も、捕食者に対する警戒を最優先にしなくてもいいという条件がなければ発達しなかったんじゃないだろうか。そもそも果実や葉などは逃げないのだから、だいたいの位置さえわかればいいのである。
山極氏が観察したのはニホンザルとゴリラだけである。したがって、ニホンザルとゴリラについて述べている部分以外はすべて嘘だと思っていた方がいいだろう。論文屋さんにとっては嘘をつくのも仕事のうちだから気をつけないといけないのである。
その先は飛ばし読みしてしまったので、ほとんど印象に残っていない。人間のことなどどうでもいいしな。
1月3日。晴れ時々曇り。最低-2度C。最高9度C。
午前7時。
草地には雪が残っていて、水たまりの表面には氷が張っていた。
民家の庭にいるジョロウグモの16ミリちゃんは、お尻を背面側へお辞儀をするように傾けていた。ここまで気温が下がると、お尻の重さを支えられなくなるのらしい。
午前9時。
寒いので外へ出る気になれない。〔それでも男ですか、軟弱者!〕
男でも女でも寒いものは寒いのだし、特に年寄りの場合は、ケガしたり病気になったりすると、回復する前に寝たきりになってしまうこともあり得るから無理をするべきではないのだ。
そういうわけで暇なので、「ブラックホールの情報パラドックス」で検索してみたら『note』というサイトに面白い話が掲載されていた。
1974年。スティーブン・ホーキングによってブラックホールは完全な黒体ではなく、事象の地平面のすぐ外側で起こるホーキング放射によって質量を徐々に失い、最終的には消滅することが示された。この場合、ブラックホールに吞み込まれた物質の情報は失われてしまうわけだが、これは量子力学では許されないことであるのらしい。「ホーキング放射」以前の解釈では、情報は事象の地平面の内側に「隠されている」だけで消失することはないとされていたのだから大変だ。このパラドックスをなんとかして解決しなければならない。
『note』によると、アイランド公式という何だかよくわからない方法だとか、ワームホールを通してどこかのホワイトホールへ情報を逃がすとか、情報は事象の地平面に残っているというソフトヘア理論とかが紹介されている。どれも嘘くさいのだが。
その後に出てくる「最新の2024年の研究」では「ブラックホールは情報を「消去」しているのではなく、物質が持っていた秩序だった情報(低エントロピー)を、可能な限り効率的に熱放射(高エントロピー)へと変換して環境に吐き出している」という解釈が紹介されている。つまり「情報は保存されているとしても、それは人間に理解可能な形で出てくるわけではない」中略。「これは事実上、解読不可能な暗号に等しいが、物理的には「消失」とは区別される」ということらしい。なかなかスマートな解決法である。
昔の話だが、作者も同じようなことを考えたことがある。「もしも磁場が重力の影響を受けないのなら――光のように重力によって曲げられるという性質を持っていないとしたら――事象の地平面の内側どころか、特異点の内部からでも磁場のパターンという形で漏れ出すことができるのではないか」と。
電子はもちろん、陽子や中性子を構成するアップクォークやダウンクォークも固有の電荷を持っている。したがって固有の磁場も持っている……ような気がする。つまり、磁場Aを持つブラックホールに磁場Bを持つ物体が落下した場合、ブラックホールの磁場は(A+B)に変化するはずだ。この変化は事象の地平面の外から観測できるのではないか、というわけだ。
この仮説が成り立つとすると、ブラックホール内の情報どころか、宇宙の果てまでのすべての情報が磁場のゆらぎという形で地球に届いていることになる。これはとても便利……ではあるのだが、この場合も情報は「事実上解読不可能な暗号」になってしまうだろう。「過ぎたるはなお及ばざるが如し」であるなあ。
※電磁気力は重力よりも強いのらしい。しかし、「強い」は「まったく影響を受けない」ではない。ごくわずかでも影響を受けるとすると、磁場は密度や重力が無限大になる特異点から脱出できないことになるのだが、この辺りはまだ確認できていない。
1月4日。晴れ。最低-2度C。最高11度C。
午後1時。
森の中にいたジョロウグモの20ミリちゃんがいなくなっていた。この子は小さいものの、縦糸と横糸がある網をい張っていたので、産卵なのか力尽きたのかわからない。
その近くにいる18ミリちゃんは動いた様子がまったくない。
1月5日。晴れ。最低-2度C。最高12度C。
午前10時。
民家の庭にいる16ミリちゃんは水平姿勢を取っていた。この子がいる場所は庭木のせいで日陰になっている時間が長いから、日光浴も思うようにできないのらしい。この季節に引っ越しをするのもリスクが大きいだろうしなあ……。
「日陰に網を張ったうぬが不覚よ」〔今時の子は知らないぞ、白土三平なんか〕
午後4時。
今日は光源氏ポイントから十字路ポイントまでの200メートルくらいの範囲に捨てられていたゴミを拾い集めた。35センチ×37センチのレジ袋2個分。一応、ここは作者の縄張りだと認識しているので、ゴミだらけにしておくわけにはいかないのである。
茨城県には免許証を持ったサルが多くて困る。かといって、害獣駆除をすると動物愛護団体とかに騒がれそうだしなあ。〔…………〕
1月6日。晴れ時々曇り。最低-2度C。最高-2度C。
午前9時。
レジ袋改造ハンドルカバーがしわしわになって破れやすくなってきたので交換した。だいたい1000キロで寿命という感じだ。もちろん、ロードバイクを草の切り株の上に倒したりすると一発で破れてしまうのだが。
午後3時。
民家の庭にいるジョロウグモの16ミリちゃんはほぼ水平の姿勢のままだった。うーん……獲物を捕食する気はないのかもしれない。
1月7日。晴れ時々雨か雪。最低-1度C。最高7度C。
午前9時。
路面は湿っているが、雪は残っていない。この程度であれば明日は走れるだろう。
1月8日。晴れ。最低-3度C。最高11度C。
午前10時。
民家の庭にいるジョロウグモの18ミリちゃんはお尻を水平よりやや上に向けていた。脚も動かしているから元気なんだろう。
16ミリちゃんは水平姿勢のままだった。脚をツンツンしてみたいんだが……。
午前11時。
水道管の緊急修理だとかで、いつものルートが渋滞していた。当分の間は迂回するようかもしれない。
森の中にいたジョロウグモの18ミリBちゃんがいなくなっていた。脚が一本だけ残されていたから力尽きたんだろう。合掌。
スイセンとサザンカが咲いていた。サザンカはメジロが蜜を吸いに来たりするから花粉を運んでもらうこともできるだろうが、スイセンはなぜ、こんな寒い時期に花を咲かせるんだろう?
1月9日。晴れ時々曇り。最低-4度C。最高8度C。
午前10時。
民家の庭にいたジョロウグモの18ミリちゃんと16ミリちゃんがいなくなっていた。
18ミリちゃんは昨日、脚を動かしていたから産卵のために網を離れたのかもしれない。
16ミリちゃんはおそらく力尽きたんだろう。
というわけで、観察する必要がありそうなクモは全員いなくなってしまった。もしかすると、『クモをつつくような話』は4月スタートで3月末にゴールという形の方がいいのかもしれない。
午後1時。
久しぶりにローラー台で70秒ダッシュを2回やったら、血圧が206と98になってしまった。血圧などこの程度のものなのだな。
午後7時。
かかりつけ医の診察を受けてきた。収縮期血圧は115。作者のような年寄りの場合、風呂に入ったら脳貧血になりそうな低血圧だが、専門知識を持っていないど素人の内科医には褒められてしまった。
作者は基本的に降圧剤を服用しない。そのため、気温が低い時期の収縮期血圧は140から160くらいまで上がるのだが、前日の夜と診察日の昼頃に降圧剤を服用し、70秒ダッシュで負荷をかけ、さらに使い捨てカイロで体温を維持すればこの程度まで下げられるのである。
1月10日。曇りのち晴れ。最低0度C。最高14度C。
午前10時。
降圧剤のせいで起き上がる気になれない。今日はサイクリングしないことにする。〔「今日も」だろ〕
…………。
午後2時40分頃。
停電した。とはいえ、大きな問題はない。光回線が切れた程度だ。「停電したんでえ。べらぼうめぃ」である。〔…………〕
午後9時。
『ニュートン』の20262号に「オプジーボが効かない大腸がん、原因解明 朝日新聞 2025年12月3日付」という記事が掲載されていた。
「京都大学の研究チームは、オプジーボのような免疫チェックポイント阻害剤が効きにくい大腸がんを効果的に治療する方法を見つけた。免疫細胞ががん細胞に働くのを妨げるたんぱく質があることをマウスの実験で突き止めた。このたんぱく質の働きを抑える薬の開発を目指し、手術ができないほど進行した大腸がんの治療に役立てる」のだそうだ。
この部分だけを読むと大変喜ばしい話である。素晴らしい。しかし、だ。このタンパク質はなぜ、がん細胞の味方をするんだろう? もしかして、このタンパク質の本来の役目は別にあって、がん細胞を守ってしまうのは薬やワクチンの副反応(副作用)のようなものなんじゃないだろうか? その場合、「がんは小さくなりましたが、患者は死亡しました」なんてことになる可能性もあるはずだ。まあ、論文屋さんは論文を発表するまでが仕事なんだろうが。
なお、作者は自分の体力が低下し続けているのを自覚しているから、がんになったら素直に死のうと思っている(今のところは、だが)。生き物は死ぬ物だ。生き過ぎるくらい生きてしまった年寄りはいつ死んでもいいのである。
1月11日。晴れ時々曇り。最低9度C。最高11度C。
午後6時。
野村泰紀著『95%の宇宙』(2025年発行)を読み終えた。
作者は数学が苦手なので量子力学など理解しきれるものではないのだが、少なくとも「ブラックホールの情報喪失問題」に関する「ホログラフィー原理(ウィキペディアでは「ホログラフィック原理」とされている)」がどういうものなのかについては、いくらか理解が深まったような気がする(「理解できた」とは言えないが)。
ホログラフィー原理というのは「ブラックホールのエントロピーは、事象の地平面の「表面積」に比例する」というものらしいのだが、これがなぜ「体積に比例」ではないのかというと、「……ある空間次元で定義された重力を含む理論は、1つ少ない次元に対応する情報しか持たないのです」ということになるのらしい。重力が一つの次元のように作用するということなのかなと思うのだが、こういう話になると、もう作者はついていけない。
ただし、「20世紀前半の量子力学や、それを特殊相対性理論と融合した「場の量子論」などによって、粒子間に働く力は「力を媒介する粒子」をやり取りすることによって生じることが明らかになりました」の後の「電磁気力を媒介する粒子は、以前も出てきた光子です」は明らかな嘘だ。理論物理学の論文屋さんはそういう考え方でもやっていけるのだろうが、専門知識を持っていない一般人向けの解説書にこういう嘘を書いてはいけないと作者は思う。
磁石の上に下敷きを置いて、その上から砂鉄を撒くという実験で考えてみよう。この場合、砂鉄の粒は数本のカーブした縞状に並ぶだろう。いわゆる「磁力線」と言われているものだ。
さてさて、この実験でまったく光を通さない下敷きを使ったとしても、その上に磁力線は現れるだろう。しかし、「電磁気力を媒介する粒子は光子である」と仮定すると、その光子は不透明な下敷きを透過して電磁気力を媒介していることになる。ということは、観察者は不透明な下敷きを通して、その下にある光子源(磁石)を観察できることになるはずだ。これはおかしいだろう。
もっと話を大きくしよう。地球には磁場がある。その磁場の大部分は地球の中心にある核で生まれているのらしい。ということは、我々が下を向けば核が放出した光子を観測できることになる。しかし、少なくとも作者には核は見えないのだ。これはいわゆるパラドックスというものになるだろう。
このパラドックスは「電磁気を媒介する粒子は光子ではない」とすれば解決できる。では、電磁気力を媒介するのは何かというと、ウィキペディアの「電磁相互作用」のページでは、ちゃんと「仮想光子」としている。つまり、光子のような性質を持ちながら、下敷きからマントルや地殻までも通り抜けられる上に、事実上観測できない粒子が電磁気力を媒介しているという考え方をしているのらしい。
論文屋さんにとっては嘘をつくのも仕事のうちなんだろうし、磁石の上に置いた下敷きに砂鉄を撒くような実験などしないんだろう。それなら「電磁気力を媒介するのは光子である」としておいても問題はないのだろうが、いちいち嘘を見破りながら本を読み進める読者はたまったものではない。まあ、嘘つきの論文屋さんが書き散らかした解説書なんか読まなければいいという話ではあるのだが……。
1月12日。晴れ。最低-2度C。最高9度C。
寒い。外へ出たくない。
1月13日。晴れ。最低-2度C。最高15度C。
午後1時。
舗装路脇にタヌキの死骸があった。合掌。
冬になると交通事故に遭うタヌキが増えるのはなぜなんだろう?
陽当たりのいい場所ではアリが歩きまわっていたし、テントウムシも飛んでいた。それくらい暖かかったのだな。
ガードレールに取り付けられたナガコガネグモの卵のうを見つけた。直径15ミリ、高さ20ミリくらい。人工物に取り付けてもらえると見つけやすい。
なお、光源氏ポイント近くのガードレールにはオオヒメグモもゴミグモもいない。去年クモたちが現れたのは一時的な流行だったのかもしれない。最初の1匹がそこに居着くと、その子が残したしおり糸を辿って次々にクモがやって来るということもあるのだろう。
午後5時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんと右奥ちゃんが住居から出ていた。しかも腹面を見せている。これも小春日和のせいかもしれない。
午後7時。
腹筋と背筋と親指の付け根が痛い。サボり過ぎたんだなあ。
1月14日。晴れ。最低1度C。最高11度C。
午前10時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんと右奥ちゃんは昨日の位置から動いていなかった。住居へ戻る前に室温が下がってしまったのかもしれない。
午前11時。
右前隅ちゃんだけは住居へ戻っていた。
さらに30分後には右奥ちゃんも戻った。右奥ちゃんの方が玄関のドアに近い分、体温が上がりにくかったんだろう。
午後3時。
広葉樹の葉が巻きつけられたジョロウグモの卵のうを見つけた。この木には幹に取り付けられている卵のうも2個ある。
濃いピンク色で八重咲きのウメが咲き始めていた。春が来るんだなあ。
午後4時。
今日も右前隅ちゃんが三つ指ついてお出迎えしてくれた。獲物をあげてみるべきかもしれない。
1月15日。晴れ。最低-3度C。最高12度C。
午前7時。
夜中に左腿が2回けいれんしたので、今日は休み。
1月16日。晴れ。最低1度C。最高16度C。
午前11時。
スーパーの壁に体長12ミリほどの黒っぽいクモがいた。お尻の模様は1月2日に玄関のドアの下にいた子と同じだ。1月2日の最高気温は5度Cだったらしいから、かなりの低温にも耐えられる……というか、気温が低くても活動できる獲物を狙っているクモなんだろう。実際、飛行は無理でも歩行できる節足動物ならいそうだし。
ああっと、獲物の動きが鈍い時期なら、安心して獲物を捕食し放題になるかもしれない。植物で言えばホトケノザやナズナなどと同じ戦略だ。ハードルは高いが、成功すればメリットは大きいだろう。
1月17日。晴れ。最低1度C。最高17度C。
午後1時。
ウインドブレーカーがいらないほど暖かい。長袖下着に裏起毛タイプの長袖ジャージで走ってしまった。
体長ミリほどの羽虫がサングラスの内側に飛び込んできた。
午後4時。
今日も玄関の右前隅ちゃんが住居から出ていた。何か獲物をあげてみたいのだが、光源氏ポイントではダンゴムシもワラジムシも見つけられなかった。ある程度の湿り気がある枯れ葉の下のような場所で越冬していると思うんだが……。
1月18日。晴れ。最低0度C。最高12度C。
午前11時。
サイクリング中にクモの神様のささやきを聞いたらしい。ロードバイクを停めて道路標識を見上げたら、オニグモの卵のうが風に揺れていた。もちろん、出のう済みの卵のうだ。以前、物差しで剥がした卵のうは形が崩れてしまったのだが、自然に剥がれたものはきれいな形をしている。
これ幸いと枯れ草を使って外した卵のうをポリ袋に入れたのだが、そこで分離ブロックの上に別の卵のうが落ちているのに気が付いた。なんという幸運であろうか。
クモの神様、ありがとうございます。今年もできるだけ多くのクモに生け贄を捧げましょう。〔昆虫の神様の罰が当たるぞ〕
枯れ草の上をテントウムシが歩いていた。
午後1時。
木造ガレージの近くの枯れ葉の下にゴキブリ体型の昆虫が数匹いた。体長6ミリほどの1匹を捕まえたので、マダラヒメグモの右前隅ちゃん用に持ち帰ることにする。昆虫の神様など怖くはないぞ。〔…………〕
午後4時。
ちょっと疲れているので早めに帰宅。
右前隅ちゃんは住居から出ていたのだが、ドアを開けた時に風が吹き込んだので住居へ戻ってしまった。やれやれ……。
午後8時。
右前隅ちゃんが住居から出ていたので、体長6ミリほどの昆虫を不規則網に落とし込んでみた。右前隅ちゃんは獲物に気付いたのだが、コンクリート面まで落ちてしまった獲物を見失ってしまったらしかった(正確には獲物の位置がわからなくなった、だな)。うまくはいかないものだ。吊り上げ用の粘球糸も張っていないだろうしな。
1月19日。曇り時々晴れ。最低1度C。最高11度C。
午前3時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんが昆虫を食べていた。おそらく、隠れられる場所へ移動しようとして不規則網の糸に触れてしまったんだろう。獲物の位置さえわかれば、駆け降りて、その背中に粘球糸を取り付けることができるはずだ。
「体長6ミリほどの甲虫も歩かずば捕食されまいに」であるなあ。〔長い!〕
午前10時。
右前隅ちゃんは住居へ戻っていたのだが、昆虫は不規則網に固定されたままになっている。室温が低いので食べきれなかったのか、捨てることによる体力の消耗を嫌ったかだろうと思う。
午後2時。
右前隅ちゃんが昆虫を食べていた。休憩を挟みながら食べているようだ。
午後4時。
右前隅ちゃんの不規則網の上辺りに体長3ミリほどの脚が長いクモがいた。徘徊性のクモのように脚が長いのだが、不規則網を張っているようにも見える。何だかわからん。
冬の間は室内でクモ観察をするというのもいいかもしれないなあ。
1月20日。晴れ。最低2度C。最高8度C。
午前10時。
寒い。今日はローラー台に乗る。
1月21日。晴れ。最低-4度C。最高7度C。
午前8時。
マダラヒメグモのガス漏れ警報器ちゃんの姿が見えない。卵のうも14個以上あるようだし、力尽きたのかもしれない。
1月22日。晴れ時々曇り。最低-3度C。最高6度C。
1月23日。晴れ。最低-6度C。最高8度C。
1月24日。晴れ最低-5度C。最高10度C。
1月25日。晴れ時々曇り。最低-3度C。最高7度C。
午前11時。
今日も寒いので外出する気になれない。そこで、最近読んだ夢枕獏著『陰陽師 氷隠梅の巻』という短編集の話をしよう。
陰陽師シリーズの主人公は陰陽師の安倍晴明なのだが、この短編集では法師陰陽師(ほっしおんみょうじ)の蘆屋道満(あしやどうまん)と笛の名手である源博雅(みなもとのひろまさ)が活躍する話の方が多い。
なお、安倍晴明を現代における国家公務員とするなら、法師陰陽師というのは民間業者としての陰陽師というような位置付けらしい。
さてさて、この本に収められている『碧瑤杯』には蘆屋道満が出てくるのだが、その描写が凄まじい。
「ぼうぼう伸びた蓬髪」
「黄色く光る眸」
「皺だらけの顔」
「にんまり嗤っているその口に、牙に似た歯が覗いている」
「黒いぼろぼろの水干を身にまとっていた」である。
現代で言うならホームレスファッションというところだな。
