8.記憶
お茶を入れましょう。といってツグミは部屋を出ていき、3人分のコップと冷えたお茶の入ったボトルを持ってきてくれた。丁寧にコップには氷が入っていた。
「で早速だけど、この図書館の役割は一体何なのかってところからだけど」
確かにこのままでは私はもちろんのこと、アヤカが何をするのかも分からない。だから説明してもらえるのはありがたいわけなのだが、その話は私に分かることなのだろうか。
「この図書館の役割、それは記憶を重ねて置いておく場所、そして必要だと思った時、それを送り出す場所。いわば記憶の保管庫」
ツグミは窓の外を指さした。
「師という名の付く職業に就いている人・・・美香やリンリンのようなね。そういう人たちはこの運び屋イーグルで作ったものをやり取りしてるでしょ?」
「はい」
「イーグルはここにやってくる。・・・もっとも、世界がまだ1つだった時、ここはもっと人に近い場所にあった。だけど、人目のつかない場所。もっと言えば人があんまり来れない場所になった」
ツグミが言うには特段、意図的に遠ざけようとしてそうなったわけではないらしい。どちらかと言うと離れていったのは人の方。
その理由として的確なものとして示すため、ツグミはポケットから袋を取り出した。布で出来ている袋。中身を取り出すと何か土っぽいモノが入っていた。
「これはね、植物の種」
「種?」
それが何の植物の種なのかは私には分からなかった。
「この種が何なのかはさして重要な事じゃなく、これは土に植えると芽を出し、花を咲かれ、そして果実を実らせるということは知っていると思う」
「でも、いつの時からかある〝ささやき〟のようなものが生まれた」
「ささやき・・・」
私にはそれが何のことを示しているのか、この時は理解できなかった。
「そう、ささやき。それは言ってしまえば花や果実に意味や価値を付けるというもの。・・・簡単に言えば、どんな色の花が咲くの?とかどのくらいの果実をつけるの?とか」
「それが単なる子供が持つような疑問、質問なら全然問題ないのだけれど」
「やがてしばらくすると、意味や価値が有るとささやかれるモノだけが並ぶ場所が出来上がる。でもそれがダメとか、いけないとかそういう話をしたいわけじゃない」
ツグミは1つの種を見つめていた。
「それから時間が経過した、ということ。すると、ささやきは〝当然の常識〟へ。花や果実は〝その前〟を知らない人たちに届くようになる」
何となく言いたいことが分かった気がした。
「前を知らない、ということは当然、後ろを知ることも出来ない。というか後ろが有ることすら想像の外側に置かれていく」
「とすると」
ツグミは机の上に置いてあったコップを持ちあげた。
「美香とアヤカの関係性は、自然と距離を離していくことになる」
「別の世界ではもう、私、ツグミやアヤカのことを見る事は出来ても会話をすることは・・・その、過去のモノになってる」
「過去のモノ・・・ですか」
アヤカはツグミの話をじっと聞いていた。
「そう、だけど、この世界はまだあなたたちのような師と呼ばれる職業が存在し、その職を通じて私達とも会話できる。のであれば、それを記憶しておくことになる。それが次の世界、次の世代に行くために使うモノだから」
ツグミは窓に留まっているイーグルを指さす。
「彼らが運んでくるモノには私達が関わっている。それは美香が良く知っていると思うけど」
「はい」
「それらは一度ここへ運ばれてくる。そして私達のような図書館の館員によって観察される。・・・別に深い意味は無い。無いし、それをどうこうしようって言う話でもない」
「・・・ただ観察するだけですか?」
「そう記憶として私達は見る」
「記憶・・・」
「そう、記憶が書き留められて積み重ねられていく。それがこの図書館の役割でもあり、その中に収められているモノを次へ送り出す」
「・・・まるで人の記憶そのものみたいですね」
「語り継ぐと少し似ているのかもしれないね」
ツグミは私たちに語り掛けながらイーグルが持っているカバンの留め金を外し、中から封筒を一枚取り出し、机の上に置いた。




