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9.見つめる先

 買い物から帰宅すると自転車を停めて鍵をかけ、作業場へと向かう。すると絵の置いてあった場所にアヤカの姿は無く、作業場のドアが開いていた。その中を覗き込むとリンリンとアヤカが椅子に座って何やら楽しそうに会話をしているのが見える。


「まあ、リンリンならそうなるか」


 とそう思って私はキッチンへ向かう途中、2人に話しかけた。


「何の話をしてたの?」


 と聞くとリンリンは


「あんたね、言いなさいよ。この子、ただの知り合いじゃないじゃない」


 と答えた。


「リンリンならいいかなと思ってさ」


 彼女はため息を少し着くと作業台の上に置かれていた煙草手に取って火を付けた。


「それで・・・たぶんきっと美香の事だからまたなんか頼み事なんでしょ?・・・夕飯を食べたら話を聞きたいのだけれど?」


「もちろん、喜んで」


 持っていた買い物袋をそのままキッチンへ運び、夕食を作り始めた。アヤカはと言うとリンリンが絵を描いているのをじっと見つめていた。


 魚と野菜を使った少しだけ豪華にした夕食。リンリンはいつものごとく作業場で食べるのが通例。そのため私たちの分も作業場へ運び込むことになる。


 私がお皿を持って作業場にやってくるのを見ていたアヤカが「手伝います」と言ってきてくれたのだけれど、私は「リンリンの絵を描いている姿、見ておいたら?見たいでしょ」というと頷いて再び椅子に座った。


 夕食を食べ終えるとリンリンはいつものように椅子を持ってきた。今日はアヤカもいるから3人分。そのうちの1つを自分の描いている絵の前に置くとそこを頂点にして三角形を描くように椅子を配置した。


 中央にはどこで買ったのか分からないけど小さくて決して眩しくない優しい輝きを放つ電機のランプ。そして灰皿とブランデーの入った瓶とコップ。私とアヤカは酒を飲まないから代わりに紅茶とか緑茶を置いてくれた。


 リンリンと話をするときはだいたいこんな感じ。部屋の電気をつけず、少しだけ見えにくい空間。それはまるで朝焼けとか夕焼けの時間に近い感じの中。


「そいで?なんでここに来たの?」


 彼女は煙草に火を付けると私の方に聞いて来た。その言葉につられてアヤカも私の方を見る。


 私は今までの事をリンリンに話した。アヤカを見つけた時、そして自分の家で私の描いた本というか文章を見せた時、アヤカと私たちの関係性、彼の求めるモノ。


 その彼が求めるモノにおいて必要なモノがここにあって、それを作ることが出来るのが色取師のリンリンである。ということももちろん含めて伝えていく。


 話を聞いている時のリンリンは基本的にいつもしゃべらない。余計なことは言わない。相手が語りつくすまで待ち続ける。この日もいつもと変わらぬリンリンスタイルだった。


「・・・なるほど、ツバサを求めている。そして姿をかたどる。だから絵」


「そういうこと」


 私がリンリンにお願いに来たのはもちろんどうしてなのかは彼女もわかっている。彼女は絵を描くけれど絵描きではない。色取師である。彼女もまた私と同じように〝アヤカ達〟から世界の見方を教えて貰った。


 だから彼女の描く絵には私と似ているようなことが起きるのだけれど、何を描くかはリンリンが決める。お願いされても、いくら積まれても「描けない時は描けない」とはっきりと断ってしまうこともある。


 話を聞き終わったリンリンはもうすでに私ではなくお茶を飲んでいるアヤカに目を向けていた。すると立ちあがり、奥の方に有る机の上から何かを取り出すとまた椅子のところに戻ってきた。


 丁寧に包まれた布。それをまた丁寧に紐解いていくと中から透明な正方形のガラス板のようなものが出てきた。


「・・・これはクリスタル、あなたを少し見させてもらうね」


 そう言うと右目を閉じ、左目の正面に。そしてクリスタルを通してリンリンはアヤカを見始めた。そして手元に手帳を引き寄せるとペンで何やら書き出していく。


 その様子を見ていたアヤカは私に質問をしてきた。


「あの・・・これは?」


「色取の作業?って言えばいいのかな。それをやってるんだよ」


「色取・・・」


 アヤカはそう呟くとまたリンリンに見つめられることになる。


 私はきっとリンリンならアヤカを描いてくれるだろうという確信があった。それは長い事彼女と一緒にやってきたという経験もあるから、彼女の好みというか興味が沸くものが何となくわかるというのもある。


 けれど、多分きっと彼女にとってもこれは初めての経験。何せアヤカがここに居るということ自体が本来なら・・・何というか面白い事になる。


 リンリンは基本的に面白いことが好きで自分が見たことがない景色を見たいと常に言っている。


 だからきっとアヤカの姿は彼女にとって興味がある存在だと私は考えたわけである。





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