それでいて、天一神を初めとする人にあらざる者たちの会合に乱入して取引を持ちかけるのである。提供する物は異国の神である阿羅詞の子が磔刑にあった時に流れ出た血を受けた盃だという碧瑤杯で、その代わりに要求したのが天一神が持参した李白の真筆である。こちらは長安の沈香亭で玄宗皇帝が李白に書かせた詩だ。
なぜそんなものが欲しいのかと問われた道満が答える。
「酒仙、李白どのの真筆じゃ。これを前に酒を飲めば、味もまたひとしおであろう」
なんとまあ、金も地位も名誉もいらない。酒を楽しく飲めればそれでいいという生き方である。しかし、作者もロードバイクに乗れればそれでいいという年金生活者なので道満の生き方も理解できなくはない。
問題は源博雅の方だ。
道満と博雅が出てくる『色は匂へど』という短編は、屋敷を建てて女を住まわせていた男が、女が死んで1年もしないうちに別の女をその屋敷に住まわせたので、その新しい女を憑り殺して鬼になった女が桜の花になって咲いているという話だ。
その鬼が道満を通して博雅に笛を吹いてくれと言うのである。
それを聞いた博雅は桜に向かって心なしか弾んだ声でと答えるのである。
「お安いご用ですよ」
「もちろんです。もとより、笛は自分のために吹くものなのですが、どなたかのために吹く時は、それに勝る喜びがござります。喜んで、あなたさまのためにつかまつりましょう」
「ありがとうござります」」
人を殺して鬼になった女に「笛を吹いてくれ」と言われてこれである。
それを聞いた鬼が道満を通して「どうして礼を言うのか」と尋ねると、博雅は以下のように答えるのだ。
「あなたさまの物語を、今耳にして、わたしはどうしていいかわかりませんでした。なにをしてさしあげたらよいのか。わたしは、あなたさまのお哀しみを、どうすればよいのかわからないのです。わたしは、無力な人間です。あなたさまをおなぐさめする、どのような力も持ってはおりません。いったいどうしたらよいのか。その思いに,言葉を失っていると、あなたさまが笛を吹けと。このわたしにも、あなたさまのために、してさしあげられることを教えていただけました。あなたさまの言葉に、無力なわたしが救われたのです。ありがとうござります。ほんとうに……」
そして、この桜の花と化した鬼は、博雅が涙をこぼしながら吹く笛の音に合わせて踊り、笛の音が止む頃には老婆の姿となって「よき笛にござりましたなあ……」と言い残して姿を消すのである。
なんとまあ、源博雅は大乗仏教で言う「菩薩|(悟りを目指しながら人々を救おうとする存在)」そのものだったのである。本人は修行しているという意識もないようだから、天然の菩薩、悟りを得る前のゴータマ・シッダールタ太子のような存在と言えるかもしれない。
いやいや、本当にすごいのは、小説の中とはいえ、源博雅という菩薩を生み出してしまった夢枕獏氏の方かもしれない。菩薩の心を持つキャラクターを生み出すのには、作家の方にも菩薩の心、菩薩になれる才能が要求されるはずだ……と思う。「エロスとバイオレンスとオカルトの作家」を自称する小説家が、なぜそんなものを持っているのだろう? わからん。
1月26日。晴れ時々曇り。最低-3度C。最高7度C。
午後7時。
『新・餓狼伝 巻の六 変幻鬼骨編』を読み終えた。期待した通りの暴力小説である。
例えば、刑務所内で格闘技の試合が行われるシーンがある。これはどうも、所長の南郷の趣味と囚人たち向けのエンターテイメントを兼ねて不定期に行われているものらしい。今回はまず、琉球拳法の金村とフルコンタクト空手出身のボクサーである奥村が試合をすることになる。
で、レフェリー役を務める南郷が「めんたまときんたま、このふたつのタマへの攻撃はナシだ」「それから噛みつきもナシだ。あとは、好きにしていい」などとルールを説明して試合が始まるのだが、南郷が口にできたのは「始め!」の「は……」までだったのだ。
「……金村がすうっと前に出て、いきなり右足で、奥村の股間を、下から蹴り上げたのである」
明らかなルール違反……なのだが、これは奥村の方が悪い。
「男と男が、闘うことを決めて向かいあった以上、その瞬間に、もう闘いは始まっているのである」
「例えゴングが鳴っていなくとも、股間を蹴られた方が悪い」
「股間をがらあきにして、立っていた方に責任がある」
「勝負とはそういうものだ」
当たり前の話である。「武道」などというご立派なものになる前の「武」とはそういうものだったはずだ。
柔道も空手道も同じようなものだが、わかりやすいのは剣道だろう。あまり詳しくはないのだが、関ヶ原合戦より前の時代の剣士たちは真剣を使って殺し合いをしていたはずだ。しかし、それでは仕合の度に死人が出てしまう。そこで木剣に替えた。しかし、木剣でも骨折するくらいのことは当たり前に起こっていただろう。そこでさらに、竹を束ねた竹刀に替えた。これでやっとスポーツとしての「剣道」になれたわけだ。柔道も空手道も死んだり大けがをしたりをなくすために、背中から落とされたら1本とか、寸止めなどというルールを設けてスポーツ化していったのだろう。
しかし、ただ背中から落とされたというだけで戦闘力はまったく失っていないのに「負け」判定を食らうのは容認できないという考え方もあるだろう。そういう男が2人以上揃ったら、ルールなしの仕合いが始まってしまうわけだ。
どうして人間の雄同士は闘いたいんだろう? もしかすると……人間の心の中には菩薩のような優しさと鬼のような凶悪さが同居しているのかもしれない。夢枕獏氏もまた菩薩の心と鬼の心を併せ持っていて、それぞれを純粋培養したのが源博雅や金村のようなキャラクターたちなのだろう。作者もクモに対しては優しくできるのだが、縄張りの中にゴミを捨てる人間どもに対しては、2度と悪さできないように指を切り落とすか、目玉をえぐり出してやりたいと思うしな。
※作者にとって『餓狼伝』シリーズは毒性が強すぎるようだ。もう読まない方がいいかもしれない。
1月27日。曇りのち晴れ。最低0度C。最高11度C。
午後1時。
やっと暖かくなったのでロードバイクに乗ることにした。
午後5時。
8日間もサボっていた割には順調に75キロを走りきれた。日没が遅くなっているので、もう少し走れたんだが、80キロ以上走ると、明日は休みたくなってしまいそうなのだ。
今日もレジ袋1枚分のゴミを回収した。
午後8時。
まずい。腿の内側がピリピリとけいれんし始めている。「今夜は寝かさないぞ」と言われているみたいだ。〔やめんかい!〕
1月28日。晴れ時々曇り。最低-1度C。最高9度C。
午後1時。
竹藪の縁で小さな羽虫が群れ飛んでいた。ごく狭い範囲であれば、羽虫が飛べるような気温になることもあるのだろう。
午後2時。
1本の白い梅が見頃になっていた。陽当たりのいい場所ではホトケノザが咲いているし、ノボロギクの花の一部は綿毛になっている。春たけなわである。
ちなみに、昔の中国南部から東南アジアにかけての地域では、春になると竹の繊維を使って丈夫なロープを作っていたのだそうだ。これが「春たけなわ」の由来――。〔嘘つくな!〕
光源氏ポイントで拾ったコーヒーの空き缶には多数のダンゴムシが入っていた。飲み口から入ることはできても出ることはできなかったのらしい。こんな物を捨てる人間どもは独房に放り込んで飢え死にさせてやりたい。
1月29日。晴れ一時雪。最低-1度C。最高9度C。
午前9時。
謎はすべて解けた! じっちゃんの初歩的な脳細胞だよ、明智君。〔混ぜるなよ〕
作者は1月初めから「なぜ人間の心には菩薩のような優しさと鬼のような凶悪さが共存しているのか」という問題が気になっていたのだが、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』を読み通した途端に心の雲が消えたのである。ああ……作者は今、「エウレカ! エウレカ!」と叫びながら裸で街の中を駆け回りたい気分だ。〔風邪ひくぞ〕
ええと……この本のエピローグの「「集団で生きること」の効用」には以下のような記述がある。
「動物たちが集団で生きることで利益を得ているのは確かだ」
「……もちろん集団で生きるようになった理由は、動物ごとに違っているが、ある程度、どの動物にも共通する要素はある」
「まず集団になると、捕食者から身を守りやすくなる。また、どこに行けば食べ物が見つかるか、などの情報を入手しやすくなる。つまり、生き延びて、多くの子孫を残せる可能性が高まるということだ。まだ幼い子どもたちと少し年長の子どもたちが交流し合うことで、様々な能力を身につけることもできるし、社会性を高めることもできる」
確かにその通りだろう。しかし、チンパンジーやヒトのように複数の雌と複数の雄と子どもたちで構成される群れの場合はいい事ばかりというわけにはいかないのだ。
まずは生物の目的というものを考えてみよう。これはもちろん、自分の遺伝子を次の世代に引き継いでいくことだ。特に哺乳動物の場合は一度に産める子どもの数が少ないので、多数の卵を産む節足動物よりも子どもの価値は高くなる。その差はざっと数十倍から数百倍になるはずだ。〔いや、それは……〕
おそらく、哺乳動物の本能には「子どもたちはかわいいと思いなさい。保護したいと思いなさい」とゴシック体で書き込まれているんだろう。だからヒトはネコやイヌの幼体を見ても「かわいい」「保護したい」と思ってしまうわけだ。
※こういう本能にも限界はあって、ネコやイヌの幼体と同じように毛が生えている毛虫に対しても「かわいい」と思うヒトは多くはないだろう。それは何故かというと、おそらく、顔や体型が哺乳動物らしくないからだろうな。〔違う! 絶対に違う! そんなことがあるわけはない……はずだ〕
さてさて、この本能は哺乳動物の雌、特に出産直後の雌に対しては強く作用するのだが、チンパンジーやヒトの雄では別の要素が加わる。
ゴリラのように一夫多妻制ならば、群れの中で生まれた子どもたちはほぼ間違いなく、アルファ雄の子であるのに対して、乱婚の群れでは自分の子である確率は雄の数だけ低下する。したがって「かわいい」と思う必要もないわけだ。さらに、子を失った雌はまた発情するだろうから「自分の子ではない」と確信できるなら、その子を殺してしまった方が子孫を残せる確率が向上することになる。ただし、子どもたちを片っ端から殺すような雄は他の雌から危険な存在と認識されるだろうし、我が子を殺されたかもしれない雄たちを敵に回すことにもなるだろう。結局のところ、群れのメンバーとは仲良くしておくのが一番いいということになる。しかし、群れの中にいるために無理して仲良くするというのはストレスになるはずだ。
そして、順位の低い雌たちもストレスを感じているだろう。雌の立場で考えれば、できればアルファ雄の子を宿したいだろう。しかし、雌にも順位があるので、思い通りに交尾できるとは限らない。また、生まれてきた子が自分の子ではないとわかっている雄に我が子を殺される危険もある。
このように、複数の雌と複数の雄で構成されている群れのメンバーはストレスを溜めやすいのである。とはいえ、ストレスを溜めながらでも群れていた方がメリットが多いのだろう。そしてそれは、チンパンジーとの共通祖先から進化したヒトにとっても同じであるはずだ。
しかも、チンパンジーの群れの個体数は最大でも100匹程度らしい。それに対して、1941年頃の日本人の個体数をざっと一億とすると、当時の日本人はチンパンジーの100万倍のストレスを感じていたことになる。〔いや、それは……〕
それでも国民同士は仲良くしようとするだろうから、ストレスは国外へ向けて発散するしかなかっただろう。だから、アメリカ合衆国に対して勝ち目のない戦争を仕掛けることになったのだ。〔違う! 違う……はずだ〕
社会学や経済学の世界ではどんな仮説が提示されているのか知らないが、少なくとも作者は「太平洋戦争の根本原因は日本人の群れが大きくなりすぎたためである」と思う。ナチスドイツはユダヤ人を国民のストレスのはけ口にしたし、中国や韓国は現在進行形で日本をはけ口にしているしな。
というわけで、ヒトが戦争をするのはチンパンジーとの共通祖先の時代から続く乱婚型の群れが原因なのだと作者は思う。そこで意味がないのを承知の上で考えてみよう。もしもヒトがゴリラとの共通祖先から進化したとしたらどうなるか?
この場合、群れは大きくならない。というか、なれないだろう。しかも雄は1匹だけだから、群れのメンバーが溜め込むストレスはほとんどないはずだ。これなら小規模な争いはともかく、戦争など起こりようがないだろう。ただし、ほとんどの雄が子孫を残せないとなると、あぶれた雄たちが結束してアルファ雄を追い出そうとするかもしれない。そういう雄たちが現れたら、結局はチンパンジーのような多数の雌と多数の雄という群れになってしまうだろうな。
※ゴリラの場合、雌は子どもたちに対して優しい雄を選ぶので、結果的に一夫多妻になってしまうのらしい。では、雌に選ばれなかった雄はどこでどんな生き方をするんだろう?
ヒトでの話だが、ゴータマ・シッダールタ太子は我が子を踏みつけて出家したというから、雌が嫌いで「子どもはかわいい」と思うこともできない雄ゴリラは悟りを開くことを目指すのかもしれない。〔悟りでもドアでも開きやがれ!〕
1月30日。晴れ時々曇り。最低-4度C。最高8度C。
午後5時。
29日は休んだが、27日に77キロ、28日に79キロ、今日は80キロ走ったので心の中の鬼がおとなしくなった。やはり作者にはサイクリングが必要なのだな。
八日間、サイクリングもせずに飯ばかり食っていたので、まだ体重は重めのままだ。〔太ったな、作者ぁ!〕
まあ、暖かくなるまでに落とせばいいだろう。
1月31日。晴れ。最低-6度C。最高8度C。
午前7時。
昨日は向かい風の中でもゴリゴリとペダルを踏み込んで走ってしまったので、肩の腹面側と親指の付け根と背筋と骨盤の背面側と腿が痛い。今日は休み。
2月1日。晴れ。最低-4度C。最高11度C。
午後3時。
体長7ミリほどのハチのような体型のハエがウインドブレーカーの袖にとまった。ネオンイエローに誘引されたようだ。
午後4時。
台所の室温が8度台だ。寒い寒い。
今日はホームセンターで見つけた裏起毛タイプの長袖下着をテストした。サイクリング用よりも厚手なので、半袖ジャージとウインドブレーカー2枚で十分走れる。この組み合わせはいいかもしれない。安いし。
2月2日。晴れのち雪か雨。最低-3度C。最高12度C。
午前11時。
手首が痛い。今日は休み。
2月3日。晴れ。最低-2度C。最高10度C。
午前5時。
異常を感じて眼が覚めた。血圧を測ってみると200と99だ! どうやら眠っている間に脈拍が低下して、その分、血圧が上がることがあるのらしい。作者は確実に死につつあるのだな。ちなみに冬は血圧が上がりやすいので降圧剤を服用しているのだが、効果はないようだ。ただ集中力が低下したり、眠くなったりするだけである。
眠らなければこういう発作(?)は起こらないような気もするのだが、それはそれで問題だろう。
午後3時。
手が届くような位置に咲いている白いウメの花を見つけたので撮影しておく。
2月4日。晴れのち曇り。最低-2度C。最高13度C。
午後1時。
胸焼けしている。昼に食べた白身魚のフライの消化に時間がかかっているのらしい。食べられないものがまた一つ増えてしまったなあ……。
2月5日。晴れ時々曇り。最低0度C。最高15度C。
午後1時。
手首が痛い。右肩も痛い。今日も休み。
午後7時。
いくら調べてもわからないのだが、オニグモは卵のうの表層に使われている糸をどうやって着色しているんだろう? 濃い茶褐色になっているのは卵のうの表層だけで、その内側の糸は白いから、糸の原料タンクから糸にする器官までの間で着色しているはずだと思うのだが、いくら検索しても情報がヒットしないのだ。もしかして、疑問を感じている論文屋さんそのものがいないんだろうか?『〇〇で採集したクモ』などという夏休みの小学生レベルの幼稚な論文モドキよりは科学的な価値が高い論文が書けると思うんだが……。
※この器官は産卵の時期にしか現れないのかもしれない。そうであったとしても、産卵期の雌を解剖すれば見つかるだろう。また、目立たない器官であったとしても、産卵期ではない雌の内臓と比較すればいいはずだ。
2月6日。晴れ。最低-1度C。最高15度C。
午前10時。
歩道に緑色のカメムシが転がっていた。
※ウィキペディアによると「カメムシは前年に生まれ、越冬を経て、梅雨時期(5月下旬ー8月)にかけて産卵をする」のだそうだ。
午前11時。
マダラヒメグモの右奥ちゃんが足探りをしていた。生きていたんだねえ。よかったよかった。
午後3時。
堤防の上で小さな羽虫が群れ飛んでいた。それくらい暖かいのである。
午後5時。
明日は雪らしいので90キロ走ってしまった。血圧は106と65。湯船に浸かったりしたら脳貧血を起こしそうだ。「過ぎたるはなお及ばざるが如し」であるなあ。
右肩の痛みはだいぶ楽になった。もしかすると、横向きに寝るのがよくないのかもしれない。
2月7日。曇りのち雪。最低1度C。最高4度C。
午前10時。
雪がちらついてきた。
2月8日。雪のち晴れ。最低-2度C。最高4度C。
午前4時。
雪の深さは数センチ。サンダル履きでの外出はやめた方がよさそうだ。
今日は昼過ぎまで「乾雪」らしい。
2月9日。晴れ。最低-5度C。最高8度C。
午前9時。
洗濯物が凍っている。まいったね。
2月10日。晴れのち曇り。最低-4度C。最高11度C。
午前10時。
ほぼ定期購読しているマンガ雑誌に「コウモリが冬眠していそうな洞窟」というのが出てきた。そこで作者は考えたのである。コウモリの母親の子育てはコウモリの子守だな、と。〔…………〕
2月11日。曇り時々雨。最低0度C。最高8度C。
午前9時。
『msn Japan』というサイトに「数学者が120年悩んだパズル問題、ついに「解なし」が証明される」というニュースが掲載されていた。
「正三角形を4つの断片に切り分けて正方形を作る」という「デュードニーの裁ち合わせパズル」には「4ピースよりも少ない解(3ピース)はあるのだろうか?」という未解決問題があったんだそうだ。
「この問題に、北陸先端科学技術大学コンピューティング科学研究領域の上原隆平教授、鎌田斗南助教、及びマサチューセッツ工科大学のDemain研究室が数年間取り組んでいました」
「そして鎌田助教が新しい証明方法を考案。世界で初めて「4ピースの解が最適で、3ピース以下の解が存在しない」ことを証明しました。数学においては解なしを証明することも偉業です」ということらしい。
うらやましいねえ。クモの生態学がこのレベルの科学になるのには何百年かかるんだろう? いやいや、どう考えても正しくない論文を発表するような論文屋さんや、そういうゴミ論文を褒めまくったり、解説書で紹介してしまったりするような無責任な論文屋さんがいることと、研究者が絶対的に少ないことを考えると、何千年かかっても科学にはなれないかもしれない。やれやれ……。
2月12日。晴れ。最低-2度C。最高12度C。
午前7時。
落ち葉に降りた霜が朝日を浴びてキラキラ光っている。
『日経サイエンス』202603号に「AIゴーストは喪失の哀しみを癒やせるのか」という記事が掲載されていた。
「キーコンセプト」には「人類は昔から最新の発明を使って死別の痛みを和らげようとしてきた。そのため、生成AIを使って悲しみを癒やそうとすることは自然な流れだ」
「心理学者によると、デジタル語-ストがもたらす危険性と利点が何であるかを断定するのは時期尚早だという」
「デジタルゴーストの作成作業は単にデータを流し込むだけではなく、故人に深く向き合う必要がある。これこそが、喪失の悲しみを癒やすのに有益なのかもしれない」と書かれている。実にバカバカしい。
作者は父の葬式の時、隣で泣いている妹を見て「ああ、親しい人が死ぬのは悲しいことなのだな」と思ったのだが、それが何故悲しいのかを理解できなかった。そういう人間が書いたことだと思って読んでもらえばいいが、生き物が死ぬのは当たり前のことだ。リンゴが木から落ちるように当たり前のことが何故悲しいのか?
