6.距離
「アヤカを通して見た世界は一体どういう風に見えるんだろう」
あれから私は仕事をしている時にそんなことを考えるようになっていた。近くに居るはずなのにどこか遠くに感じるアヤカの存在。日増しに彼のことが気になっていくのを感じていた。
とりあえず何となく気になったので彼が読んでいるのが何の本なのかを見ることにした。私の部屋には沢山の本が有る。
流石に気になったのかアヤカも聞いて来た。
「・・・美香は読書が好きなのかい?」
最初に言っておくとそこまで好きではない。なんでこんなに有るのかと言えば私は学生時代から社会人時代まで何というか出張のようなことが多く、家に居ることがあまりなかった。
で、今ならスマホ一台あれば何でも見れるし楽しめる時代ではあるのだけれど、どうしても駅の構内とか、たまたま宿泊したビジネスホテルの隣にある小さな本屋に置かれているようなそんな本が気になっては購入を繰り返していた。
結局気が付いたら部屋に本棚を買ってそこに本を納めることになる。
凄く流行った本もあれば誰も手にしないような哲学書。それから学術書。図鑑まであったりするし、そうかと思えば隣に漫画が置いてあったりする。
整理整頓が好きな人から見たら「なにこれ?」と一言声が漏れそうな見た目ではあるが、幸い私の部屋にやってくる人はアヤカも含めて変わっている人が多いせいか、言われたことは無い。
アヤカの隣に積み上げられた本。・・・物語が多いかな?こういうお話みたいなのが好きなのだろうか。本を読むアヤカを見て有ることを思い出した。
「そういえば言葉とかを覚えたのは本だっけか」
最初出会った時、彼はしゃべらなかった。そこから徐々に覚えていったとのことだったのだが、もうすでに私と会話が出来ているように感じるのだけれど、それでも彼は本を読むことをやめなかった。
「視線を同じにしてみる」
と思いつた私は彼の近くに顔をやって、同じ目線になって本を見た。その様子に最初は彼もびっくりしたのかもしれないが、何も言わずそのままページを進めていく。
彼が私の元にやってきて一か月が経過した。相変わらず彼の目的はよくわからないし、私の体にも思考にも特にこれと言った何かが起きることも無いのだけれど、私としては、まあ不思議な相手ではあるものの、話し相手というかそういうのが増えた感じがしていた。
「ペットを飼うってのはこういう気持ちなのだろうか」
実のところ私は人生においてペットを飼ったことがない。・・・いや、あるな。金魚とかは飼ったことはある。
そんなことを考えているとアヤカは読んでいた本を置き、私に近づいて来た。
「・・・今日、やらなければいけないことがあるのだけれど、協力してくれないか?」
突然なんか言い始めた。これについて教えて欲しい、って言うのは何度か聞いたけれど、協力して欲しいとはじめて言われた。まあ、断る理由も特にないので「それ私に出来ること?」とわりとありがちな言葉を投げかけてみる。
「うん。僕がプランターに種を1つ蒔くから美香と水を適当にあげて欲しい」
「私はどうすりゃいいのよ」
「まぁまぁ」
ガラガラと音を立てながらベランダの窓を開け、一応私が先に顔を出して周囲を確認した。時刻は夕方。近所の人は夕食の用意をしているのだろうか、そういう音が聞こえてくる。
別段アヤカの事を見られたところで困ることはない。・・・ないのだろうか、珍しい生き物ではあることは確かで、多分この手のドラゴンってやつは世界でここにしかいないと思うし。
そんな心配をよそにアヤカは窓枠に足をかけ、そのままプランターを前にした。
「美香、ちょっとこっちに頭を寄せて。手が届かないから」
「頭?」
私は足に力を入れて、仕方なさそうにアヤカに頭を合わせると、彼は左手をおでこに当てる。相変わらず触られた感覚の無い感覚がするわけなのだけれど。そしてしばらくじっとしたまま動かない。
すると、次第にアヤカの右手に何やら集まってきているのが見えるようになってきた。
「・・・なんだろうか」
青白い輝きである。という表現が適切なのかもしれない。実態はない感じがする。まるで煙のような感じで少し風が吹けば飛んでいきそうな存在。
そしてそれは次第にアヤカの手から降りると、土の上に辿り着き、中に消えて行った。
「よしよし、出来た。よかった」
アヤカは安心した声をだす。どことなく緊張していたのかもしれないけれど、彼のそんな言葉を初めて聞いて私は何だか期待に胸が膨らんだ。
「美香、水をあげてくれる?量は適当でいいから」
そう言われたので適当に空いているペットボトルに水を入れてきてプランターにかけた。
「これでいい?」
私が聞くとアヤカは満足げな顔をして頷き「少ししたら出てくるから」とだけ言ってまた部屋に戻ることになった。




