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マガタツケン  作者: 華蘭藤
序章 始まりは終わりの味を知っている。
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原衛土(ハラエド)4

「意外と歩けるものなんだね」

 一生(イッセイ)が滑りそうなほどツヤツヤとした床を踏みしめながらそう溢した。

 異界とは文字通り、異なる世界である。迷宮(ダンジョン)と呼ばれるそこは、斯界(しかい)と異界との境界線であると考えられている。

 特に迷宮の中でも未探索のものを“冥宮”と呼び、ここ、原衛土(ハラエド)もその冥宮の一つだ。

 少なくともナオたちの世界にはない鉱石でできた、床と壁。そこを時折線のように光が駆け抜けていく。見上げればどこまでも果てのない青天井。比較的舗装されていると言っていい道は、あちらこちらに入り組んでおり、迷路のように行き止まりに当たることもある。

 一行はその道を当てもなく進んでいる。協力をしようというつもりはないが、入口近くの一本道でバラバラになることのほうが難しい。

「こんなドンドン進んで行っちゃって大丈夫なもん?」

 一生がすぐ近くを歩く(コウ)に問いかける。先頭を行くナオとアルバドゥは後ろなど気にせずツカツカと歩を進めている。航は一生に一瞬視線を送ると、肩を竦めた。

「俺たちの役目的には大丈夫。原衛土は未探索って言っても、前に一度ロボットによる調査探索が行われてるから、入口付近は向こうも把握してるんだよ。無事に事が済みますかって聞かれたら、まあ、俺も答えに窮するところだけど」

 一生も、無事に事が済むわけがないことは百も承知である。

 そもそも冥宮の探索は、よほどの凄腕か賞金稼ぎか、死んでも問題ない者にしか許されない。繋戸(つなぎど)封守(さかいのかみ)たちによって管理されている。どれだけ杜撰な管理だとしても、勝手に侵入すればわかるようになっている。

 一生は頭の後ろで手を組んで、足をぶらつかせて歩く。一行は前から、ナオとアルバドゥ、一生と航、(レイ)正親(マサチカ)が2列体制になっている。通路はそう狭いわけでもないので、それぞれの間には距離がある。

 一生たちの前をスタスタと歩いていく2人は、どうやら腕に覚えのある方らしいことは察せられた。

 禍枉(まが)(しゅう)と呼ばれる言葉による術でしか倒せないとされている。一生はその才能のないただの一般人である。

 ナオは着物姿で、腰には刀を差している。一生としては、刀で戦うなんて何時代だとツッコみたいところだが、ここに入る前の口振りからして、何か(すべ)があるのだろう。

 アルバドゥもまた、戦うために作られたものである。一般的な祝法士(しゅうほうし)のように、杖らしきものを持っているようには見えないが、人間の規格外であってもなんら不思議ではない。