もしかすると……普通の人間は日常的に「死」というものを意識していないのかもしれない。作者は喘息持ちの自転車乗りだから、夜中に呼吸が停止してそのままだったら死んでいたし、峠の下りで車と正面衝突して死んでいた可能性もある。だから日常的に生き延びる努力を続けている。それに対して普通の人間は――スマホを見ながら道路の左側を歩いている人間どもが多いことから推測すると――油断していても死ぬことはないと信じているのかもしれない。そんな人間は「死」と出会うことを悲しいことだと感じるのだろう。
そしてAI屋さんは知らん顔をしているのだが、AIを動かすのには大電力を必要とするのらしい。その電力は、水力であれ、火力であれ、原子力であれ、大規模な自然破壊をする事で得られたものだ。環境破壊をしてまで幽霊を作る必要がどこにあるというのか?
とはいえ……人間というものは地球の生態系に生じたがん細胞のようなものだろう。それならば環境破壊を続けて自滅した方がいいのかもしれない。他の天体に転移する前に。
午後2時。
竹藪の近くでは今日も小さな羽虫が群れ飛んでいた。
気が付くと、羽虫の1匹がウインドブレーカーの袖にしがみついている。こういう場合はロードバイクを停めるのがいい。そうすると飛んで行ってもらえるのだ。強い風が吹いている間は飛ばされないようにしっかりしがみついているのだが、風が止まると自力で飛んでくれるのである。
午後5時。
血圧は118と74。風呂に入るのは危険だろう。
2月13日。晴れ時々曇り。最低-2度C。最高11度C。
午後1時。
今日は診察日なのでローラー台で70秒ダッシュをしたら血圧が248と119になった。2本目の後は161と89。
その後、少し休むと125と64まで下がった。あっはっはっはっは。血圧なんざこの程度のものなのだ。
2月14日。晴れのち曇り。最低-2度C。最高15度C。
午前11時。
オオイヌノフグリが咲いていた。
午後1時。
ウメの花の周囲をハエとハナアブらしい昆虫が飛んでいた。
長袖下着に裏起毛の長袖ジャージを重ねると汗をかいてしまう。
2月15日。晴れ時々曇り。最低3度C。最高19度C。
午前1時。
右肩の背中側が痛い。仰向けでは寝ていられない。右肘辺りにも痺れるような痛みがある。右眼の視力も低下している。まいったね。
午後9時。
マダラヒメグモの右奥ちゃんが住居から出ていた。
2月16日。曇りのち雨か雪。最低3度C。最高14度C。
午前11時。
水田にハクチョウが40羽くらいいた。繁殖地へ帰る準備を始めているのかもしれない。
森の中に生えているユリ科の草はつぼみの下の茎が伸び始めていた。つぼみの先端も開き始めているから、もしかすると2月中に咲き始めてしまうかもしれない。
午後4時。
また失敗した。 今日も玄関にいるマダラヒメグモの右前隅ちゃんと右奥ちゃんが住居から出ていたのだ。あわてて玄関と繋がっている台所の室温を確認すると13度台である。台所と居間の間にあるアコーディオンカーテンを閉め忘れたので玄関の室温が上がってしまったのらしい。
これがなぜ失敗かというと、節足動物は体温が上がると消費するエネルギー量も増えるからである。気温が高い時期なら獲物をあげれば済むことなのだが、冬の間は――細胞内の水分が凍結しない範囲で――体温を下げておかないと飢え死にする可能性が高くなるのだ。
午後4時。
夜中に雪が降るというので90キロ走ってしまった。
体中筋肉痛で、右眼の視力も低下している。血圧は120と70。風呂に入るのは危険だろう。
2月17日。雪のち晴れ。最低2度C。最高9度C。
午前9時。
また雪雲が接近中らしい。
右肩の痛みは、ようやく仰向けで寝られる程度まで治まった。「この世に治らぬ病気はない」のだなあ。〔そんな格言はない!〕
病気繋がりで書いておくと『日経サイエンス』202603号の特集の一つは「急増する食物アレルギー」だった。2000年代に入ってから、米国では特にピーナッツやその他のナッツ類に対するアレルギーが増えているのらしい。日本ではピーナッツアレルギーは増えてはいないものの、クルミやカシューナッツやピスタチオのアレルギーが増えているそうだ。
「食物アレルギーはなぜ起きるのか」という囲み記事には「そもそも食物アレルギーが増えたのは、清潔過ぎる環境によって免疫系のバランスが崩れたとする「衛生仮説」が有力だ」と書いてある。要するに、アレルギーというのは免疫系の暴走で、本来は無害な物質の近くの細胞を「感染細胞だ」と認識してしまった免疫系が攻撃することによって起こるのらしい。免疫系というものは、弱いと病気になりやすいし、強すぎるとアレルギーの原因になるという実に厄介なシステムなのである。
ちなみに、作者の最初の喘息発作は作業中に小麦粉を吸い込んだ時に起こったのだが、その後の検査で作者にとってのアレルゲンはスギ花粉とハウスダストで、小麦粉は無害だということが判明している。つまり、小麦粉吸入は最後の一押しでしかなかったわけだ。おそらく、粉末状の物質であればソバ粉でもセメントの粉でも発作の引き金になったんじゃないかと思っている。
2月18日。雨時々曇り。最低3度C。最高11度C。
2月19日。晴れ。最低0度C。最高9度C。
午後1時。
道路脇でスイセンが咲いていたので撮影しておく。
午後3時。
どうも最近はウインカーの点滅が見えない車が多い。リヤウインカーが低い位置にあるトヨタのハリアーはもちろん、流れるウインカー(シーケンシャルウインカー)も上下幅が狭いと視認しにくい。ドアミラーウインカーもLEDが前方と側方に向いているタイプだと斜め方向からは見えない。おそらく、デザインする奴も売る奴らも買う奴らも自転車乗りを殺したくてたまらないんだろう。
さらに――茨城県だけかもしれないが――交差点で ウインカーを使わずに右左折する奴らも多いし、逆走自転車も多い。つまり、自転車乗りの周囲は無法者の殺人鬼だらけなのである。ついでに言ってしまえば、警察官だって軽い事故よりは大事故や死亡事故を扱う方がやりがいがあるだろう。
というわけで、作者は法律よりも命を守ることを優先する。青キップを切られて反則金を払うことになっても、数千円で命が買えるならその方がいいのは明らかだ。
2月20日。晴れのち曇り。最低-2度C。最高10度C。
2月21日。曇りのち晴れ。最低2度C。最高15度C。
午前11時。
ブレーキレバーの角度を手首が楽になる方へすこしだけ調整した。前輪がちょっと落ち着かなくなったが、許容範囲だろう。良くないようならハンドル全体を5ミリ下げれば解決するはずだ。
午後4時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんと右奥ちゃんが住居から出ていた。それくらい暖かかったのだ。
今日は93キロ走ってしまった。血圧は116と62。つまり、血圧は疲れれば下がるという程度のものなのである。夜中に上がるのも疲れから回復したということなんだろう。
とはいえ……毎日90キロ以上走るのは無理がある。とりあえず春が来るまでは降圧剤を服用して、トレーニングを控えめにしよう。
また右眼の視力が低下してしまった。
午後7時。
ふと思いついて検索してみたら、日本蜘蛛学会の会長が宮下直から中田謙介氏に代わっていた。これは素晴らしい。日本のクモの生態学が科学になれる日が100年くらい早く来ることになるかもしれないぞ。
作者が宮下直を高く評価しないのは新海明との共著論文『ジョロウグモとナガコガネグモの網のデザインと餌捕獲能力』(1995年発表)を読んだからである。この2人はなんと、それぞれのクモの円網を同じ面積の枠で切り出して、同じ高さに吊り下げるという実に間抜けな実験を行ったのだ。
これは何というか……第1に、ジョロウグモの円網は一般的にナガコガネグモの円網より大きい。それは十分な量の獲物を捕獲するのにそれだけの面積が必要だからだろう(沖縄のジョロウグモの円網は小さいのだそうだ。それでも十分な量の獲物を捕食できるのだろう)。同じ面積の枠で切り出した円網は「ジョロウグモの円網の一部」「ナガコガネグモの円網の一部」であって、「ジョロウグモの円網」や「ナガコガネグモの円網」ではないのである。
第2に、ナガコガネグモの円網は一般的にジョロウグモのそれよりも低い位置にある。なぜそうなるかと言えば、ジョロウグモは小型の獲物を多数捕獲するために小型飛行性昆虫が飛ぶ高度に合わせて網の高さを決めているからだろうし、ナガコガネグモはイナゴのような地上近くを歩いたりジャンプしたりする獲物を捕獲するのに適した高さになっているためだと作者は思う。それを同じ高さに吊り下げることには意味がない。まあ、内容に意味がなくても、論文形式で書かれていれば、その文書は論文になってしまうのだろうが。
第3に、この実験では予定していた結果が得られなかったらしくて、「大型の餌(20~25㎜)に対する網の捕捉能力を評価するため、大型餌を網に付加する実験を行った」のだそうだ(この「大型餌は「ワスプ」だというから多分アシナガバチだろう)。これはちゃんと結論に繋がる結果が得られたようだが、それならば、この実験だけを論文に載せればいいだろうに……。もしかして、恥を晒してでも論文の枚数を水増ししたかったんだろうか? なお、作者がジョロウグモの円網と同じくらい大きな円網を張るオニグモやコガネグモで実験した結果から判断すると、大型の獲物を捕獲するのに有効なのは縦糸の長さである。
第4に、宮下は自身が編集した『クモの生物学』(2000年発行)の中で、この実験に対して「ユニークな実験を行った」と自画自賛しているのだ!
こんな節穴付きの腐ったピーマンのような論文屋が会長から降りたのは個人的には大変喜ばしい。明日はお赤飯を食べようかな。
2月22日。晴れ。最低2度C。最高18度C。
午後2時。
トンビが2羽、追いかけたり追いかけられたりしていた。
「べ、別にうらやましくなんかないんだからね!」〔やめろ。気持ち悪い〕
午後3時。
セダンが車道と歩道の間の分離ブロックに乗り上げていた。「間抜けだなあ」と思ったのだが、その時にその場所を走っていたら追突されていたのである。死角からの攻撃は避けられないよなあ……。
午後4時。
舗装路の脇で菜の花が咲いていた。セイヨウアブラナなのかセイヨウカラシナなのかはわからない。
2月23日。雨のち曇り。最低10度C。最高22度C。
午前7時。
レスリー・ブルネッタとキャサリン・クレイグ供著の『クモはなぜ糸をつくるのか?』を再読した。フィールドワーカーである作者にとって価値のあることはあまり書かれていないのだが、表紙は気になった。というか、気に入らない。表紙の左上には「三井恵津子 訳」「宮下直 監修」と書かれているのに対して、著者2人の名前は左下に訳者と監修者の名前の4分の1の大きさの英字で書いてあるのだ。背表紙には著者の名前すらない。こんな本を見たのは初めてだ。
何なんだろう、これは? 丸善出版株式会社は著者よりも訳者と監修者を強調した方が売れると判断したんだろうか? それとも宮下直が「これは俺が監修した本だ。買え」と学生に押し売りするために大きな活字にすることを要求したんだろうか? いずれにせよ、著者に対してきわめて失礼な本である。
念のために丸善出版株式会社の他の本もいくつかチェックしたのだが、こんなあくどい表紙は見当たらなかった。ということは、やはり黒幕は宮下直なのかもしれない。
午前10時。
近所のレストランの前ではカラスノエンドウが育っていた。緑色のアブラムシがやって来たら玄関にいるマダラヒメグモ2匹にあげようと思う。アブラムシは無性生殖で増えるので、少しくらい収穫してもすぐに個体数が回復するのだ。
その先のうどん屋の店先ではゲンノショウコやノボロギクがしていたし、スーパーの近くのそば屋の駐車場ではオオイヌノフグリが咲いていた。春はすぐそこまで来ているようだ。
午後7時。
マダラヒメグモの右奥ちゃんは住居から10センチくらい離れた場所にいた。一時的に気温が上がっただけなんだから、体力を無駄にしないで欲しい。冬が来る前に獲物をあげればよかったのかもしれないが、それで産卵されたら逆効果だしなあ……。
2月24日。曇り一時雨。最低8度C。最高14度C。
午前11時。
あちこちの草地でホトケノザが見頃になっていた。
ホトケノザはおそらく、陽当たりのいい場所を好む草なのだが、一般的な春の草が伸び始める前に花を咲かせてしまうという思い切った戦略を採用している。もちろん、冬の間も活動できるハチやチョウは少ないから受粉の機会も少なくなってしまうわけだが、その点には閉鎖花という自家受粉専門の咲かない花を用意することで対策している。太陽を独り占めするためならそこまでやるというしたたかな草である。
午後1時。
舗装路を体長20センチ、尻尾の先まで40センチほどのきつね色の小動物が横切った。多分ニホンイタチだろう。
「あえて言おう。イタチがいたっち、と」〔そのギャグは2回目だぞ〕
数学的にはギャグになりうる文字の組み合わせは有限である。したがって、すべてのギャグに対して2回以上使ってはならないという制限を設けると、あっという間にギャグが股間することになってしまう。〔……「枯渇」か?〕
もとい、枯渇することになってしまうので、1年に1回くらいは使ってもいいということにさせていただく。あしからず。
午後2時。
道路脇にツバキの花が散っていたので撮影しておく。
2月25日。雨時々曇り。最低10度C。最高10度C。
午前11時。
今日は夜中過ぎまで雨らしい。洗濯物が乾かないなあ。
2月26日。曇り。最低6度C。最高11度C。
午後4時。
『日経サイエンス』202604号の特集は「脳研究と国際調査から探る幸福とは何か」だった。「日本人の幸福度が「低い」わけ」という調査結果も掲載されているから幸福になりたい人は読んでみればいいだろう。
さてさて、作者は説得力のある論文を書かねばならない論文屋ではないので、どうでもいいことに関してはものごとを単純化して考えることにしている。そういう立場で言わせてもらえば「幸福とは不幸ではない状態である」と思う。わかりやすい例え方をすれば、幸福と不幸は手のひらと手の甲のようなものという認識だ。
この定義をひっくり返すと、不幸とは「幸福ではない状態」であり、幸福を求めることこそが不幸の正体であるということになる。それなら不幸な状態から抜け出すのは簡単だ。幸福になりたいと思わなければいい。人間以外の生物たちのように、今生きているというだけで満足してしまえばいいのである。そうすれば心臓が停止する時までは不幸にならずに済むだろう。
……とはいえ、すべての人間が「幸福になりたい」という心を失ったら文明が崩壊してしまうような気もする。日本が繁栄しているのは「幸福になりたい」と思い続けている日本人が多いせいなのかもしれない。
午後5時。
『ニュートン』20264号の「フォーカス」に「直立二足歩行をはじめた最古級の証拠」という記事が載っていた。
アフリカの約700万年前の地層から見つかったサヘラントロプス・チャデンシスの頭骨の化石の大後頭孔(頭蓋骨の底にあり、首の骨が接続する穴)は下面中央よりもやや後方にあったのらしい。現生人類ではこの穴は頭蓋骨の下面中央にあって頭を下から支えることができるのに対して、類人猿は頭蓋骨の後方にある。したがって、サヘラントロプス・チャデンシスの頭骨は四足歩行と直立二足歩行の中間的な化石だと言われていたわけだ。
記事は以下のように続く。
「アメリカ、ニューヨーク大学のウィリアムズ博士らは、サヘラントロプス・チャデンシスの大腿骨や前腕部の尺骨について3D技術などを用いて分析した。その結果、大腿骨から大腿骨結節(骨盤とつなぐ最も強力な靱帯が付着する部分)を確認できた。この部位は直立二足歩行に不可欠で、類人猿にはない。さらに、大腿骨が前側にねじれた形をしていたことがわかった。この特徴は現生人類ももち、歩行の助けになるものだ。
さらに博士らによると、尺骨にくらべて大腿骨が長いことも確認された。これらの特徴は類人猿にはなく、直立二足歩行に有利な特徴だ。博士らは、今回の分析により、サヘラントロプス・チャデンシスは直立二足歩行に適応しはじめていたヒト族だったという可能性を示すことができたとのべている」
当たり前だ。すでに『次回予告』のどこかで書いているが、股関節が直立型になってしまったら四足歩行には戻れない。直立したまま生きていくか、滅びるかしかないのである。しかし、木登りにも草原にいる捕食者から逃げるのにも向いていない直立二足歩行であっても、環境が許せば生き残って子孫を残していくことは可能だろうし、種が存続していれば大後頭孔が中央へ向かって移動していくという進化もいつかは起こるだろう。
四足歩行から直立二足歩行へ完全に移行するまでには多くの問題が発生しただろう。特に大後頭孔が頭蓋骨の後方にあると、前方を見るためには首を大きく曲げる必要があったはずだ。初期の人類はひどい肩こりに悩まされていたんじゃないかと作者は思う。
キリスト教徒の人類学者は認めないだろうが、悪魔の加護があれば、直立二足歩行という致命的なハンディキャップを背負っていても、個体数を80億まで増やして地球環境を徹底的に破壊することは可能なのである。
※ロードバイクに乗ったヒトは四足歩行に近い姿勢になるので大後頭孔は頭蓋骨の後方へ移動するべきなのだが、そういう突然変異はまだ起こっていないようだ。その時が来るまでロードバイク乗りは首を背面側に曲げて前方を見るしかないのである。やれやれ……。〔ロードバイクを降りた時に困るぞ〕
その時は四足歩行に進化すればいい。〔…………〕
2月27日。曇り。最低6度C。最高16度C。
午前10時。
落ち葉の下でワラジムシを2匹見つけた。体長7ミリほどの子をポリ袋に入れて、12ミリほどの子には落ち葉を被せておく。
ダンゴムシはどこで越冬しているんだろう?
