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マガタツケン  作者: 華蘭藤
序章 始まりは終わりの味を知っている。
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原衛土(ハラエド)6

「うわ、すっご」

 禍枉(まが)の蔓延る広間に入る通路から、一生(イッセイ)はその様子を眺めていた。体育館ほどの広さにぎっしりと密集したアリの群れのような化け物を2人が一掃していく様は、圧巻である。

 禍枉たちは2人に翻弄され、こちらには気づいてもいないらしい。広間の向こう岸、一番大きい禍枉を守るように、中くらいの禍枉たちが囲んでいる。それらはまだ動かず、情勢を見守っているようだ。

「話には聞いてたけど、見るからに化け物ですって感じなのなー。ってか、それをフツーに倒しちゃってるあいつらってヤバ……」

「まあ、2人とも普通の人間ではないからね」

 壁に凭れて、一生同様ナオたちを見ていた(コウ)が言った。

「あー、なんだっけ? 人形のお嬢サマに禍枉憑きの化け物だっけ?」

 一生の言葉に、正親(マサチカ)がピクリと反応する。彼もまた、禍枉憑きと呼ばれるものだ。

 そんな正親に気づくことなく、一生は続けた。

「まー、確かに。あれ見たらそりゃ、同じ人間とは思えないよな。何メートル飛んでるのって感じだし」

 (しゅう)術を使うアルバドゥとは対照的に、ナオはその身と刀だけで戦っているように見える。4~5メートルほどはある禍枉を上から圧し切る様は、確かに人間業とは思えない。

「式かもね」

 航が呟いた。「式?」と一生がそちらに視線を送る。

 広間では尚も2人の戦いが繰り広げられている。すっかり小型の禍枉は塵となって消えていき、ナオとアルバドゥの目の前にいるのが小型では最後となっていた。

「式って? そーいやレイちんがシキガミ? とか言ってたっけ?」

 一生は後ろにいる(レイ)を見やるが、航は首を振った。

「式紙じゃなくて式符。あらかじめ祝の素になる字を刻んでおいて、すぐに使えるようにしておくんだよ」

「へえ?」

「似たようなものですけれどね」

 いまいち理解できていないとばかりに眉根を寄せる一生に、麗が笑いかける。どこからどう見ても人間にしか見えない彼女も、アルバドゥが使う杖のように、祝によって作り出されたものだ。

「なんか色々難しいのなー。オレはそーゆー力なくてよかったー」

 気楽な様子で伸びをする一生に、航は白い目を向ける。

「今時この手の話は結構常識のうちに入ると思うけどな……」

「んな人を常識ナシみたいに。確かにそーゆー業界には疎いけどさ。これでも結構学校の成績はいい方だったんだよ?」

「学校の成績、ねえ」

「まあ小学校のだけど」

 疑わしげな目を向ける航に、一生は「本当だって」と口を尖らせる。

「それにしても、あれだけズバズバ倒せるんだったら、案外帰れちゃったりするもんだったりしない?」

「なんだって?」

「いやさ、ほら。オレって一応死刑囚だから。死刑執行の代わりにここに来てるじゃん。このまま上手いことあいつらが禍枉を全部倒してくれて、そんで戻れたら、罪は償ったってことで解放されるわけよ」

「ああ……」

 航は一生の言いたいことを理解した。それと同時に、それがどれだけ甘い考えなのかも理解していた。

 冥宮に入って生還した者はほとんどいない。全くいないのかと言われればそんなことはないが、それは冥宮の難度による。少なくとも、こうして「処分」のために送り込まれるような冥宮で、生存者が出る可能性は極めて0に近いと言われている。そういうところを選んでいるからだ。

 広間で繰り広げられる戦闘の様子は、ごく限られた人間を超越したものたちによるそれである。確かにあれでは、希望を持つこともあるだろう。

 小型の禍枉たちは一掃され、ナオとアルバドゥは背中合わせになっていた。その周りを中型の禍枉が囲う。息ぴったりに駆け出した2人が、それぞれにその体に傷をつけていく。ナオの刃に斬られたところから、光が漏れる。一方ではアルバドゥの放った光の弾丸が、禍枉を貫く。更に逃げ惑うその体を追いかけている。

 その様は伝説の英雄のようで、なんだか眩しくすら感じられる。

 だが、これはまだ始まりに過ぎない。

 ここは1層。迷宮(ダンジョン)の名の通り、ここもまた迷路のように絡み合った複雑な作りをしているはずである。そして、奥に行けば行くほど、敵は強さを増す。

 あのアリのような形状の禍枉の群れは、偵察兵のようなものだ。航はそう推測している。

 現代での結門(ゲート)や異界についての研究の成果によれば、結門を通ってついたここは、より正しく言えば異界ではない。その狭間にある空間である。異界には異界の(ことわり)があり、それに沿ってそれに沿うモノたちが暮らしている。そして、そのモノたちが斯界へと侵攻するに当たり開くのが、結門である。

 彼らが向かうのはその異界につながるところまで。それまでどれだけの道のりがあるのかも、どんな禍枉が待っているのかも全てが未知数の場所である。

「戻れないと思うよ」

 航は無意識のうちにそう口に出していた。その声の冷たさに、自分でも驚く。

 一生が航を一瞥して、しゃがんだ姿勢で頬杖をついた。

「ま、だよね」

 門を潜る前から、誰もがわかっている。それでも生きたいと思ってしまうのが人のさがというものだ。航は帽子を被り直した。

「そんなに生きたいもの?」

「そりゃそうでしょ。どこに好き好んで死にたいやつがいるよ?」

「まあ、世の中は広いから。いないってことはないだろうけど」

「確かに」

 斬撃の音は遠く、こちらとあちらは客席と舞台のようにかけ離れている。あの中に入るだなんて想像もできない。一生は深くため息をついた。

「なんでこうなっちゃったかなぁ」

 それは何に対しての後悔だったのだろう。ここに来たことか、それとも来ることになった原因か、それとも禍枉という存在がこの世を震撼させたことそのものに対してなのか。

 少なくともそこに深い悔恨の念があった。しかしそこに、自己の存在に対しての後悔はあっても、為したことへの後悔も、反省もありはしない。

 航は少しの躊躇いを持ちながらも口を開いた。

「ねえ、こういうのって聞いてもいいことなのかわからないんだけど」

「なーに?」

「君はどうしてここに来たの?」

 一生は死刑囚である。親殺し——尊属殺人罪は、この国では死刑を宣告される。それがどんな理由であれ。

 半世紀前と比べると、法は厳しくなった。それは世の変遷によるもので、時勢の変化により、価値観も変化するためだ。

 祝にはその価値観が大きく反映される。文化的な価値観や、考え方。言葉の意味。社会通念が重視される世になって、人々の団体意識や国家・集団への帰属意識は強くなったと言われている。

 その一環で、法も改められた。より社会に適合するように。

「それは、オレがどうして絞首刑を選ばなかったのかってこと? それとも、どうして親を殺したのかってこと?」

「……両方?」

「なんで疑問形。そうだなー、一言で言うなら、バカだったからかな」

「馬鹿だった?」

 向こうで飛び上がり、禍枉を斬りつけたナオが、地面をも砕く。アルバドゥが放った(たま)が、禍枉を貫通する。

 一生はその光景に、思わず片頬を上げる。

「今ならきっと、絞首刑を選ぶよ。そっちの方がきっと、苦しまずに逝ける」

 倒れた禍枉の前に佇む2人は、禍枉よりも化け物じみて見えた。

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