9.きっかけ
「この後、少しだけやってもらいたいことがある」
そうツグミは私とアヤカに言う。やってもらいたいことをするためには準備が必要。とのことでそれにはしばらく時間が掛かるらしい。
「しばらく館内を観光してきて欲しい。それと、中庭には軽食のとれる小洒落たカフェがある。言ってみたらどうかね」
アヤカに渡したのは数枚の硬貨。多分きっとここの通貨なのだろう、見たことも無い花の模様、そして何よりも銀貨のようだった。
「わかりました」
とアヤカはツグミに返事をすると私たちは部屋を出て館内を歩くことにした。
「ものすごい量の本の数、きっと一生かかっても読み切れない」
館内を歩きながら私は呟いた。
「・・・そうですね、これだけの量ですから」
2人とも言葉が上手く出てこなかった。目の前にあるのは「壁が有ればそこは本棚にする」と言わんばかりに置かれている本の量。その景色をどう表現したらいいのか湧かないくらいに圧倒的だった。
棚に入っている本は大小さまざまでは有るモノの、きちんと色分けはされていて、まるでグラデーションを作っているように見える。
「この外っていうか、廊下とか以外にもドアが色んな所にあるってことはその中にも置かれているってことでしょ?」
「そうだと思います」
しばらく歩き、ツグミに言われた通り私たちは中庭を目指した。
階段を上がり、2階、3階と階を重ねていくと5階に辿り着いた。少し開けた場所に出るとカフェの看板を見つけ、その矢印が指し示している方へ向かうと確かにツグミが言っていた通りの小洒落カフェが姿を現す。
「そういえば、ここに来るきっかけになったのが求め合う指針だったんだよね」
「・・・はい、そうですね」
カフェに向かう矢印を見た時、私はアヤカに見せられた求め合う指針の事を思い出していた。最初見せられた時は「そんなものがあるのか」とも思ったけれど、こうしてこの場所に居るということはそれが導いたということになる。
「知らない事ばかり」
古い木でできたドアを開けるとそこは、空中庭園のような作りになっている。5階にあるというのに土があって、草木が生い茂り、花の香がしてきた。
庭園の構造は大きなバケツのような形をしていて、上を見上げると空が見える。そこはまるで大きな植木鉢の中に居るよう。そしてその中央にカフェっぽいモノが見えた。
私とアヤカはお店のドアを開け、カフェの店員に話しかけると、男性の店員は笑顔で席に案内してくれた。
「おすすめは、このサンドウィッチです」
と言いながらメニュー表を渡してくる。
「・・・じゃあそれを2人前と、おすすめの飲み物も添えてくださいな」
「かしこまりました」
丁寧にお辞儀をすると店員はキッチンに入っていった。中でなにやら話している声が聞こえてくる。きっと中にシェフ的な人が居るのだろう。
「あの・・・」
アヤカは何か申し訳なさそうな顔をして下を向いている。・・・何となく察した私は机の上に置かれていた飾られたリースを手に取りながら話しかけた。
「・・・思っていたよりも早かった。よかったよ、アヤカにツバサを渡すことが出来て」
「そのことなのですが・・・」
私はアヤカが何を考えているのか。それは多分きっと、私がツグミに渡された白い紙に何を描けばいいのかということに対して悩んでいた事。そのことに関して、アヤカは自分で私に「何を描けばいいか」ということを教えてしまったことになる。
それが何となく、アヤカにとって「申し訳なかった」のかもしれない。
「・・・何を描けばいいかっていうのを教えてくれたと思ってる?」
「はい」
「まあこれは少しだけ、この世界のアヤカは知っているはずもないのだけれど、リンリンの家で紫色の本をペンで描いている時、別の世界でも紫の本が出てきたことを思い出して、それで何となくそうじゃないかって言うのは頭の中にあったの」
「そうなんですか・・・」
「うん。だから私は〝自分の事を〟あの白い紙に描けばいいんじゃないか。って言う考えはなんかあったんだよね。・・・で、結局自分の名前を描くことになったんだけど」
私はリースを持ちあげながらアヤカを見た。
「名前って言うのは、自分という人生の物語。その物語のタイトルみたいなもの。だから・・・同じことを描いたってこと。もっともよりシンプルな方を私が選んだだけのことだよ」
アヤカは少しだけ顔をあげてくれた。私はそれを見て少しだけ安心していると食器を運んでくる音が聞こえ、振り返るとそこにはカフェ自慢のサンドイッチと冷たい紅茶が運ばれてきていた。