午前11時。
ワラジムシをマダラヒメグモの右奥ちゃんの不規則網に落とし込んだ。ほとんど手入れされていない網なので、2回めまではコンクリート面まで落ちてしまったのだが、3回目には不規則網に引っかかって、近寄った右奥ちゃんが糸を投げかけ始めた。とはいえ、気温が高い時期と比べると、かなり遅めの動きではあったが。
午後1時。
堤防の内側にタヌキがいた。作者の方を向いているので撮影しながら近寄って行くと、20メートルくらいの所で藪に入り込んだ。
午後4時。
マダラヒメグモの右奥ちゃんはワラジムシを食べていた。今日は少し風が強いのだが、獲物を食べているマダラヒメグモはドアを開けた時に風が吹き込んでも住居に戻ろうとしないようだ。安全よりも食欲を優先しているんだろう。
2月28日。曇りのち晴れ。最低9度C。最高20度C。
午前10時。
モンシロチョウ(多分)が1匹飛んでいた。
午後2時。
タンポポの花がだいぶ増えてきた。
午後3時。
マダラヒメグモの右奥ちゃんが不規則網の端にいた。もしかすると、獲物を食べた翌日に暖かくなったので、「春が来た」と判断して不規則網の補修を始めてしまったのかもしれない。悪いことをしたかねえ……。
午後4時。
今月の走行距離も何とか1000キロを超えた。サボった日が多かったのだが、ブレーキレバーの角度変更で平均速度が時速22キロから23キロになったし、無理なく1日80キロ以上走れるようになったからだろう。ただし、手首と腹筋と背筋が痛い。右肩の痛みもポジションを変えたせいかもしれない。どうしたものやら……。
午後5時。
風呂に入っていたら腿の内側がけいれんしてしまった。さらに浴槽から出ようとしたら軽い脳貧血だ。もうシャワーだけにするか、あるいはキッチンタイマーを使って入浴時間を制限するしかないようだ。
3月1日。晴れ。最低3度C。最高17度C。
午後3時。
堤防の上をモンシロチョウサイズの黄色い蝶が飛んでいた。
午後4時。
眼が痒い。1年経つと忘れてしまうのだが、春は花粉症の季節だったのだな。
今日はフロント変速機がちゃんと作動しなかったので、帰宅してからチェックしてみたら、ただの調整ミスだった。作者はロードバイクをほとんど自力で組み立てるのでこういうこともあるのだ。
いままで正常に作動していたのは、おそらく気温が低かったせいだと思う。今日は暖かかったので、金属部品が膨張してトラブルが表面化したのだろう。
3月2日。曇り時々晴れ。最低4度C。最高14度C。
午後1時。
光源氏ポイント近くの森の中でスイセンが咲いていた。
用水路の中に円網を張っていた体長3ミリほどのクモが蚊のような昆虫を捕食していたとりあえず撮影したのだが、バックが真っ黒なのでクモが白飛びしてしまった。お尻が丸っこいことしかわからない。
堤防の斜面にはツクシが1本だけ生えていた。
午後2時。
毎年早めに咲くサクラが咲き始めていた。しかし、バックがガードレールや看板なので絵にならない。どアップにしてごまかしておく。
休憩している時に自販機の近くで咲いている白い花を見つけた。直径は5センチほどで、白い花びらの内側には多数の紫色の斑があり、おしべの数も多い。こういう花は初めてのような気がする。
※後で調べてみると、これはキンポウゲ科のクリスマスローズ(日本名フユボタン)の仲間らしい。そう言われてみれば、多数のおしべはキンポウゲ科の特徴だったのだな。ちなみに花びらのように見えるのは萼片だそうだ。
3月3日。雨時々曇り。最低6度C。最高8度C。
午後1時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんが住居から5センチくらいの位置にいた。右奥ちゃんも2センチくらい出ている。そんなに暖かいのかと思って台所の温度計を見ると12度Cを越えている。ダンゴムシやワラジムシも活動できそうな室温なのだった。
午後2時。
村田次郎著『物理学者の自由研究』を読み終えた。付箋は11枚。理解……というか、書いてあることをイメージしきれないことも多かったが、なかなか面白い本だと思う。
この本の「はじめに」には「物理学といえば素粒子や宇宙などの最先端科学に目が行きがちだが、もっと身近な世界でこの知的ゲームを楽しむことができる。もちろん、世界初の新発見を目指す必要はない。自分が「不思議だな」と思ったことを自分なりの方法で、失敗や間違いを恐れず謎解きを楽しめばよい。本書は物理学者である筆者が研究・教育の専門家としての立場から一歩外に踏み出し、純粋にのびのびと個人的に行ってきた「自由研究」の紹介である」と書かれている。
これはいい。「論文を書かなければ」という意識が働くと、ありもしないものを見てしまったり、嘘やデタラメを承知の上で論文を書いてしまうこともあり得るのだ。しかも、言論の自由は日本国憲法で保障されているから、そういう論文や解説書を発表しても罪にはならないのである。やだやだ。
さてさて、この本は「カーリングの曲がる謎」から始まる。この場合の結論は①カーリングのストーンを回転させながら投げるとストーンの底面の左右に速度差が生じる。②すると氷の表面とストーンの底面が接する部分に生じる摩擦力にも左右差が生じる。③特にストーンの前進速度が遅くなってストーンの片側で前進速度がゼロになると、強い静摩擦力が生じるためにストーンが急に曲がるクルリンパ現象が起こるということらしい(カーリングの世界では「くるりんぱ」らしい)。素晴らしい。これは科学だ。
そして個人的に気になったのは、その先の「この強い回転現象自体はカーリングの謎を最初に提起した1世紀前の、カナダの物理学者ハリントンの論文から存在が指摘されていたが、石が曲がる主原因とは無関係な特殊な現象と考えられて近年はほとんど無視されているようである」という記述だった。なんとまあ、クモの生態学の世界には「世界中に生息するありとあらゆる昆虫はショウジョウバエである」という非科学的な思い込みがあるのだが、それと同じようなものが物理学の世界にも存在していたのである。もしかすると、人間の心は科学には不向きなのかもしれない。
その先には「滑り台は大人の方が速い」「ウォータースライダーでは子どもの方が速い」という話も出てくる。どうも摩擦力が働く系では真空中の自由落下のようなわかりやすい結果は得られないのらしい。
さらに「鏡の世界が左右反対なのはなぜか」とか「時間は流れているのだろうか?」という章もある。
「鏡の世界が……」には「実際、この謎は物理学者だけでなく哲学者や心理学者も好んで議論に参入する有名な問題である。そして様々な表現での説明がなされているが、意外にもこのしくみは理科の教科書には書かれていない。これは見解が必ずしも一致していないからなのかもしれない。ギリシャ時代にプラトンが論じて以来、2300年以上を経ても、朝永振一郎は著書『鏡のなかの世界』の中で、本書でこれから紹介する説明に似た議論を紹介した最後に「何かもっと一刀両断、ずばりとした説明があるのか、読者諸兄に教えていただきたい」と述べている。そう、鏡の不思議はカーリングの世紀の謎の比ではなく、その深さは千年紀の謎なのだ」という記述がある。
この本ではその謎が解かれているらしいのだが、残念ながら作者にはその解法を理解できたような気がしない。理解できているとしても説明できるとは思えない。興味があるなら『物理学者の自由研究』を読んでもらいたい。
※実は作者も鏡を使って実験してみたので、その結果を書いておこう。
①マンガ雑誌の表紙を鏡に映してみると、確かに左右が反転していると感じる。
②しかし、シャープペンシルを映しても「反転している」という感じが弱いのだ。
③さらに雑誌を上下逆にして鏡に映してみると、文字列を「文字列である」と認識するのがより難しくなるような気もする。
あくまでも作者の個人的な印象だが、眼というのは「こういう波長の光を感知した」という信号を脳に送る器官であって、その信号を基に画像を再構築するのは脳の働きなのではあるまいか? ということは、脳が「これは文字である」と思っているのに左右が反転していると「これはおかしい」と感じてしまうのではないかという気がする。シャーペンの場合は、左右が反転しても大きな問題にはならないので気にしない、気にする必要がないということなんだろう。
さらに、作者には「文字である」と認識できないアラビア文字も鏡に映してみた。これはもう、左右が反転していても曲線と点の集合体にしか見えなかった。多分、中東の人たちには左右反転している文字列のように見えるんだろうと思うんだが……。
3月4日。雨のち晴れ。最低4度C。最高12度C。
3月5日。晴れ。最低1度C。最高15度C。
午後2時。
コブシかハクモクレンの花が膨らみ始めていた。
午後4時。
今日は涸沼経由で100キロ走った。血圧は95と52。風呂に入ったりしたら倒れそうだ。右眼の視力も低下している。
3月6日。晴れのち曇り。最低0度C。最高13度C。
午前11時。
今日も晴れているのでロードバイクのタイヤに空気を入れたのだが、そこでくじけた。今日は休む。今朝はアラームが鳴っても起きられなかったしなあ。
3月7日。雨のち晴れ。最低9度C。最高16度C。
午後2時。
白いクリスマスローズの近くで花びら(のように見える萼片)が赤紫色のクリスマスローズが咲いていた。この花の萼片は本来白色なのだが、園芸品種はいろいろな変異があるのらしい。
午後3時。
堤防の上の舗装路にツチイナゴ(多分)が1匹いた。
3月8日。晴れ時々雪。最低1度C。最高12度C。
午前11時。
マダラヒメグモの右奥ちゃんが住居から10センチくらい出ていた。春が近いのを感じ取っているんだろうかなあ……。
午後2時。
ホトケノザが見頃を迎えていた。あちらこちらで赤紫色の絨毯ができている。
森の縁でヒメオドリコソウが咲いていた。この花は比較的陽当たりがよくない場所を好むようだ。ちなみに外来種である。
みごとに満開になっているアセビを見つけた。絵になりにくい花なのだが、一応撮影しておく。
3月9日。曇りのち晴れ。最低0度C。最高10度C。
午前6時。
眠い。昨日は24時間まったく眠くならなかったから、その反動だろう。とりあえず二度寝する。
最近は1日が48時間になったように、眠くならない日とひどく眠い日が交互にやって来るということが増えた。この1日48時間症候群も老化のせいなんだろうなあ……。
3月10日。雪か雨のち晴れ。最低2度C。最高9度C。
3月11日。晴れ時々曇り。最低-2度C。最高10度C。
午前11時。
マダラヒメグモの右奥ちゃんが住居の少し上に出ていた。
午後2時。
ユキヤナギが咲き始めていた。
午後5時。
今日はハンドルを下げるためにステム(ハンドルを取り付ける部品)を交換したのだが、外したステムがかなり変形していた。シマノ製のいかにも軽そうなステムなので、作者のたいしたことのない腕力にすら耐えられなかったようだ。これはもう2度と使わない。シマノの製品は良い物は良いのだが、悪い物はまったく使い物にならないのである。まあ、使う方が悪いのだが。
なお、ポジションはよくなったような気がする。ただし、ちょっと腰が痛い。このポジションに耐えられる体力があるかどうかが問題だろうな。
3月12日。晴れ時々曇り。最低1度C。最高12度C。
午後5時。
疲れていたのだが、明日は診察日で走れないので83キロ走ってしまった。体中筋肉痛だ。血圧も風呂に入ってはいけないレベルまで下がっている。
3月13日。晴れのち曇り。最低-1度C。最高11度C。
午前10時。
近所のスーパーがリニューアルオープンした。お弁当と酒の売り場が広くなった分、野菜や惣菜が減ったようだ。
午後3時。
ガソリンがかなり値上がりしていた。4輪車に乗る人たちは大変だろうな。
3月14日。晴れ一時雨。最低4度C。最高12度C。
午前11時。
低いブロック塀の上を体長5ミリほどのアリが数匹歩いていたので、1匹だけ捕まえて、マダラヒメグモの右前隅ちゃんの不規則網に落とし込んだ。獲物に気付いた右前隅ちゃんは近寄って糸を巻きつけ始めたのだが、その動きがひどく遅い。室温が11度台なのでそのせいだろう。
3月15日。晴れのち曇り。最低1度C。最高14度C。
午前10時。
ナガミヒナゲシとブタナが一輪ずつ咲いていた。
午前11時。
オレンジ色の翅に多数の黒い斑点という蝶が飛んでいた。多分ベニシジミだと思う。
光源氏ポイントの近くで体長4ミリほどのゴミグモを見つけた。クモの上側にはゴミリボンがあるが下側はまだ直線状の隠れ帯だから、2日前か3日前に春の目覚めを経験した子だろう。挨拶代わりに落ち葉の下にいた体長6ミリほどのゴキブリ体型の昆虫(めんどくさいから、以後は「オチバゴキブリ」と呼称する)を円網に投げ込んだのだが、大きすぎる上に風が強いので捕食してもらえなかった。残念。
オニグモの幼体のものらしい主のいない直径30センチくらいの円網を見つけた。ヒシバッタ1匹と体長2ミリほどの羽虫が5匹かかっている。粘球はさほど劣化していないから、おそらく、今日の早朝に張った円網だろう。
午後1時。
シロバナタンポポが咲き始めていた。
午後2時。
自販機の南側に体長5ミリほどのアシナガグモの仲間がいた。細い体型のせいか、あるいはバックの自販機が真っ赤に塗られているせいか、オートフォーカスが効かない。なんとか1枚だけは撮影できたが。
午後3時。
堤防の斜面にツクシが大量に生えていた。
ナカムラオニグモのものらしい糸で作られた住居も1個見つけた。
3月16日。曇りのち晴れ。最低6度C。最高14度C。
午前10時。
背筋が痛いので今日も休み。今のセッティングを使いこなすのには筋肉が不足しているということなんだろうなあ……。
午後4時。
スリップサインが消えていた前後のタイヤを交換した。ブレーキシューはもう少し使ってからにしよう。
3月17日。曇りのち晴れ。最低4度C。最高14度C。
午後1時。
3月15日に見つけたゴミグモはホームポジションのすぐ下にオチバゴキブリの食べかすを取り付けていた。
その近くには、やや小さめのゴミグモも3匹いた。この子たちはちゃんとホームポジションの上下にゴミを付けている。
午後2時。
舗装路の端にモンシロチョウがいた。強い風に吹き飛ばされないようにアスファルトにしがみついているようだ。こういう時のモンシロチョウは近寄っても逃げないので、撮影し放題である。
2日前に見つけたオニグモの仲間のものらしい円網は張り替えられていた。体長2ミリ以下の羽虫が14匹かかっているし、横糸の粘球もちゃんと粘る。
3月18日。曇りのち雨。最低8度C。最高13度C。
午前6時。
手首と肩と骨盤の背面側が痛い。今日も休み。
3月19日。雨のち晴れ。最低11度C。最高20度C。
午前10時。
雨はやんでいるが路面は湿っている。
スーパーの西側で体長5ミリほどのゴミグモが横糸を張っているところだった。そこで問題になるのは、この子の円網のホームポジションにはすでに隠れ帯が付けられていたことだ。ナガコガネグモの隠れ帯のように整った形ではなく、ゆがんだ円形にまとめられた隠れ帯から右側にループ状、真上に向かって細い隠れ帯が1本付けられている。同じコガネグモ科のナガコガネグモやコガネグモは横糸を張り終えてから隠れ帯を付けるので、ゴミグモも同じ手順で付けるのだろうと思い込んでいたのだが、大ハズレだったわけだ。
しかし、考えてみればこれは当たり前のことなのであって、ゴミグモにとってはゴミリボンがある状態で円網の張り替えを始めるのが普通なのだった。春の目覚めを迎えたばかりでゴミリボンがないのなら、その代わりに隠れ帯を付けてから横糸を張るのが正解だったのだ。
何であれ、「こうだろう」と思い込んでしまうと、論理的・科学的思考ができなくなってしまうのだな。気を付けないと。
3月20日。曇り時々雨。最低6度C。最高10度C。
午前11時。
昨日見つけたゴミグモの姿はなかった。円網には細い隠れ帯と縦糸と足場糸だけが張られているから、横糸を張る前にくじけてしまったんだろう。気温が一桁台で太陽も見えないのでは飛行できる昆虫もいないのかもしれない。そういうことなら休眠していた場所に戻って二度寝するのも選択肢になり得るはずだ。明日の予想最高気温は15度Cで晴れるらしいから、元気な姿を見せてくれると思う。
3月21日。晴れ。最低3度C。最高16度C。
午前10時。
2日前に見つけたゴミグモがいなくなっていた。横糸が張ってある円網の下側120度の範囲がなくなっているから、円網を放棄して引っ越したのかもしれない。
3月22日。晴れのち曇り。最低4度C。最高15度C。
午前10時。
舗装の割れ目に生えている高さ5センチほどのスミレが咲き始めている。
スーパーの西側にいたゴミグモが戻ってきた……というか、別グモが居抜きで入居したのかもしれない。体長が1ミリくらい短くなっているし、円網の直径も5センチくらい小さくなっているのだ。
午後1時。
3月15日にオチバゴキブリをあげたゴミグモは1メートルくらい引っ越していた。この時期には引っ越しをするゴミグモが多いようだ。円網を張った場所に十分な量の獲物がいるとは限らないからだろう。
同じ日に見つけたオニグモの仲間のものらしい張りっぱなしの円網には小さな羽虫が58匹かかっていた。体長3ミリ以下の小型昆虫は横糸の粘球を振り切って逃げることはできないのだろう。それなら円網で待機している必要はないわけだ。欲を言えば、小型昆虫を狙う時だけはジョロウグモのように横糸の間隔を狭くするべきなのだが、そうまでして生き急ぐ気はないんだろうな。