 ふと、そういえば聞いていなかったと一生は思い当たる。

「コウちんは? 祝法士なの?」

「俺?」

 突然の話題の転換に、航が驚いた様子を見せる。壁を光の筋が駆け上がっていく。

 航は「あー」と軽く唸ってから、質問に答える。

「祝術は一応使えるけど、祝法士ではないよ」

「なんか違うの? それ」

「一応ね。ざっくり言うなら、資格があるかどうかの差かな」

 疑問符を浮かべる一生に、航が視線を前に向けたまま問う。

「そもそも、祝ってどういうものか、見たことはある?」

「いんや。そんなものとは無縁の人生だったけど」

「だろうね。丁度いいから見せてあげるよ」

 前を歩いていたナオとアルバドゥが歩を止める。彼らの前には少し開けた空間が広がっている。

 航は手を前に出して、人さし指で空に文字を書く。そして、空中に光る文字に、画面をタッチでもするように触れた。

「【索】」

 風が吹くように、一瞬、辺りが光に包まれる。一生が瞬いた次の瞬間には、光も、航が書いた文字も消えていた。

「今の……?」

「これが祝術ってやつ。今のは『索』ね。検索の索」

「索……」

 パチパチと何度か瞬きをする一生の隣で、航が真面目な顔で、目の前に広がる空間を見つめていた。

 航が何をしたのか分かったのだろう。前にいた2人が半身を向けて振り返る。

「何体だ」

 ナオが直截に訊いた。

「自分で調べなよ」

()()は使えない」

「あ、そう」

 一生もそのやり取りに察する。この広間に禍枉がいるのだ。突然襲ってこないところを見るに、特定の領域にのみ出現するような種のものなのだろう。

 航と一生もナオたちに合流する。後ろから麗と正親もやってきた。

「さっきの修祓を受けた場所くらいの広さに、デカいのが1体と、中くらいのが3体。それから小さいのが取り囲むように10体前後。俺もどういう類の禍枉かはわかんないけど」

 航の発言に、ナオが頷く。

「問題ない」

 鯉口を切るナオに、アルバドゥがついて行く。それに気づいて、ナオが足を止めた。

「死にたくなければここにいろ」

「わたくしも行きます」

「邪魔だ」

「ではわたくしだけでやります」

「私がやる」

「ではわたくしも行きます」

「しつこい」

「お互い様ですね」

 互いに引くつもりはないらしい2人は、互いに無表情のまま睨み合う。

 麗と正親はその諍いには入るつもりはないらしい。趨勢を見守るつもりのようで、黙っている。

 航が呆れ眼で、両手を腰にあて、2人に言った。

「ここにいるからって安全な保証はないし、そんなに戦いたいなら、2人で行ったらいいんしゃないの」

「人間を斬る趣味はない」

「斬られて事切れるほどやわではありません」

「斬られる前提なんだ」

 航はため息をつきながら、肩を落とした。横から一生も口を挟む。

「そんなに戦いたいもん? オレだったら絶対そういうのは任せちゃうけどな」

 ナオが鋭い目を一生に向ける。

「なにさ」

「禍枉は全て斃すと決めている」

「奇遇ですね、わたくしもです」

 アルバドゥも頷いた。

 一生にはわからない。そもそも禍枉なんてものとは無縁の世界に生きてきたのだ。そういうのは学校の授業やニュースの中でたまに聞くくらいのただの単語でしかなく、実際遭遇するなんて夢のまた夢のはずだった。

 死ぬことが怖くない人間がいるだろうか。

 傷つくことが怖くない人間がいるだろうか。

 どこまで行っても、怖いのだ。怖くて怖くてたまらない。

 それでも、死刑囚なんてものになるまでは、そんな名前と役割を与えられるまでは、一生も死ぬのは嫌ではなかった。むしろ死んだほうが、消えてしまったほうがマシだとさえ思っていた。

 それが、今ではこんなにも怖い。戦いたくなどない。できれば生き延びたい。そうでないなら、できる限り呆気なく死にたい。

 そんな願いを抱えている。

「……わかんないな」

 そんな一生の前で、2人はどちらが戦うかという話をしている。ただ一つ明白に、そこに違いがあるとすれば、きっとそれは強さへの自信だろう。そう一生は結論づけた。

 強いのだ。力があるのだ。戦って、勝てるだけの強さがある。それを自負している。きっとだから、怖いなんて感情に押し負けないでいられるのだ。それはなんだかとても、羨ましく感じられた。

「仕方ない。こうしていても埒が明かない」

「そうですね」

 ナオはどこまでも食い下がるアルバドゥにようやく折れたらしい。

「邪魔はするな」

「それはこちらのセリフです」

 そう言い合って、2人は息ぴったりに広間へと躍り出た。

 一生は思う。もしもここで死なずに、勝って、生き延びたなら、どうしてそうあれるのかを聞いてみたい、と。

 すぐ、広間からは聞いたこともないような音が聞こえてきた。

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