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マガタツケン  作者: 華蘭藤
序章 始まりは終わりの味を知っている。
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原衛土(ハラエド)8

 紅い光が問いかけてくる。

 強さとは。正しさとは。お前の存在は、必要なものなのか、と。

 それに答えを出せる日を探していた。ずっと。これまでも、これからも、きっと探し続ける。

 そうしてわたくしは死ぬのだ。

 人としての存在を与えられず、人としての生き方も与えられず、それでも人のように、死ぬのだ。


***


 祝の気配を感じた。

 アルバドゥは、しかしそちらには視線も意識をも向けることはできなかった。

 冷たい鉱石の床には、微弱な電流が時折思い出したように流れては去っていく。

 体育館ほどの広さに、空は青天井。どこまでも舞いあがろうと思えばきっと舞い上がれる。常識と非常識が入り混じる場所。それが迷宮だ。

 その中央、黒い物体が、打ち捨てられた瓦礫の山のように積もっている。命を感じられないそれは、少なくともつい先程まで、動いてはいた。

 その上に、人影が見える。

 アルバドゥは立ち上がって、2度ほど頭をぶんぶんと横に振って、その人を仰ぎ見た。

「タチバナ、ナオ——」

 袴にブーツ、長い髪は高く一つに括った中性的な顔だちの青年は、たくましい腕に握った刀を慣れた様子で振るい、納刀する。

 しんと閑かな広間に、小さな息遣いと、ナオが降りる音だけが響く。

 普通ではない。

 アルバドゥは自分のことを棚に上げて、そう思った。

 とはいえ、その感覚も当然のものである。普通の人間は禍枉に対して物理攻撃でダメージを負わせることなどできない。できたという話もないではないが、それは伝説みたいなものだ。

「お見事です」

 ナオはアルバドゥに一瞥を残して、大したことはないとばかりに禍枉の塞いでいた、広間の奥の扉の方へと近付いていく。杖を消したアルバドゥの元へ、通路にいた4人が近づいてくる。

「うわ、近くで見るとこんなだったんだ」

 一生が禍枉を見下ろして言う。黒光りする体表は、床や壁と同じように、時折鈍く光が走る。触れてみても鉱石のような硬さがあるばかりで、温度は感じられない。

 斃れた禍枉の全長は7~8メートルほどはあろう。連なっていた球が3つ、斬られて不安定にゴロリと転がる。遠目に見れば宝石のようだ。脚が長いために大きく見えていた躰だが、こうして分解されてみると大玉転がしのそれのようにも見える。

 比較的鶏卵に近い形をした、頭と思しき部分は3つに切り崩され、断面から塵となって霧散していっている。

 アルバドゥが再び杖を出そうとしたところで、一生が立ち上がり、両腰に手を当てて言った。

「にしても、アルちんもナオちんもすごいね」

「アルちん……?」

 聞き慣れない呼び名に、思わずアルバドゥが反応する。一生はアルバドゥを指さして、もう一度言った。

「アルちん」

「なんですか、そのチンミョウな呼び名は」

 渋い顔をするアルバドゥに、一生は首を傾げる。

「えっ、ダメ?」

「ダメというわけではありませんが」

 そんなやり取りを横目に、航が斃れた禍枉の近くにしゃがむ。そして空に文字を刻む。

「【解析】」

 先ほど祝を使ったときとは字が違う。篆書体で刻まれた祝言(しゅうごん)から、白く幾筋もの光が伸びる。そしてその光の筋が、禍枉を囲み、その躰に触れる。

 祝術を操る航を斜め後ろから麗が興味深そうに見守っている。彼女も祝に関わりのあるところにいたはずだが、この手の術を見るのは初めてらしい。

「珍しい術式ですね」

「まあね。お年寄りにはわりと使える人も多いらしいけど、最近の学会じゃみないかもね」

 近年の祝法は、一字祝法(いちじしゅうほう)が主に教えられ、また使われる。もちろん個人的に全く別の形の祝を研究しているものもいるが、学校と呼ばれるそこで教えられるのは、専ら一字祝法のみである。

 一字祝法とは読んで字のごとく、漢字一字を構成要素とする祝法である。専門の学舎にて教えられるものは祝法と呼ばれ、それ以外で身につけたものは祝術と呼ばれる。その強さに大きな差があるわけではない。

 少なくとも、正規の学校で祝を学んだ者はそうそう冥宮に来ることはない。ここにいる全員が、仕えても祝術と呼ばれるものである。

 先ほどまで航が使っていたのは、一字祝法に近しいものだったが、今回は違う。現代使われる文字は、楷書体か簡体字が主である。当然、義務教育課程で習うものもそれだ。少なくとも篆書体は物好きしか知らない程度のものである。

 禍枉に触れた光の筋が、その中にするすると入っていく。禍枉は基本的に、斃せば消える。それは、迷宮の圧力によるものだと考えられている。2つの世界の間に存在するのが迷宮と呼ばれるここだ。より斯界に近ければ、より斯界の(ルール)が適用される。斯界に禍枉の存在は認められていない。だから、命を失うと消える。そうして均衡が保たれている。

「わかりました、ではそのチンミョウな呼び名は許してあげましょう」

「おお」

「ところであなたは誰でしたっけ?」

「そこから? ねえ、そこから?」

 すぐ近くではアルバドゥと一生がそんなやりとりをまだ続けている。

 そんな2人に航と麗は顔を見合わせて苦笑する。だから気が付かなかった。おもむろに禍枉に刺さっていた光が赤く染まっていくことに。

 不意に禍枉の瞳と思しき部分が不思議に紅く光った。

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