3月23日。晴れ時々雨。最低6度C。最高17度C。
午前10時。
スーパーの西側にいるゴミグモに体長4ミリほどの細め体型のハエの仲間(多分)をあげた。
午後1時。
オニグモの仲間のものらしい円網には体長4ミリほどの昆虫が1匹と体長3ミリ以下の小さな羽虫が24匹かかっていた。
堤防の上の舗装路には体長1.5メートルほどのアオダイショウがいた。暖まったアスファルトを使って体温を上げようとしているんだろう。
午後2時。
クリスマスローズの白かった萼が緑色になっていた。なるほど、萼を花びら代わりに使っておいて、おしべが劣化した後は萼を緑色に変えれば、葉の枚数を増やしたのと同じ効果が得られるわけだ。頭がいいなあ。〔植物に頭はないぞ〕
もとい、賢いなあ。
さてさて、なぜ、他の草花は花びらを使い捨てにするのだろうか? 第一に、暖かい季節ならば花びらを使い捨てにしても大きなデメリットにはならないからだろう。寒い時期に咲くホトケノザやノボロギクなら花そのものが小さいから、あまりコストがかからないのかもしれない。いずれにせよ、その植物にとってはその花が最適解か、それに近いものになっているはずだ。
ふきのとうが5輪咲いていた。この花は中心から咲き始めて、順に外側に向かって咲いていくようだ。
午後3時。
太陽が見えるようになったせいか、モンシロチョウやモンキチョウが飛び始めた。
3月24日。晴れ。最低5度C。最高15度C。
午前7時。
背筋と肩が痛い。今日も休み。
午前10時。
スーパーの西側にいるゴミグモは横糸を張っていなかった。脱皮が近いのかもしれない。
午後6時。
橋爪大三郎・大澤真幸著『ゆかいな仏教』を読み終えた。
作者がこれまで読んできた仏教の解説書はすべて仏教関係者によって書かれたものばかりだったのに対して、この2人は社会学者なので、新たな視点から仏教を見ることができたような気がする。
例えば、大澤氏による「まえがき」には以下のような記述がある。
「……3月11日の津波と原発事故によって言葉を失った日本人に、仏教派、困難を乗り越えるための手がかりになることを示唆してきただろうか。残念ながら、そうとは言いがたい。仏教は、ほとんど関心がないかのようにふるまっている(ように見える)」
「なぜなのだろうか。どうして仏教は、何の反応も示さないのか。仏教が無能なはずはない。仏教には2千5百年の認識と実践の蓄積があるのだ」
つまり、大澤氏は現代日本の葬式仏教がどれだけ堕落しているのかを理解していないのである。まあ、もともとが「仏教関係の書籍を精力的に世に送り出す意欲的な出版社」から刊行された本らしいので、悪く言うわけにはいかないという事情もあったのかもしれないが。
さてさて、一般的な日本の大乗仏教の坊さんの仕事は何かというと、檀家から死人が出た時に葬式の場で読経をしてお布施をもらうことである。そういう意味ではエンターテイナーに近いかもしれない。あえて悪い言い方をするなら「死人を食らって生きている」だな。
そこで3月11日のケースについて考えてみると、第一に大規模な災害の場合、地元の坊さんも死亡している可能性がある。いやいや、行方不明でも他の坊さんの縄張りに侵入して読経するわけにはいかないだろうな。
第二に行方不明の段階では葬式を出せない。
第三に喪主になるべき人物がいない可能性も高い。
第四にすでに檀家を抱えている坊さんの場合、被災地へ出向いている間に死人が出ると対応できない。
そのような事情で、現代日本の坊さんが被災した衆生に対してできることは何もないのである。
ついでに書いておくと、作者は出家する前のゴータマ・シッダールタ太子が嫌いだ。女嫌いのゲイならば嫁さんを捨てて出家してもおかしくはないが、我が子を踏みつけて行くようでは哺乳類失格である。もしも作者がゴータマ・シッダールタ太子に面会することができたなら、平井和正著『ウルフガイ』シリーズの中に出てくる「この人間めが」という台詞を叩きつけてやりたい。
そして、この本を読んで初めて理解できたのが、密教が生み出された理由だ。
大澤氏は「密教の主な特徴」を3つ挙げている。
「第一に、盧舎那仏を中心に、いろいろな諸仏が祀られ、さらには、それまでの仏教には登場しないような神々的なものがたくさん取り入れられているということです」中略。「このあたりに、密教の、仏教本流からの逸脱ぶりがよく出ている気がします」
※この盧舎那仏(毘盧遮那仏、大日如来)はゴータマ・ブッダよりも格上のスーパーブッダである。おそらく、「密教は他の宗派よりも優れているんだ」と主張するためにねつ造したブッダなのだろう。
「第二に、諸仏や諸神などを念じたり、マントラやダーラーニーを唱えたり、火を焚いたりなどの秘儀がなされ、一種のエクスタシーに浸るなどの神秘の世界への没入がみられる」中略。「あるいは、これまでの仏教では考えられないことですが、煩悩的なもの、愛欲的なものもときに肯定されます」
「第三に抽象的な哲学よりも、マンダラのような表象を使って、何かを象徴的に示すのも、密教の特徴といってよいかもしれません」
なぜこんな仏教モドキが生み出されたのかというと、橋爪氏は「いろいろな説がありますが、もろにヒンドゥー教の影響ですね」としている。
「どういう影響があったかというと、まず在家主義。バラモン以外の人たちみんな在家ですから。それから輪廻。輪廻は、仏教になくても大丈夫。でもヒンドゥー教には輪廻はなくてはならない」
「それから、お祭り。お釈迦さまが覚ったらどうなるか。よくわからないがきっと素晴らしいということで、目にみえるかたちのお祭りをいろいろする」中略。「お祭りなら、目で見て、耳で聞いて、匂いをかいで、感覚的に理解できる」
なるほど、当時の仏教徒の一部が「ヒンドゥー教の信者が増えている」「それならヒンドゥー教の真似をすれば仏教徒も増えるだろう」と考えたわけだな。そしてインドの仏教はヒンドゥー教に取り込まれてしまうことになるわけだ。
作者は、大乗仏教など原始仏教の劣化コピーでしかないと考えているのだが、密教というのは、それをさらに手書きでコピーした上に原色の絵の具を塗りたくった前衛芸術のようなものだったのだな。まあ、こんなイワシの頭程度のものでも信じたい人は信じればいいだろう。作者には関係ない話だ。
※作者は禅宗の修行も嫌いなのだが、それについては別の機会に書くことにしよう。
3月25日。曇りのち雨。最低6度C。最高15度C。
午前10時。
またハズした……かもしれない。スーパーの西側にいるゴミグモは横糸を張っていたのだが、体長が伸びたような気がしないのだ。ただ単に、空腹ではなかったのでサボっただけなんだろうかなあ……。
午前11時。
民家の庭でモクレンとハクモクレンが咲き始めていた。
午後1時。
オニグモの仲間のものらしい円網にはカの仲間が1匹と体長3ミリ以下の小型昆虫が25匹かかっていた。
午後2時。
小雨がパラついてきた。今日はここまで。
3月26日。雨時々曇り。最低10度C。最高12度C。
午前4時。
ユニットバスの天井の隅に体長5ミリほどの細い体型で脚が長いクモがいた。バックが白いのでよく見えないのだが、不規則網を張っているようだ。多分、ユウレイグモの仲間だろう。
午前10時。
スーパーの西側にいるゴミグモの姿はなかった。横糸も残っていないから、ツツジの葉陰に避難しているんだろう。気温は低いし、横糸もない円網で待機していても意味はないという判断をしたのかもしれない。
なお、雨の日に小型のゴミグモの仲間の円網の横糸がなくなっているのは何回か観察している。水滴の重さに耐えられずに切れてしまったのではないかと思う。
午前11時。
『日経サイエンス』202605号に「根がないコケはひげで栄養吸収」という記事が載っていた。
「神戸大学と名古屋大学の研究グループは、根を持たないコケ植物が栄養を吸収する仕組みを解明した。仮根というひげのような器官からリンを取り込んでいた。これまで仮根は体を地面に固定するためにあると考えられていた」
中略。
「コケ植物が専門の神戸大学の石崎公庸教授は「コケは体全体で水分や栄養を吸収していると考えられていた。コケは数㎝と小さいので、どうやって栄養を吸収しているか、誰も気にとめていなかったのかもしれない」と振り返る」だそうだ。
仮根を軽視すると禍根を残すことになるのだなあ。〔…………〕
クモの研究者も昆虫などに比べて絶対的に少ない。「隠れ帯は昆虫を誘引する」などという明らかな嘘が何十年経っても否定されないのも当たり前なのかもしれない。
※「ひげ」や「触角」や「触肢」は動物に特有の器官だったような気がする。コケの場合なら「仮根」あるいは「ひげ状の仮根」という表現を使った方がいいと思うのだが……科学雑誌の編集者は本さえ売れればいい、非科学的な嘘やデタラメを書き込んでも問題はないと思っているんだろうな。
3月27日。曇り時々晴れ。最低9度C。最高15度C。
午前10時。
スーパーの西側にいるゴミグモが円網を張っていた。
そして、ホームポジションの位置で30センチくらい離れた位置に別のゴミグモが円網を張っていた。こちらは体長2.5ミリほどで、上下に伸びる直線型の隠れ帯を付けている。
この2匹はカップルだと思うのだが、ゴミグモの場合は成体にならないと雌雄を確認しにくいのでやっかいだ。
2.5ミリちゃんの円網には冷蔵庫の中で力尽きていた体長6ミリほどのハエを投げ込んでみた。2.5ミリちゃんは円網にかかったハエに近寄ってきたのだが、捕帯を巻きつける前にハエが落下してしまった。今日は風が強いので粘球が劣化していたようだ。明日も円網を張ってくれるようなら、劣化する前に獲物をあげることにしよう。
※『SPIDER ECOPHYSIOLOGY 21.pdf』というサイトで「普通クモ類の円網は日毎に食べられたりリサイクルされたりしているが、横糸は非常に安定で10ヶ月以上も粘性にたいした変化もなく貯蔵されて(stored)いる(Blackwall 1835;Edmonds and Vollrath 1992;Opell and Schwend 2008)」という記述を見つけた。高湿度で無風の環境で実験すればそういう論文も書けるのだろう。フィールドワーカーにとっては意味の欠片もない情報ではあるが。
午前11時。
台所のシンクの縁に体長2ミリほどのハエの仲間(多分)がいた。春なんだなあ。
午後1時。
あちこちで桜が咲き始めている。これは多分ソメイヨシノだろう。
ガードレールの凹んだ部分に体長4ミリほどのコガネグモの幼体がいた。
光源氏ポイントに立てられているコンクリート製の電柱には体長5ミリ前後のハエが十数匹群れていた。それを狙っているらしいハエトリグモもいたのだが、飛びかかる前にハエが飛び立ってしまう。どうも舗装路を走っている車に反応しているようだ。
姿を見せないオニグモの仲間の円網には小型昆虫が32匹かかっていた。
午後2時。
光源氏ポイントで体長3ミリほどのヒメグモを見つけた。シート網がない上に糸の本数が少ない不規則網を張っているから、休眠を終えたばかりの子だろう。意外に早く目覚めるものである。獲物がいるなら網を張る意味もあるわけだ。
ここには係留糸が切れて半月形になっているオニグモの仲間のものらしい円網もあった。この円網には小型昆虫が数十匹かかっている。
お尻の背面が白いゴミグモもいた。
午後6時。
光源氏ポイントで捕まえてきた体長8ミリほどのダンゴムシ2匹をマダラヒメグモの右前隅ちゃんと右奥ちゃんの不規則網に落とし込んだ。
右前隅ちゃんの方は不規則に引っかかったので、すぐに駆け寄って糸を巻きつけ始めたのだが、右奥ちゃんにあげたダンゴムシはコンクリート面まで落ちてしまった。右奥ちゃんは獲物の存在に気付いたらしいのだが、どこにいるのかわかないらしくて見当違いの場所でウロウロしている。これが3次元構造の網の欠点なのだよなあ。
3月28日。雨時々晴れ。最低8度C。最高18度C。
午前1時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんはダンゴムシを食べている。右奥ちゃんは捕まえ損なったようだ。
「そんなこともあるさ、マダラヒメグモだもの」
ユウレイグモの仲間はユニットバスのドアの外側に引っ越していた。
午前6時。
スーパーの西側にはゴミグモ2匹の姿はなかった。どこかで雨宿りをしているんだろう。
午前10時。
ゴミグモカップルが円網を張っていた。急いで買い物を済ませて、冷蔵庫に入れてある体長4ミリほどのハエ2匹を取りに戻る。昨日と違って風はほとんど吹いていないし、ハエもすでに力尽きているのだが、横糸が劣化する前に投げ込んでしまいたいわけだ。
2.5ミリちゃんの円網にハエを投げ込むと、すぐに近寄って、捕帯を巻きつけずに牙を打ち込んだらしかった。「暴れなければどうということはない!」のである。
4ミリちゃん用のハエも用意していたのだが、2.5ミリちゃん用をポリ袋から取り出すときに落としてしまった。こうなるともう見つけられない。しょうがないので、枯れ葉の下にいた体長7ミリほどのワラジムシを円網に投げ込んだ。
それに近寄った4ミリちゃんは、しばらくの間ワラジムシの背面に左第一脚を置いていたのだが、結局はホームポジションに戻ってしまった。大きな獲物を無理して仕留めるほど空腹ではなかったということらしい。ゴミグモに限らず、クモの食欲を見切るのは難しいのである。
3月29日。晴れ時々曇り。最低9度C。最高18度C。
午前10時。
スーパーの西側にいるゴミグモのカップルは、2匹とも円網にゴミリボンを付けていた。
昨日ワラジムシを仕留めようとしなかった4ミリちゃんの円網には体長6ミリほどのアリを少し弱らせてから投げ込んでみたのだが、捕食してくれない。おそらく、この子は雄なんだろう。2.5ミリちゃんがオトナになるタイミングに合わせるためには成長を一時停止した方がいい。そのために食事制限をしていると考えるとつじつまが合うと思う。それなら横糸を張らなければいいだろうとは思うんだけどなあ……。
マダラヒメグモの右奥ちゃんにも弱らせたアリをあげた。今回はちゃんと仕留めたようだ。
午前11時。
光源氏ポイントにはマルカメムシが3匹いた。
ヒメコガネもそうなのだが、比較的小型の昆虫は大きめの種よりも早めに現れるようだ。体温を上げやすいからだろう。あるいは、体内に蓄えておける栄養が少ないせいかもしれない。
ここにあるオニグモの仲間(以後「オニグモの仲間B」と呼称する)のものらしい円網には小型昆虫が42匹かかっていた。
クサグモの幼体が小さなシート網を張っていた。
2日前に見つけたヒメグモの姿は見当たらなかった。残念。
午後1時。
早咲きの桜の近くにあるオニグモの幼体(以後「オニグモの仲間A」と呼称する)の円網には小型昆虫が13匹かかっていた。
午後3時。
荷物を受け取るために郵便局まで行ってみたら、街路樹に使用済みらしい小鳥の巣が残っていた。街中だと、少なくともヘビは少ないのかもしれない。
久しぶりに後輪がパンクした。換えたばかりだというのに……。
「そんなこともあるさ、自転車だもの」
3月30日。雨のち晴れ。最低11度C。最高19度C。
うちのユウレイグモの仲間はユニットバスを出て、天井付近にいる。もしかするとこの子は雄で、雌を求めて三千里の旅の途中なのかもしれない。
3月31日。雨時々曇り。最低12度C。最高18度C。
4月1日。晴れのち雨。最低14度C。最高18度C。
午前7時。
うちのユウレイグモの仲間は天井の少し下に浮いているように見える。ということは、不規則網を張っているわけだ。つまり、この子は成体の雄ではないということになる。そこで、新海明著『日本のクモ』を開いてみると、ユウレイグモもイエユウレイグモも雌雄に体長の差がないのらしい。うーん……雌かもしれない。
スーパーの西側にいるゴミグモカップルは仲良く円網を張っていた。2.5ミリちゃんには体長6ミリほどのアリを少し弱らせてからあげる。アリに近寄った2.5ミリちゃんは第一脚でチョンチョンしているから、安全に仕留められると判断すれば食べてもらえるだろう。
スーパーの壁にはクビキリギスが1匹とまっていた。ちなみに成虫で越冬するタイプのバッタらしい。
4月2日。雨のち晴れ。最低9度C。最高15度C。
午後3時。
ゴミグモの4ミリちゃんはゴミリボンと縦糸しかない円網で待機していた。それに対して2.5ミリちゃんの姿はない。これは低温に耐える能力の差……なんだろうかなあ……。
4月3日。晴れ。最低4度C。最高19度C。
午前10時。
ゴミグモの4ミリちゃんと2.5ミリちゃんはゴミリボンの上側に2センチくらいの隠れ帯を追加していた。
体長4ミリほどのアリをあげると、今回は4ミリちゃんも積極的に捕食した。暖かいのはいいことだ。
午前11時。
光源氏ポイントで住居にこもっている体長10ミリ弱くらいのナカムラオニグモを見つけた。多数の小型昆虫がかかっていた円網の主かもしれない。
午後1時。
ガードレールの凹んでいる部分にいる体長5ミリほどのコガネグモの幼体(多分)を見つけた。今年は2匹目だ。
無責任な論文屋さんがこんなものを観察したら「コガネグモ幼体はガードレールに網を張ることを好む」などという論文を書いてしまいそうだが、作者は壁の前に網を張りたいだけだと思う。コガネグモの成体はコガネムシなどを捕捉するために大きな円網を張るが、幼体の円網は小さい。短い縦糸では受けとめきれないほどの運動エネルギーを持った獲物に避けてもらうためには壁、あるいは高密度の枝葉のような障害物の前に網を張るのが有効なのだろう。そして、成体になったら開けた場所に引っ越して、「かかってきなさい」とばかりに直径1メートルクラスの大風呂敷、もとい、大きな円網を張ってコガネムシの仲間を狙うわけだ。下積み時代とメジャーデビュー後の差が非常に大きいクモであると言えよう。
