8.凛として
電話をかけたあと私はアヤカを部屋に置いて少し買い物に出かけた。彼の服を買うためである。慣れない手つきでメジャーを操作し彼の体格を測るとメモに書き写し、そしてその紙を持って商店街へやってきた。
「とりあえず・・・Tシャツとか靴とか・・・。帽子もあったほうがいいかも」
彼は私達の世界では風体が馴染んでいない。だから特に何かあるわけではないけれど、彼自身が今のままでは外に出た時、注目に的になってしまう。
尻尾が生えていて、それでいてオッドアイ。まあ見たことは無いけど、私達の中にもオッドアイの人はたまにいるらしい。それが気になるならアヤカの前髪で隠せばいいか。
買うモノを買い、そして帰宅すると早速アヤカに着せてみることに。
「・・・こうですかね」
アヤカは靴というものを今まで履いたことがないとのことだった。常に素足。それはアヤカの世界の住人達の共通認識らしい。
「うん、いいよ。似合ってる」
買ってきた服を着てもらうと見た目は10代後半の少年のような感じに仕上がった。これなら街を歩いていても大丈夫だろう。
「何と言えばいいのですかね・・・落ち着かない感じはします」
靴と同じでアヤカは服を着るというのも初めてだったらしい。彼らにとって服はローブ状のようなものを羽織るみたいな感じで、私達のように袖を通したり、足を通すような服は無いらしい。
「それで、どこに行くんですか?」
私とアヤカは靴を履いて玄関から外へ出たとき、アヤカがそう聞いて来た。私は「とりあえず、あなたの姿を形にしてくれる人のとこかな」とだけ答えると彼の手を引いて歩き出した。
閑静な住宅街。その一角にあるお店を目指す。歩きながら私は少し考えたのだけれど、これ、外から見たらどう見えるのだろうか?弟?それともなんだろう、彼氏とか?そうだったとしたらずいぶんと若すぎる気がするのだけれど。
そんな事を考えつつ歩くのだけれどやっぱり誰にも会わないわけで。あっという間に目的地に着いてしまった。
「ここだよ」
「・・・色取師、リンのお店」
建物の脇に置かれた小さな看板に書かれた文字をアヤカが読み上げる。
彼女のお店は商店街にあるような八百屋さんとか魚屋さんみたいな感じの店構えをしていて、正面には画材道具、そして中には描いた絵が置かれている。少しだけ中に入ると木と絵の具の香り。それに交じって煙草の香りと、紅茶の香りがしてきた。
店番はいない。彼女はきっと奥の作業場に居るのだろう。
アヤカはじっと店構えを見つめたり、置いてある絵に興味が有るのか近寄ってしばらくじっとしていた。私はその様子を見つつ、奥に向かって入っていき、そこにあるドアに少し力を入れてノックする。木製の音が響き渡り、しばらくすると中から声が聞こえてきた。
「どうぞー、どうせあれでしょ?美香でしょ?」
「うん、そうだよ。入るね」
ドアノブに手を掛けて開ける。すると開けた空間、作業場のような場所に出た。そこに居たのは凛という女性。彼女は私の高校からの友人で、ここで絵を描いて生計を立てている人。
「どうぞー、そこに座りなよ」
私は後ろを振り返る。アヤカは飾られている絵に夢中だった。きっと彼はリンの絵を気に入るだろうと私も思っていたけれど。
私はアヤカに指を指すとリンに話しかけた。
「彼、私の知人のアヤカっていうの。リンリンの絵が気に入ったみたい。だからしばらく見させてあげてもいい?」
付けていた白いヘッドホンを外すとリンはにこやかに笑う。
「もちろんいいよ。気が済むまで。何なら日が落ちてもいいし」
「それじゃお茶入れるね」
画材道具が沢山置かれた机、描きかけのキャンバス。どこで買ってきたのか分からない何も入っていない小瓶・・・。リンリンはあまり片付けない人ではあるけど、最近は仕事が立て込んでいるらしい。凄い量の資料と絵の具が置いてあった。
私がリンリンの家に来るときは決まって夕食を食べる。そしてそのまま朝まで語明かすなんてこともある。
多分きっと今日もそうなりそうな予感はしていた。だから買い物をしたかったのだけれど、アヤカを先に届けてから行こうと考えていたのである。
少しだけキッチンを片付けると私はもう一度作業場に帰るとリンリンに「今日の買い出しに行ってくる、アヤカのこと少しお願いね」
と言うとリンリンは手を振って「わかった、自転車使いなよ」と鍵を渡し、返事をしてくれた。
絵を見ているアヤカにも同じことを伝えると「はい、わかりました。ありがとうございます」とお辞儀をした。
私は持ってきたカバンの中から買い物袋を取り出すといつものように近所の商店街へ向かっていった。