午後4時。
アヤメやチューリップが咲き始めている。
4月4日。雨時々曇り。最低9度C。最高17度C。
午前10時。
橋爪大三郎・大澤真幸著『ふしぎなキリスト教』を読み終えた。作者がこのての本を読むのは暇つぶしのためなのだが、宗教に興味を持っている人なら読む価値はあるだろう。読み終えた後でも信じたいのなら信じればいいのだし。
さてさて、この本の内容で特に気になったのは「なぜ偶像を崇拝してはいけないのか」の項の「偶像崇拝がいけないのは、偶像だからではない。偶像をつくったのが人間だからです。人間が自分自身をあがめているというところが、偶像崇拝の最もいけない点です」という記述だ。
「人間がつくったものだから偶像を崇拝してはいけない」というのなら、十字架やイコン(キリスト、聖人、天使、聖書の重要な場面や教会史上のできごとなどを描いた絵)も崇拝してはいけないことになるのではないか? それどころか、聖書も神様自身が書いたものではないのだから「人間がつくったもの」であるはずだ。つまり、キリスト教などすべてが偶像なのである。
とはいえ、神道やヒンドゥー教の神々、そして大乗仏教の如来や菩薩も人間がつくったものだろうし、偶像崇拝を厳しく禁止しているイスラム教のクルアーン(コーラン)にしても、書いたのは人間であるはずだ。どんな宗教であれ、宗教である以上は偶像崇拝を禁止するのは自分の首を絞める行為にしかならないのではないか、と作者は思う。おそらく「偶像崇拝の禁止」とは「崇拝されては困る偶像を崇拝することを禁止する」という意味なんだろうな。
※作者がよく使う「クモの神様」は作者にとってあまりにも都合のいい偶然に対して、とりあえず考察を放棄するためだからそのつもりで。より多くのデータが集まれば「さほどまれな現象ではない」ということになるかもしれないしな。
午後2時。
スーパーの西側にいるゴミグモカップルは円網で待機していた。ただし、その円網には横糸がほとんど残っていない。
4月5日。雨のち曇り。最低17度C。最高22度C。
午前11時。
スーパーの西側ではゴミグモの2.5ミリちゃんだけが横糸を張っていた。しかし、体長5ミリほどの弱らせたアリを投げ込んでみても、円網の糸を弾くばかりで獲物に近寄ろうとしない。積極的に捕食するほど空腹ではないようだ。
なお、今の2.5ミリちゃんは4ミリちゃんとほとんど同じくらいの体長になっている。
4月6日。曇り時々晴れ。最低14度C。最高19度C。
午前10時。
スーパーの西側にいるゴミグモカップルは2匹とも横糸を張っていなかった。雨が降った様子はないし、気温も低くはない。ということはダイエットを始めたんだろう。円網を張るクモの場合はこれが一番効果的なわけだ。徘徊性のクモはどうしているのかわからないが。
うちのユウレイグモは玄関の隅の天井付近に移動していた。クモのためを思えば、小バエが発生するような環境を整えるべきなんだが……。〔あなたは人間よ。人間なのよ!〕
午後1時。
光源氏ポイントでオニグモの仲間のものらしい円網を新たに2枚見つけた。直径はどちらも約60センチ。体長10ミリから15ミリクラスの子たちが目覚め始めたようだ。
体長7ミリほどのゴミグモもいた。目覚めたばかりで十分な量のゴミを用意できていないらしくて、隠れ帯を付けている。おそらく、この子も目覚めたばかりなんだろう。
ルリチュウレンジも飛んでいた。
民家のブロック塀には体長20ミリほどのガがとまっていた。濃い茶褐色と白のまだら模様という見事な保護色なのだが、作者には通じないのだ。
「ブロック塀にとまったうぬが不覚よ」〔今時の子には通じないってば〕
午後3時。
堤防の内側ではソメイヨシノが見頃になっていた。桜の花を撮るのは意外に難しい。ヤマザクラなら谷を挟んで対岸から撮るのがいいのだが。
オオシマザクラも咲き始めていた。オオシマザクラも神奈川県湯河原町で撮影した大木以上の被写体には出会ったことがない。
4月7日。曇りのち雨。最低13度C。最高18度C。
午前10時。
うちのユウレイグモは水平方向に20センチくらい移動していた。うーん……不規則網は円網よりも糸の本数が多いので、その分余計にコストがかかる。そのため、円網を張る種よりは引っ越しをしたがらないと言われているらしんだが……。
もしかするとこの子は雄で、雌を求めてさまよっているのかもしれない。それなら不規則網を張る必要はないわけだ。ただし、あまり効率のいい探し方ではないような気もする。雌のフェロモンをキャッチするのには、一定方向に数メートル歩いて、90度方向を変えて1.5メートルくらい、そこから逆方向にまた数メートル戻るという面捜索パターンが有効であるはずだ(実際には障害物の存在も問題になるだろうが)。何だかわからんな。
スーパーの西側にいるゴミグモカップルは2匹とも横糸を張り替えていなかった。仲良しさんだなあ。
※食欲があるかないかを予想して獲物をあげているために、食欲をなくすタイミングが揃ってしまっているのかもしれない。
午前11時。
タンポポの花の上に体長7ミリほどのバッタの子虫がいた。黄色い花の上にいる緑色のバッタはよく目立つのだが、こういう状況はさほど珍しいものではない。何か明確な目的があってそこにいるという可能性もあるかなあ……。
4月8日。晴れ。最低4度C。最高18度C。
午前6時。
ゴミグモカップルは横糸を張っていなかった。日付が替わってからは晴れていたらしいから気温が低かったせいだろう。
午後1時。
ヤマザクラが見頃になりつつあるようだ。
光源氏ポイントに現れたゴミグモの7ミリちゃんは隠れ帯を小さくしていた。その円網に体長7ミリほどのアリを少し弱らせて~投げ込んだのだが、食べてくれない。うーん……休眠から覚めたばかりなら空腹のはずだと思ったんだけどなあ……。
ふと気が付くと、体長8ミリほどのアシナガグモの仲間がヘルメットからぶら下がっていた。連れて行くわけにもいかないので、近くの低木の枝に乗り移らせておく。
午後4時。
血圧は97と62だった。油断すると立ちくらみが出る。降圧剤を飲まなければ少しは楽になると思うのだが、作者は夜中に血圧が上昇する体質らしいのだ。
4月9日。晴れのち曇り。最低7度C。最高21度C。
午前1時。
サイクリングシューズの踵がだいぶすり減ってしまったので、室内トレーニング用にしていたシューズに換えた。
午前6時。
うちのユウレイグモは2日前よりも45センチくらい下の位置にいる。ヒメグモやクサグモよりも積極的に引っ越しをするタイプのようだ。不規則網は円網よりも糸の本数が多いので、引っ越しに伴うコストが大きいということになっているらしいんだが……糸の本数が少ないんだろうかなあ……。
午前10時。
ゴミグモカップルは横糸を張っていなかった。
午後1時。
堤防の内側ではスイバがだいぶ伸びていた。ちなみに赤い穂のように見えるのは雌花のつぼみで、雌株には直径2ミリほどの白い花が咲くようだ。
午後2時。
ツバメが1羽飛んでいた。
4月10日。雨時々曇り。最低15度C。最高19度C。
午前10時。
玄関先に体長12ミリほどのダンゴムシがひっくり返っていたので、マダラヒメグモの右前隅ちゃんの不規則網に落とし込んだ。「体長の3倍です!」という大型の獲物なのだが、難なく仕留めてしまうのがマダラヒメグモなのである。
うちのユウレイちゃんは動いていない。
ユウレイグモの仲間が狙っている獲物は何なのかが気になったので『クモ生理生態辞典2019(編集中)編集/池田博明』というサイトをひらいてみたのだが、「ユウレイグモ」の項に「不規則網の中に双し類が約100頭吊り下がっていた。その双し類を幼体が捕食していた。ユウレイグモのものかどうか不明〔新海K54〕」という記述しかなかった。確かにユウレイグモの仲間の細い体と長い脚で補食できる獲物というと、ショウジョウバエのような小型昆虫か、カのようにゆっくり飛ぶ軽い昆虫が正解になるかもしれない。
しかし、『クモ生理生態辞典2019』にはユウレイグモ科のクモが19種掲載されているのに、獲物に関する情報はこれだけしかない。クモの生態なんかに興味を持つ論文屋さんは少ないんだろうか? それとも論文屋さんそのものが少な過ぎて研究が間に合わないんだろうか? ああっと、池田博明が自分にとって都合のいい論文だけを選んで掲載しているという可能性もあるなあ。
午後11時。
ゴミグモカップルは横糸を張っていなかった。
スーパーの北側の壁にガガンボが2匹とまっていたので、1匹を捕まえて右奥ちゃんの不規則網に落とし込んだ。右奥ちゃんはやたら長い脚にとまどっている様子だったが、見ているうちにガガンボの胴にたどり着いて糸を投げかけ始めた。
ちなみにガガンボとは奈良時代の坊さんである雅岩に由来する名前である。雅岩はとても痩せていたので「雅岩坊さんのように痩せた虫」という意味で「ガガンボ」と呼ばれるようになったのらしい。〔嘘つくな!「蚊の母」という意味の「カガンボ」がなまったものだ〕
※ある程度クモに詳しい読者なら知っていると思うが、マダラヒメグモやオオヒメグモは基盤の上を歩く獲物を粘球糸で吊り上げるという狩りを行うとされている。作者があえて落とし込みを多用するのは。獲物を粘球糸まで誘導するのは手間がかかるからである。小型の節足動物なら、落とし込みでもだいたい2回に1回は引っかかるし、オンブバッタの後脚のようなまったく身動きしない「餌」であってもちゃんと食べてもらえるのだ。
4月11日。曇りのち晴れ。最低14度C。最高23度C。
午前6時。
ゴミグモカップルは今日も横糸を張っていない。何か悪い物を食べたんだろうか?〔「食べさせた」んだろ〕
いい物を食べたので腹ごなしをしているのかもしれない。
フェンスに円網を張っているオニグモ体型のクモを2匹見つけた。体長はそれぞれ6ミリほどと3ミリほどで、ホームポジションの位置で22センチくらいしか離れていないからカップルなのかもしれない。なお、残されているしおり糸を見ると、6ミリちゃんが引っ越してきたようだ。
ナメクジが数匹、舗装路を這っていた。
午後10時。
うちのユウレイちゃんの姿が見えない。またどこかへ引っ越したらしい。
午前11時。
玄関にいるマダラヒメグモ2匹は獲物を食べ終えたらしかった。
午後3時。
今日も光源氏ポイント周辺でゴミ拾いをした。カニの殻やトイレ用洗剤の空き容器が捨ててあるということは、先天性脳梅毒の犬食い猿がわざわざゴミを捨てに来ているということだな。猿は檻に入れるか鎖に繋いでおくべきだと思う。
午後4時。
人差し指の付け根辺りにストレスを感じるので、ブレーキレバーの取り付け角度を10度くらいハの字にしてみた。これくらいが正解のはずだ。
4月12日。晴れ。最低9度C。最高22度C。
午前1時。
ゴミグモの2.5ミリちゃんは縦糸の張り替えをしているところだった。夜明けまでには円網が完成するだろう。
4ミリちゃんは縦糸とゴミリボンしかない円網で脚を広げていた。ゴミグモは猫の香箱座りのように脚を揃えていることが多い。脚を広げているのは珍しいのだが……気温が比較的高いから放熱しやすい姿勢を取っているんだろうかねえ……。
ツツジの植え込みの下の地面にはいろいろなサイズのダンゴムシが群れていた。
午前5時。
ゴミグモの2.5ミリちゃんは直径10センチくらいの円網を完成させていた。
隣の4ミリちゃんは横糸を張っていない。そしてバリアーに相当する位置に糸が3本くらい張ってある。これがバリアーであるならば、それだけ食欲がないということになるわけだが……。
午前10時。
歩道の脇でカタバミが咲いていた。民家の庭ではムラサキカタバミやベニカタバミも咲き始めている。
糸を引いてぶら下がっていた黒っぽい何かが袖にとまった。一瞬クモかと思ったのだが、よく見ると体長10ミリほどの尺取り虫だった。まさに「尺取り虫に触る」である。〔「癪に障る」だ!〕
連れて帰るわけにもいかないので街路樹の幹にとまらせておく。
4月13日。晴れ時々曇り。最低11度C。最高23度C。
午前2時。
ゴミグモの2.5ミリちゃんは横糸を張り始めたところだった。
4ミリちゃんは断食を続けている。何がなんでも今はオトナになりたくないということらしい。
オニグモ体型の幼体カップルはいなくなっていた。この時期のオニグモの仲間の幼体は積極的に引っ越しをするようだ。
午前4時。
ゴミグモの2.5ミリちゃんの円網に昼間の内に冷蔵庫の中で力尽きていた体長10ミリほどのガを投げ込んだ。
なお、隣の4ミリちゃんも横糸を張っていた。仲良しカップルだねえ。
午後1時。
民家の納屋の庇の下で体長15ミリほどのオニグモが円網で待機していた。大型の個体ほど春の目覚めが遅くなるのである。
午後2時。
堤防の内側にキジのカップルがいた。
見上げると、トンビがカラスに追いかけられていた。カラスは命がけで巣を守らなければならないのに対して、トンビとしては体力の無駄は避けたいんだろうな。
今年もオドリコソウが咲き始めた。外来種のヒメオドリコソウがコーカソイドの女の子だとしたら、オドリコソウはオトナの日本女性というところである。
その近くにはムラサキケマンも咲いていた。
4月14日。晴れのち曇り。最低13度C。最高18度C。
午前10時。
アシナガバチの仲間が1匹飛んでいた。
※ウィキペディアの「アシナガバチ」のページには「巣を作り始める時期は4~5月頃である」「11月頃には働き蜂は全て死んでしまい、女王蜂だけが落ち葉の下や朽木の中で冬眠する」などと書いてある。つまり、この子は女王様で、これから1匹だけで最初の巣を作って産卵するんだろう。
ゴミグモカップルは円網を張り替えていたのだが、きょうは風が強いので、すでに横糸が埃だらけになっている。これでは獲物を投げ込んでもはね返されてしまうだろう。獲物をあげるのは横糸を張り終えた時がベストだな。
4月15日。曇りのち雨。最低13度C。最高21度C。
午前4時。
玄関の左前隅に体長3ミリほどのユウレイグモの仲間がいた。いったいどこから入り込んで来るのやら……。
午前10時。
ゴミグモカップルがきれいな円網を張っていたので、それぞれ体長5ミリほどの弱らせたアリを投げ込んだ。2匹とも積極的に捕食してくれたのだが、空腹だったのか、風が弱いので獲物の重さや暴れないことを正確に判断できただけなのかはわからない。
午前11時。
木造ガレージの近くに体長7ミリほどのゴミグモが2匹いた。円網の位置が接近しているから、この2匹もカップルなのかもしれない。
午後1時。
光源氏ポイントにいたナカムラオニグモはいなくなっていた。住居の近くに脱皮殻が残されているから、脱皮してから引っ越したんだろう。
その近くの矢印看板の裏には体長12ミリほどのオニグモ(多分)がいた。
午後2時。
ソメイヨシノはすっかり葉桜になってしまったが、代わりにピンク色の八重桜が見頃を迎えている。
ガードレールの曲がっている部分の内側にアシナガグモの仲間らしい体長10ミリほどのクモがいた。
午後3時。
ベニシジミが交尾していた。翅を広げて草の葉の上にとまっている雌の後翅の間に翅を閉じた雄が後ろ向きに入り込むという形になっているようだ。ただし、これがベニシジミの一般的な交尾姿勢なのかどうかはわからない。
獲物を食べている体長7ミリほどのコガタコガネグモらしいクモを見つけた。お尻の模様はすでにオトナと同じになっているが、この体長だと亜成体かもしれない。隠れ帯は向かって左上と右下に1本ずつ。
すぐ近くにもコガネグモの仲間の幼体らしい体長5ミリほどのクモがいた。お尻はアイボリーから濃い茶褐色までのグラデーションだから幼体だろう。隠れ帯は下側に2本。この2匹がカップルかどうかはまだわからない。
4月16日。雨のち晴れ。最低14度C。最高17度C。
午前10時。
曇り空だが、舗装路には水たまりが残っているし風も強い。
ゴミグモの2.5ミリちゃんは縦糸だけを張っていた。面白いことに、その真上からやや右寄りの縦糸だけが太くなっている。これで横糸を張ったらヤエンオニグモ型の隠れ帯になっていただろう。夜の間に雨が降ったのが原因だろうが、同じコガネグモ科のクモだから同じような行動をすることもあるのだろう。
4ミリちゃんは円網を完成させていた。
4月17日。晴れのち曇り。最低6度C。最高15度C。
午前1時。
以前、ヒメグモに緑色の血液(血リンパ)を持つ昆虫を食べさせると、お尻が緑色になるという実験をしたことがある。そして、今になって思い出したのだが、軟体動物(イカ・タコ・貝類など)の血液は青いのだ。脊椎動物の場合は酸素を運ぶのが鉄を核とするヘモグロビンであるのに対して、軟体動物は銅を核とするヘモシアニンが酸素を運んでいるということらしい。酸素と結合した銅は青い酸化銅になるので血液が青くなるのだそうだ。
というわけで、ヒメグモに新鮮な生のイカやタコを食べさせれば、青いお尻のヒメグモを観察することができる……かもしれない。残念ながら、今は作者の手の届くところにはヒメグモがいないのだが、興味がある方は実験してみて欲しい。〔イカやタコは水棲動物だし、ヒメグモの獲物としては大きすぎるだろ〕
ヒメグモサイズの切り身にすればいいんじゃないかと思う。
午前9時。
うちのユウレイちゃんBは動いた様子がない。どうなってるんだ?
シランが咲き始めている。見た目はきれいな花なんだが、酒を飲むと乱暴者になるんだろう。〔それは酒乱!〕
ゴミグモの2.5ミリちゃんは円網にヤエンオニグモ型の隠れ帯を付けていた。作者の予想もたまには当たるのだ。
午前11時。
光源氏ポイントにはゴミグモが6匹いた。一番大きい体長10ミリほどの子はホームポジションに隠れ帯を付けていたから休眠から覚めたばかりなんだろう。
大きい子は遅めに覚めるということにしておけば、オトナになるタイミングをある程度の範囲内に納めることができるわけだ。
4月18日。晴れ時々曇り。最低9度C。最高21度C。
午前10時。
ゴミグモの2.5ミリちゃんの円網にはヤエンオニグモ型の隠れ帯が付けられたままだった。ゴミグモの場合、切れてしまったりしない限りは縦糸を張り替えないのかもしれない。オニグモのように円網を毎日回収することもないしな。
なお、現在の2.5ミリちゃんの体長は4ミリほどになっている。この命名法もあまり適切ではないのかもしれない。かと言って、「ゴミグモBちゃん」とかだと、作者自身がどの子がAちゃんでどの子がBちゃんなのかわからなくなりそうなのだよなあ……。
2.5ミリちゃんの隣にいる4ミリちゃんの第一脚の間には黒くて丸いものがあった。近くのダイソーで買った老眼鏡を虫眼鏡代わりに使って拡大してみると、これは移精器官(触肢器官)のようだ。予想通り、この子は雄だったのらしい。積極的に獲物を食べようとしなかったのは隣にいる2.5ミリちゃんの成長に合わせるためだったのだな。これからは「ゴミグモの4ミリ君」と呼称しよう。
※念のために書いておくと、クモの生殖行為は雄が移精器官に吸い込んでおいた精液を雌の生殖孔に送り込むという形で行われるので「交接」という。ウィキペディアによると、生殖器を直接つなぎ合わせる生殖行為が「交尾」で、それ以外の方法によるものは「交接」だそうだ。
なお、『愛知県のトンボ』というサイトの「トンボの連結方法(+交尾)」のページには「トンボ目のオスは、交尾をする前に精子を腹部第2、3節にある副生殖器の蓄精囊に移します」中略。「続いて、オスがメスの前胸部をはさみ連結します」中略。「連結の状態から、メスが腹部を前方に曲げて、腹端にある生殖器をオスの副生殖器と結合し、交尾を行います」と書かれている。
つまり、「クモの雄の触肢も副生殖器である」と定義されていたら、クモも「交尾する」ということになっていたわけだ。クモの場合は雌も触肢を持っているので、そういうわけにもいかなかったんだろうけど。
午前11時。
飛んでいるアシナガバチを2匹見た。100メートルくらいしか離れていなかったから同じ個体かもしれない。
4月19日。晴れ時々曇り。最低11度C。最高22度C。
午前10時。
ゴミグモの4ミリ君は体長3ミリほどの飛行性昆虫を仕留めていた。
2.5ミリちゃんの円網には体長4ミリほどのアリを投げ込んだのだが、積極的に捕食する様子はなかった。
午前11時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんは体長3ミリほどの飛行性昆虫を仕留めたらしかった。
光源氏ポイントに生えている落葉広葉樹の葉に赤い虫こぶらしいものがいくつかできていた。もちろん緑色の虫こぶもある。
午後1時。
森の縁で薄紫色のフジが咲き始めていた。こういう色の花は撮りにくい。
トンビがカラスに追いかけられていた。この時期のカラスは強気なのである。生態学の世界ではこれを「カラストンビ」と呼称している。〔嘘つくな!〕
午後3時。
パンクした。クルミの殻を踏んでしまったようだ。集中力が低下している時に無理して走るとこういうことになるのである。
午後4時。
東京新聞の『〈青空〉自転車店主のとまどい』というサイトに「「ながらスマホ」や「無灯火」「併走」など比較的軽い違反も反則金の対象だ」という記述があった。
冗談じゃない! ながらスマホや無灯火は明らかに危険だ。併走も大迷惑だ。ちなみに「自転車 ながらスマホ 罰金」で検索してみたら「運転中にながらスマホをした場合は六ヶ月以下の懲役または10万円以下の罰金」「運転中のながらスマホにより交通事故などの交通の危険を生じさせた場合は1年以下の懲役または30万円以下の罰金」という説明が出てきたぞ。東京新聞の社員にはスマホを持った猿が多いんだろうか?
なお、作者は法を守ることよりも命を守ることを優先するべきだと思っている。したがって、ながらスマホや無灯火のような危険な行為や併走のような迷惑行為はやらない。
※念のために書いておくと、30万円というのはあくまでも罰金であって、被害者に対する賠償金は1億円以上になることも多いらしいからそのつもりで。
午後6時。
偶然たどり着いた疋田智の『芝浦自転車研究所』という動画サイトの「(1)浅い知識で勉強もせず、(2)勝手な思いつきで深く考察することもない、しかし(3)常に自信満々、エラそーに断言する、と、これこそが玉川発現の顕著な特徴なんですが……」というページに「つまり、無法自転車は無免許だからそうなるのではなく、免許を持っている人が自転車に乗るときだけ無法になる」だの、「世界のどこにも「自転車免許」なんてものはありません。➝では、なぜ日本にだけ必要なのか?➝日本は「自転車に免許が要るほどダメな国、法律を守らない国」じゃないでしょう」とか「日本一簡単ないわばバカでも通る試験(原付免許試験)よりも、さらに簡単な試験が「自転車免許」となるのでしょう。そんな免許はないのと同じです。ないのと同じ試験を課すのはただの無駄です」というテロップが出てきた。
何なんだ、これは? これこそ勝手な思いつきで、深く考察することもなく、自信満々でエラそーな断言ではないのか?
日本は自転車に免許が要るほどダメな国だし、法律を守らない国民も多いし、自転車免許が簡単な試験で取得できるようになると決まっているわけでもないはずだぞ。疋田智は生まれつきのバカなんじゃないか? あるいは無法者のテロリストなのかもしれない。
ちなみに作者は自転車免許は必要だと思う。日本では小学生ですら平気で道路交通法違反をしているのだから。
だいたい、「自転車対車の事故が起こった場合に、自転車の被害が圧倒的に大きいため、車の方により高い注意義務を課す」というのが間違っていると作者は思う。弱者は強者に殺されないように生きるのが当たり前だ。不注意で殺されたなら、それは殺される方が悪いのだ。また、自転車に乗った幼稚園児や小学生が法律違反をした上で事故を起こしたならば、それは親の責任でいいだろう。それがいやなら子どもなんか作らなければいいのだし。
問題は作者も含まれる年寄りの場合なんだが……明らかに自転車の側に過失があるのならば、死んでも自業自得という法律があってもいいかなあ……。
4月20日。晴れ時々曇り。最低11度C。最高20度C。
午前5時。
民家の庭でオダマキが咲いていた。
ゴミグモカップルは2匹ともきれいな円網を張っていた。
2.5ミリちゃんは縦糸から張り替えたらしくて、ヤエンオニグモ型の隠れ帯がなくなっている。体長15ミリほどの黒くて細い体型のハエの仲間を投げ込むと、ゴミグモとしては積極的に近寄ってきた。
体長10ミリほどのダンゴムシを捕まえたので、マダラヒメグモの右奥ちゃんの不規則網に落とし込んだ。
4月21日。晴れ一時雨。最低13度C。最高23度C。
午前10時。
雨が降っている。
民家のブロック塀で体長10ミリほどのクモがダンゴムシらしい獲物を食べていた。細めの体型だが、ユウレイグモのように脚が長いわけではないからアシナガグモの仲間だろう。
ゴミグモカップルは2匹とも横糸を張っていなかった。ただし、雨で切れてしまったという可能性もある。
4ミリ君は時々第一脚を蹴り出すような動作をしている。そこには雨水が溜まるはずだから、水をはじき飛ばしているのかもしれない。
4月22日。晴れのち曇り。最低6度C。最高24度C。
午前11時。
体長15ミリほどのクサカゲロウ(多分)を捕まえたので、うちのユウレイちゃんBの不規則網に落とし込んだ。「体長の3倍以上です!」という大型の獲物なのだが、素早く駆け寄ったユウレイちゃんBは第四脚を交互に使って、まず腹部側へ、続いて頭部側へ糸を巻きつけ、それから牙を打ち込んで休憩に入ったのだった。
というわけで、まだデータは少ないのだが、とりあえずの仮説として「ユウレイグモの仲間はカやカゲロウのようなゆっくり飛ぶ体重の軽い昆虫を狙うクモである」としておこう。根拠はその細い体型と、床面のやや上から天井近くまでの壁際に張る不規則網、「捕帯」とは言えないほど本数の少ない糸を獲物に巻きつけること、そしてダンゴムシのような重めで歩くタイプの獲物には全く反応しなかったことだ。これらの観察結果は「暴れなければどうということはない!」と考えていることを示唆していると思う。
もちろん、データが増えたら仮説を更新することもあり得る。小バエの類も捕食できるだろうと思うが……体長10ミリクラスの活きのいいハエをあげてみる必要があるかもしれないな。
なお、大型の獲物に対しては2回に分けて糸を巻きつけるという行動はオオヒメグモでも観察しているから、これは不規則網を張るクモの基本技術なのかもしれない。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんの不規則網に同じくらいの体長で細い体型のクモが侵入していた。何者なのかわからないし、何よりも右前隅ちゃんが追い出す様子がないので放っておく。
午後1時。
薄紫のフジの花が見頃を迎えつつある。当然、クマバチも飛びまわっているのだが、今年はフジの花にとまってくれたので、何とか1カットだけは撮影できた。とは言っても、お尻側からだが。
トンビが2羽のカラスに追いかけられていた。
「それでもトンビですか、軟弱者!」〔しなくてもいい争いは避けるタイプなんだろ〕
そして、カップルで追いかけるということは、この2羽のカラスはまだ抱卵してはいないのだろう。
午後3時。
カラスノエンドウにマメコガネが1匹とまっていた。
なお、今年はどういうわけか、アブラムシが現れない。
道路脇の花壇でネモフィラが咲いていたので撮影しておく。今日は曇っているので、ネモフィラの薄い青色やフジの薄紫を撮りやすい。そういう意味ではいい天気である。
午後4時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんの不規則網に入り込んでいたクモはいなくなっていた。
午後8時。
室内トレーニング専用にしているロードバイクのハンドル部分に体長5ミリほどのクモがいた。マダラヒメグモの右前隅ちゃんの不規則網に入り込んでいた子のような気もする。平面的な不規則網(?)を張っているようだ。少なくとも縦糸や横糸は見当たらない。
4月23日。曇りのち雨。最低11度C。最高20度C。
午前1時。
疋田智著『「自転車」はどこに向かうのか』(2026年発行)を読み終えた。
その中の「つべこべ言わず、とりあえずかぶろうぜ、自転車ヘルメット」の章の「ヘルメットで息子の命が助かった」の項には疋田の息子であるあきが交通事故に遭った話が載っている。
「……前歯が吹っ飛び、顎が4つのピースに砕けている」
「……舌が裂けて大量出血し、食道気道が詰まり、要するにそのまま放っておいたら死んでいた」のだそうだ。
その事故の状況は以下のようなものだったらしい。
「現場は片側1車線のバス通り」
「そこをあきはいつも通りまっすぐに進んでいった。すると、逆車線の駐車場から、いきなり大型のベンツがバックで出てきたという。後方確認もなく」
「加害車両が後方確認をしておらず、自転車の存在を認識していなかったことは、後にドライブレコーダーで確認した際に判明している」
中略。
「天気は雨だった。クルマはセンターラインを越えて逆車線に侵入。そこにあきの自転車が突っ込んだ形となった」のだそうだ。
クルマが飛びだしてきたということは道は空いていたんだろう。交通量が少ない時にクルマが飛びだしてくるのは当たり前だ。しかも自転車のシルエットは細いので見落とされやすい。自転車乗りは鉄の箱で守られているわけではないのだから、こういう状況ではクルマが飛びだしてくることを予想して備えていなければならないのである。雨で視界が悪いのならなおさらだ。ヘルメットさえ被っていれば、いくら事故ってもいいというものではあるまい。
ちなみに作者は、上下方向が狭く、左右方向に広い配光のライトをロードバイクのハンドルに水平に近い角度で取り付けている。これを昼間でも点滅モードで使うことで、脇道から出てくるクルマに注意を促すのだ(サドルバッグにも赤色の点滅ライトを付けている)。また、赤信号で停止する時には停止線を無視して横断歩道の手前で停めることにしているし、信号のない交差点を直進する時には路側帯から50センチくらいセンターライン寄りを走る。これらは左折車に巻き込まれないようにするためだ。
疋田は知らないだろうが、茨城県ではウインカーを出さずに右左折するクルマが多いし、直進するクルマが発進する前に右折してくるクルマも多い。したがって、道路交通法を守っていたりすると、一年に一度は殺されることになるのである。
ついでに書いておくと、作者はクルマに対して意思表示する必要がある時以外はハンドサインを出さない。出した場合でもカーブに入る前にはハンドルに戻してしまう。ロードバイクに限らず、自転車のながら運転は危険なのである。片方の車輪だけにブレーキをかけるとロックしやすいしな。
自転車乗りは弱者なのだから、法を守るよりも自分の命を守る事を優先するべきだと作者は思う。それが嫌ならクルマに乗るか、歩道を歩くかすればいいだろう。
※疋田は自転車博士を名乗っているのだが、自転車学の博士号をどこで取得したんだろう? 東京大学卒業後、東京都市大学で環境情報学の博士号を取得したことまでは調べられたんだが、どちらの大学にも自転車学科というものはなさそうなのである。
念のために「日本自転車学会」で検索しても何もヒットしなかった。疋田のは小学生レベルの自称博士なのかもしれない。
午前7時。
緑色のアブラムシが群れているカラスノエンドウを1株だけ見つけた。当たりの年と外れの年があるのかもしれない。
午前10時。
ゴミグモの4ミリちゃんは横糸を張り終えていた。
2.5ミリちゃんは縦糸しか張っていない。
4月24日。晴れ一時雨。最低11度C。最高17度C。
午前10時。
ゴミグモの2.5ミリちゃんは今日も横糸を張っていなかった。もしかすると、これは脱皮前の絶食なのかもしれない。ここで脱皮すれば、おそらく4ミリちゃんより大きくなるだろう。その点では予定通りである。
午前11時。
玄関のドアに体長5ミリほどのカがとまっていたので、ポリ袋で捕まえて、うちのユウレイちゃんBの不規則網に落とし込んだ。これもちゃんと不規則網に引っかかって、獲物に近寄ったユウレイちゃんBは第四脚を交互に使って糸を巻きつけ始めた。
※新海栄一著『日本のクモ』によると、ユウレイグモ科のクモの網は「シート状の不規則網」だそうだ。
午後7時。
『日経サイエンス』202606号に「小惑星「リュウグウ」に全核酸塩基」という記事が載っていた。「海洋研究開発機構(JAMSTEC)などの研究チームは、小惑星「リュウグウ」で採取されたサンプルを解析し、DNAとRNAの材料となる5種類すべての核酸塩基を検出することに成功した」のだそうだ。さらに「すでに全種類が検出されていた小惑星「ベンヌ」の結果と比較したところ、アンモニアの濃度に応じて核酸塩基の組成が変化していた可能性が高いことがわかった」とも書かれている。
これは困った。作者は、何を隠そう「核酸塩基も地球で生まれたに違いない」派だったのである。
「認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを」〔何を言うか、年寄りのくせに〕
202606号にはその他にも「牛も道具を使う」という記事もある。ペットとして飼育されている13歳の雌牛が、結果を予測してデッキブラシの持ち方と動かし方を変えるとか、ブラシ部分と柄の部分を使い分けているというのである。いやはや「牛は肉や乳を得るための道具」という考え方をしていたのでは気づけないよ、こんなのは。
さらに「静電気で着地」という記事には「ジャンプする寄生性の線虫」が負の電荷を帯びていて、羽ばたくことによって正の電荷を帯びた昆虫に引き寄せられるという記事もあった。確か、クモの円網が昆虫に引き寄せられるという話もあったはずだ。
この記事で素晴らしいのは「ショウジョウバエは飛んでいるときでないと自ら電気を発生しないので、オルテガ=ヒメネスは生きたショウジョウバエに銅線を通じて加える電圧を調整することで、空中の線虫に対する静電気の影響を検証した」という実験だ。観察しなければ発見はできないのだが、その発見を検証するのには実験が必要なのである。とは言っても「紫外線を反射する網の飾りは昆虫を誘引する」論文のように、観察もせずに実験をして、デタラメな論文を書くなんてのは論外だがね。
その次のページには「小鳥を食べていたコウモリ」という記事もあった。通常は甲虫や蛾などの昆虫を食べているヨーロッパヤマコウモリという欧州で最大級のコウモリが、渡り鳥のヨーロッパコマドリを捕食したのだそうだ。説明がよくわからないのだが、この小鳥は「春と秋の渡りの時期、昼間ではなく夜に活動する」のらしい。沖縄産のオオジョロウグモの円網には鳥がかかることもあるそうだから、捕食者は食える獲物は食うのだろう。
4月25日。晴れ。最低8度C。最高17度C。
午前1時。
玄関先に体長15ミリほどのワラジムシがいたので、マダラヒメグモの右奥ちゃんの不規則網に落とし込んだ……のだが、逃げられてしまった。この時期にはまだ、ちゃんとした不規則網を張っていないということもあるんだろうが、ワラジムシはダンゴムシよりも速く歩くタイプの獲物なので、その分仕留めにくいのかもしれない。
ワラジムシは壁伝いに移動して右前隅ちゃんの不規則網に入り込み、いったんは吊り上げられたのだが、またコンクリート面に落ちてしまう。
コンクリート面まで降りてワラジムシに取り付いた右前隅ちゃんは、なんとかワラジムシを吊り上げることに成功したのだった。マダラヒメグモの獲物はダンゴムシに限るな。
午前3時。
マダラヒメグモの右奥ちゃんの不規則網に体長10ミリほどのダンゴムシを落とし込んだ。
うちのユウレイちゃんBはカを食べ終えたらしかった。お尻が少しだけ太くなったようだ。
午前10時。
室内トレーニング専用にしているロードバイクのハンドルに居着いていたクモは引っ越したようだ。
ゴミグモの2.5ミリちゃんは今日も横糸を張っていなかった。食べ過ぎていることに気が付いてしまったということならいいんだが……。
午後1時。
舗装路脇のマーガレットが見頃を迎えつつある。
光源氏ポイントにいるゴミグモは1匹だけになっていた。休眠から覚めた後、十分な量の獲物を食べたので約束の地を目指して旅立ったんだろう。
午後4時。
うちのユウレイちゃんBはカを食べていた。食休みをしていただけだったようだ。
4月26日。晴れのち曇り。最低7度C。最高20度C。
午前10時。
お尻が太くなったうちのユウレイちゃんBを撮影した。
ゴミグモの2.5ミリちゃんは今日も横糸を張っていない。何か悪いものでも食べたんだろうか?〔お前が食べさせたんだろが!〕
隣の4ミリちゃんは開いた本のように折れ曲がった円網を張っている。2.5ミリちゃんの成長に合わせるために、あえて獲物がかかりにくい円網にしているようにも見える。近くに雌がいなかったゴミグモの雄たちはもっと積極的だったしな。
午後1時。
光源氏ポイント付近にいるゴミグモは2匹だけになっていた。ゴミグモの幼体が黒くなるのはよくあることなんだが、いまだに黒くなることにどういうメリットがあるのかわからない。
※ゴミグモの雄はオトナになると黒くて細い体型に変わる。この黒い色素が幼体のうちから体内に存在していて、それが時々外骨格の表面近くに移動することによって黒く見えるようになるという可能性はあるかもしれない。
午後3時。
広葉樹の枯れ葉2枚で包まれたナガコガネグモの卵のうを拾った。出のう済みだとは思うが、5月末まではベランダに吊しておこうと思う。
ガードレールの曲がっている部分の内側に体長7ミリほどのコガネグモの仲間がいた。お尻はすでに黄色と黒の横帯模様になっているからコガタコガネグモの幼体だろう。円網に隠れ帯はなかったので、体長5ミリほどのアリを1匹投げ込んでおく。
午後4時。
うちのユウレイちゃんBはクサカゲロウとカの食べかすをコンクリート面に落としていた。これはわかりやすい。
4月27日。雨のち晴れ。最低13度C。最高17度C。
午前4時。
もう雨が降り始めている。今日は午後7時頃まで雨らしい。
4月28日。晴れ時々曇り。最低8度C。最高25度C。
午前6時。
うちのユウレイちゃんBの不規則網に体長2ミリほどの緑色のアブラムシ(翅なしタイプ)を落とし込んでみた。ユウレイちゃんBは何かが網にかかったことに気付いたのだが、近寄ったり離れたりしている。アブラムシはほとんど暴れないので「獲物である」という確信が持てなかったのかもしれない。糸を巻きつけ始めるまでに数分かかっていた。
翅付きのアブラムシも試してみたいものだな。
午前10時。
ゴミグモの2. 5ミリちゃんのゴミリボンから脱皮殻がぶら下がっていた。時間はかかったが、すべては死海文書の記述通りに進行しているようだ。
午後1時。
スズメバチが1匹飛んでいた。ちょうど作者の頭の高さだ。やだなあ。
午後4時。
今年初のまどいを2個観察した。どちらもジョロウグモの子グモたちだと思う。今年は暖かい日が多かったので、ジョロウグモの出のうも早くなるだろうと思っていたら大当たりだ。
2個のまどいはそれぞれ広葉樹の幹の南側と北側にあるのだが、兄弟姉妹かどうかはわからない。そして、どちらのまどいも平面的に密集している。今日は気温が高いので、団子状にならない方が体温を高く保つのに都合がいいということなんだろう。なお、南側のまどいの周辺部には白っぽい個体が数匹いるから、脱皮を始めているのかもしれない。
※木の幹の温度は周囲の気温よりも高いのかもしれない。その場合は、すべての子グモが木の幹に密着していた方が体温を上げやすくなる可能性があるはずだ。
午後5時。
今日は早めに走り出したので100キロ走れてしまった。背筋と尻が痛い。
その上、ハンドルを下げたせいでバーテープが緩んでしまった。みっともないので巻き直すことにする。理論的には、ワイヤー類の長さを最適化すれば緩まなくなるはずなのだが、ワイヤー4本を張り直す気にもなれん。適当にごまかしておく。
午後11時。
コンビニのガラス面にとまっていた体長4ミリほどのカのような体型の昆虫を捕まえたので、うちのユウレイちゃんBの不規則網に落とし込んだところ、ユウレイちゃんBはすぐに飛びついて糸を巻きつけ始めた。やはり、ユウレイちゃんBの狙いはゆっくり飛ぶタイプのハエ目昆虫であるようだ。他のユウレイグモの仲間はどうなのかわからないが。
4月29日。曇り一時雨。最低13度C。最高18度C。
午前5時。
体長4ミリ弱ほどの成長したゴミグモの2.5ミリちゃんが横糸を張っていたので、そこらで捕まえた体長7ミリほどのワラジムシを投げ込んでみた。
「体長の2倍です!」という大型の獲物だし、風で円網が揺れるので、安全確認をしながら慎重に近寄っていく2.5ミリちゃんだった。
午後6時。
今日は雨が降ったり止んだりで気温も低いので、サイクリングする気になれない。しょうがないから、滝沢志郎著『咲良は上手に説明したい!』(2026年発行)の話をしよう。これはヒロインの咲良がテクニカルライターとして成長していくというお話である。
テクニカルライターというのは、取り扱い説明書のように、積極的に読んではもらえないが、読んでもらわないと困ることを「わかりやすく、正確に」伝えるための文書を作る人たちのことらしい。この本にはJRが止まった時に使うべき私鉄路線やバスなどの案内、ゴミの分別の指示、AEDを使って救命処置をする場合の手順(女性に対する処置も含む)、ベビーカーの安全な使い方、子ども向けドローンの説明書などが出てくるのだが、これらがすべて簡潔で、しかも実にわかりやすいのである。手元にある本でいうと、川瀬七緒著『法医昆虫学捜査官』シリーズの対極にある小説であると言えよう。
なお、『法医昆虫学捜査官』シリーズは面白くないというわけではないのだが(面白くなかったら捨てている)、複数の登場人物が、それぞれ行き止まりの多い迷路をさまよい歩きながら事件の解決に向かっていくというような展開は疲れるのだ。
ああっと、『咲良は上手に説明したい!』の主要登場人物は全員女性だというのもいいのだろうなあ。〔……女好きめ〕
そして「わかりやすく、正確に」というのは論文を書く場合にも大事な要素であるような気がする。逆に正確に理解されては困る論文なら、わざとわかりにくくして、正しくない理解へ誘導するような書き方をすることもできるだろうしな(クモの生態学の世界には3回くらい読み返すと「これは嘘だ」とわかる論文が多いのである)。
4月30日。曇りのち雨。最低12度C。最高16度C。
午前10時。
ゴミグモの2.5ミリちゃんが円網を張っていた。まったくもう……昨日ワラジムシを食べたばかりだというのに……。〔そんなこともあるさ、ゴミグモだもの〕
なお、今の2.5ミリちゃんは体長だけなら4ミリ君と同じくらいまで成長している。お尻はやや細めだが。
午後1時。
4月26日に見つけたコガタコガネグモ(多分)はホームポジションの下側にフルサイズとハーフサイズの隠れ帯を1本ずつ付けていた。
その近くには同種で少し小柄なクモが居着いていた。この2匹はカップルなのかもしれない。
午後4時。
4月28日にジョロウグモのまどい(多分)を見つけた落葉広葉樹の幹には新たなまどいが4個できていた。小さなまどいと大きなまどいがセットになっていて、それが3組ということになっているようだ。
なお、この木の幹は根元の部分で3本に分かれ、そのうちの1本がさらに4本に分かれているので、1本の幹には1組のまどいしか取り付いていない。
そして、小さなまどいの大きさ(この場合は面積)はわずかな差しかないのに対して、大きなまどいは大きさのばらつきが大きい。これは、前の年に母親が生きていた環境を受け継ぐことを許されているエリートと、一か八かで生息域を広げる役目を与えられているその他大勢の鉄砲玉がいるという説明ができると思う。
※この平面的なまどいは「せんべい型まどい」と呼称しようと思う。もちろん、ゆがんだ球形のまどいは「お団子型まどい」だ。
午後4時。
堤防の上で小さな羽虫が飛び始めた。このサイズの羽虫は気温10度Cから14度Cくらいの範囲なら飛ぶようだ(晴れているか曇っているかも影響するだろうが)。
午後5時。
今日も光源氏ポイント周辺でゴミ拾いしたのだが、その中にオチバゴキブリが1匹紛れ込んでいた。今さら光源氏ポイントまで戻る気にもなれないので、マダラヒメグモの右前隅ちゃんの不規則網に落とし込んであげる。ちょっと食べさせすぎだとは思うんだが……。
5月1日。雨時々曇り。最低14度C。最高22度C。
午後4時。
『「高血圧の原因は脳だった!」常識崩壊…呼吸中枢が血圧を支配していた衝撃』というニュース(?)を見つけた。
「ニュージーランドオークランド大学の研究チームは、脳幹内で呼吸を調整する小さな領域が血圧上昇を引き起こす中心的なスイッチの役割を果たすという事実を明らかにした」のだそうだ。
「脳に存在する「外側顔周辺領域(Lateral Parafacial Region)」が高血圧と関連する部位だと発見した」
中略。
「この領域は笑ったり、運動したり、咳をしたりする時に私たちが息を吐くように活性化される」ということらしい。
うーん……この記事が正しいと仮定すると、咳はともかく、笑わず、運動もしなければ血圧が下がるということになるわけだが……。作者の場合は必要以上に運動すると血圧が20から30ミリ水銀くらいは低下するし、空気の薄い高山用の呼吸(腹筋を積極的に使った深い呼吸)をしても低下することがわかっている。逆に医院の待合室で2時間以上も座っていると血圧が上がるし、夜中に目が覚めた時に血圧を測ると160から170だったりもする。呼吸が血圧に影響するのは間違いないのだが、生物の場合は数学のように正解はただ一つということにはならないことが多いから注意が必要なのである。
なお、大手の製薬会社は今、それぞれの患者の体質に合わせたセミオーダーの治療薬を製造する方向へ向かっているそうだ。何十年か後には、作者のような標準的ではない患者用の降圧剤も開発されるかもしれないね。
5月2日。晴れ一時雨。最低12度C。最高27度C。
午前2時。
うちのユウレイちゃんBが住居から5センチくらい出ていた。脚が明らかに長くなって、逆にお尻は細くなったようだから脱皮したんだろう。ユウレイグモ向きの獲物を捕まえるのは大変なんだけどなあ……。
午前10時。
ゴミグモの2.5ミリちゃんに体長5ミリほどのアリをあげた。積極的に捕食してもらえるのはうれしいものだ。
4ミリ君は今日も横糸を張っていない。脱皮するつもりなのかもしれない。
うちのユウレイちゃんBの不規則網に体長4ミリほどのアリを落とし込んだ。諦めるのを予想していたのだが、獲物に駆け寄ったユウレイちゃんBは糸を巻きつけ始めた。またハズレだ。
「そんなこともあるさ、ユウレイグモだもの」
ユウレイちゃんBは、獲物の上方左右に置いた第一脚2本と自身の後方に伸ばした第二脚2本で体を支え、第四脚を交互に使って糸を巻きつけている。そこまではいいとして、獲物の上辺りに頭胸部を近づけるような動作を繰り返しているのは何なんだろう? 獲物に牙を打ち込んでいるわけではないから、不規則網の糸を切っているのかもしれない。おそらく、長すぎる第四脚で糸を巻きつける時には不規則網の糸がじゃまになる場合があるのではないかと思う。
脚が長すぎるのなら短くする方向へ進化すればいいじゃないかとも思うのだが、ユウレイグモ科の伝統芸であるブレイクダンス(危険を感じた場合に円、または楕円を描くように激しく体を振る行動)がやりにくくなるのかもしれない。芸のためなら、ためらうことなく不規則網の糸を切ってしまう。その思い切りの良さはカッポレである。〔「天晴れ」だ! そもそも今時の子は知らないぞ、カッポレも天晴れも〕
午後1時。
光源氏ポイントの近くの落葉広葉樹には小さなまどいと大きなまどいが2個ずつ残っていた。ということは、この子たちも明日か明後日には分散していくのかもしれない。
舗装路脇で体長300ミリ弱くらいのイタチが死んでいた。合掌。
5月3日。曇りのち雨。最低12度C。最高23度C。
午前9時。
久しぶりに鏡を見たら、また髪の毛が薄くなっていた。
古い毛や
新たな毛など
生えもせず
薄くなりたる
髪ぞ悲しき 〔短歌にするようなテーマか?〕
午前10時。
ゴミグモの2.5ミリちゃんが円網を張り替えていた。
4ミリちゃんは今日も横糸を張っていない。
午前11時。
台所のシンクの脇に1.5ミリほどのゴミが付いていたので、指でツンツンしてみたら、糸を引いて15センチくらい下までぶら下がった。どこからかクモの幼体が入り込んでいたのらしい。
午後1時。
田植えが始まっていた。
光源氏ポイントの近くの落葉広葉樹の幹にまどいが6個できていた……と思ったのだが、どうもおかしい。そこで横方向から見てみると、なんと触角がうごめいているではないか! 脚も6本で、第三脚……もとい、後脚も長い。この子たちはおそらく、バッタの仲間の子虫だ。〔迂闊だぞ、作者ぁ!〕
いやいや、ここはポジティブに考えよう。無変態の陸棲節足動物であるクモの幼体も不完全変態のバッタの子虫も密集するのなら、古いタイプの節足動物の幼体が群れることには何か共通の目的があると言えるのではあるまいか?〔そういうのは普通、負け惜しみと言うんだぞ〕
この広葉樹の樹皮に付いているイラガの繭の殻の横には体長15ミリほどのオニグモ(多分)がうずくまっていた。お尻は三角形で背面が凹んでいるから、休眠から覚めたばかりの子だろう。
森の中では体長12ミリほどのゴミグモが隠れ帯付きの円網を張っていた。ゴミリボンがないということは、この子も目覚めたばかりなんだろう。その円網にオチバゴキブリを1匹投げ込んだのだが、この子は獲物に近寄って何回か糸を弾いただけでホームポジションに戻ってしまった。ゴミグモは慎重なタイプのクモなのである。
そして、オニグモであれ、ゴミグモであれ、大型の個体ほど休眠から覚めるのが遅くなるのは間違いないようだ。作者はこのことに対して「体内に蓄えられる栄養の量の差」や「その体格向きの獲物の多さ」で説明できると思っていたのだが、これは「オトナになる時期を揃える」という面で有効であるのかもしれない。小さな幼体はオトナになるまでにより長い時間がかかるので、より早く休眠から覚める。それに対して、オトナに近い個体はより遅くスタートすれば、より多くのオトナが同じ時期に現れることになるだろう。良くできたシステムである。
このゴミグモの近くには体長1.5ミリほどのウズグモの仲間の幼体も円網を張っていた。クモは小さいのだが、渦巻き型の隠れ帯は目立つので見つけやすいのだ。
午後2時。
ガードレールの内側にいるコガタコガネグモのカップル(多分)は2匹ともX字形の隠れ帯を付けていた。体長7ミリほどの子は横糸を張っていないから近いうちに脱皮するかもしれない。
5月4日。雨のち晴れ。最低18度C。最高25度C。
午前1時。
うちのユウレイちゃんBはアリを食べ終えていた。その少し膨らんだお尻はやや黒っぽくなっている。逆に空腹の時には半透明な白いお尻なのである。このはかなげな色合いは、いかにも「ユウレイ」という感じだ。
5月5日。晴れ。最低10度C。最高22度C。
午前5時。
うちのユウレイちゃんBは住居から2センチくらい出ていた。食欲があるというわけだ。実にわかりやすい。
マダラヒメグモ2匹は住居にこもっている。右前隅ちゃんは産卵してもおかしくないくらい大きなお尻になっているのだが、この子の場合は、獲物が豊富な時期に子グモたちが出のうできるように産卵を遅らせているという可能性もあるかもしれない。
午前6時。
ゴミグモの2.5ミリちゃんは2日前よりやや大きめの円網を張っていた。そこで体長7ミリほどのワラジムシを投げ込むと、獲物に近寄った2.5ミリちゃんは脚先でチョンチョンとつついてから捕帯を巻きつけ始めた。
「暴れなければどうということはない!」のだが、「まったく暴れないと獲物かどうかわからない!」のである。おそらく、カや小型のハエのようなか弱い昆虫が理想的な獲物なんだろう。今時の街中ではカやハエがほとんどいないのだが。
4ミリ君は今日も横糸を張っていなかった。
午前11時。
眠くてたまらん。眠い時期に入ってしまったようだ。今の作者は天気に関係なく、眠い日と眠れない日が交互にやってくるのである。困ったものだ。
この状態でロードバイクに乗るのは危険なので、とりあえず寝る。
クモをつつくような話 2026 その2に続く




