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マガタツケン  作者: 華蘭藤
序章 始まりは終わりの味を知っている。
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原衛土(ハラエド)2

 壁のように聳え立つ斜面。鬼坂と呼ばれるその急階段を一段一段登っていく。石の階段だ。当然ながら手すりなどない。幅も靴一足ほどで、踊り場も当然ない。だんだんと息を弾ませていく同行者たちを横目に、ナオはスタスタと変わらないペースで上がっていく。

 それに一人の少女がついてくる。こちらも息は上がっていない。

「……ここがハラエドのゲートですか」

 ナオの横を歩いている少女が、感心したように言葉をこぼした。結門(ゲート)の頭の方が、階段の向こう側から現れてくる。

 石階段を登り切った先、大きな門が彼らを迎えた。

 形状としては鳥居に似ている。丹塗りの柱に、3本の横木。上辺は首を持ち上げて見上げるほど高い。

 大きな口を開いている門だが、その門の中は暗く、迷宮(ダンジョン)に繋がっていることがわかる。

 ナオが足を踏み出そうとしたところで、後ろから声をかけられた。

「ちょっとくらい待ちなよ。これだから体力バカはさぁ」

 続いて階段を上がってきた少年が、肩で息をしながら言った。

「待つ理由はない」

「協力は必要ないと聞いています」

 ナオと少女に立て続けにそう言われて、少年は深くため息をついた。呼吸を整えてから、ナオに詰め寄る。

「アシュイのお嬢様は置いといて、あんた協調性ってもんがなさすぎじゃない?」

「そんなものを必要だと感じたことはない」

「わたくしを置いておくとはどういう意味ですか」

 ぶっきらぼうに返すナオに加えて、少女もムッとした表情で参戦してくる。少年はまた深々とため息をついた。これは手に負えないとでもいいたいらしい。

「お嬢様はちょっと黙っててね。あのね、あんたはどうでもいいかもしんないけど、あんたたちが勝手に入って、禍枉(まが)がそれに反応して出てきたらどうすんのって話よ。原衛土(ハラエド)は有名だって言っても、まだ未探索の“冥宮”だよ。結門(ゲート)から禍枉が飛び出して来でもしたら、辺りは大災害だ。そこんとこわかってる?」

 ナオはすぐには答えられなかった。確かに、後ろをついてくる彼らにも禍枉は倒せるだろうが、あの階段で体力が削られている今、この繋戸(つなぎど)を超えた禍枉が出でもしたら、一般の死人が出るであろうことは否めない。信用していないわけではないが、信頼に足るわけでもないのだ。

 少年はナオが納得したと見て、それ以上の追求を止めた。その代わりに、腰に手を当てて、ナオを見上げる。

 そんな少年に、少女が不満げに声をかけた。

「それで、わたくしを置いておくとはどういう意味なのですか」

「お嬢様は意外と面倒臭いタイプだね」

「ひどい言い様ですね。第一、あなたにお嬢様などと呼ばれる覚えはありません」

 少年と少女は知り合いなのだとばかり思っていたナオは、チラリと彼らに目を向ける。興味があるわけではない。興味を持つ必要もない。数時間後には別れるであろう相手だ。覚えておく義理はない。

 だがそんなナオの考えなど知らず、少年は少女を諭すように言う。

「お嬢様はそうだろうけどね。俺たちみたいのはお嬢様のことをよくよく教えられているんだよ」

 その言葉に、少女も得心のいったような顔をする。

「あなたは四葉の者ですか」

「そ。まあ何? いわゆる宗教二世ってやつ?」

 聞いてもないのに少年は語り出す。よくよく見れば、細部は違うものの、確かに少女と似たような服装をしている。

「そっちのお兄さんも、よかったら覚えておいてよ。俺、市川航(イチカワコウ)。んで、こっちがアシュイね」

「個体名はアルバドゥです」

「お兄さんは? 名前はなんて言うの?」

「答える義理はない」

「そういわず」

 勝手に名乗る流れにされたと、ナオは顔を顰める。航とアルバドゥの視線を受け続けることに耐えられず、ナオも名乗る。

「立花ナオ」

「ナオね。覚えておくよ」

「その必要はない」

「あるよ。あんたが俺たちを覚えてるかどうかは自由だけどさ。俺にとっては、あんたらが最後に会う人間だろうから」

 航の言葉に、空気が一段重くなる。ここは繋戸。異界と繋がる場所である。結門を潜ればそこは異界。中でも原衛土は、東都有数の繋戸である。

 普通の人間が足を踏み入れれば、当然ただでは済まない。並の祝法士だとしても、生きて帰れる保証はない。そういう場所だ。だから、航の言うことは間違いではない。むしろそうなる可能性の方が高いといえる。

 ナオたちの耳に、やや耳障りの悪い声が聞こえてきた。後続の者たちが階段を登りきり、追いついてきたのだ。

「しっかし、中はこうなってんのねー。原衛土(ハラエド)の繋戸って、ググっても出てこないし、マップ開いても航空写真まで規制しちゃってんの。政府ちゃん、ま〜じヤル気ありすぎっしょ」

 赤髪の青年が、頭の後ろで腕を組みながらやってくる。その横には、スキンヘッドにサングラスの男もいる。赤髪の青年が、3人に気づき、ニヤニヤしながら近寄ってくる。

「なになに? 最期の挨拶会? オレも混ぜてよ」

「そんなんじゃないよ。ってか、そっちもそっちで何仲良くなってんの? さっきまで殺伐としてたよね?」

「そらそーよ。あんな監視員がいる前で堂々とおしゃべりするわけないっしょ。ここも監視はされてっけど、声は伝わんないらしいしー」

 青年は他の面々に比べても軽装に見えた。仏頂面で彼らを見つめるナオの周りを、青年が面白そうに回る。

「おや、皆様お揃いでしたか」

 さらに後ろからやってきた髪の長い女性も、ナオたちの元へ近寄ってくる。これで6人。全員が結門の前についたことになる。

 赤髪の青年が言った。

「折角だからさ、やろうよ。最期の挨拶会! オレは九隅一生(クズミイッセイ)! んで、こっちがマサちんね」

 誰からも賛同をもらってもいないのに、赤髪の青年が名乗りをあげる。癖っ毛の赤髪を襟足だけのばし、三つ編みにしている。左頬にはナイフで切ったような傷があり、耳には銀色のピアスが光る。ラフなスウェット姿で、スウェットの襟ぐりのあたりに徽章がつけられている。足元は靴でもなく、脱げやすそうなサンダルだ。

「クズミ?」

 航がその名を聞きかえす。アルバドゥに知っているのかと目で尋ねられて、航が軽く首を捻る。

「どこかで名前を聞いたことがあるような気がしたけど。忘れたな」

「マジ? オレ結構有名な方だと思ってたんだけどなー。ねえマサちん?」

 一生が残念だとでもいいたげに肩をすくめてみせる。一生に「マサちん」と呼ばれた男が、口を開いた。

近藤正親(コンドウマサチカ)です。わたしは一度ニュースで見聞きしただけですが」

「だよね? ニュースになってたもんね?」

「名の知れた祝法士にクズミなんてやつはいなかったと思うけど。どこかの組織の人?」

 航が眉根を寄せて問いかける。それに一生はそれはそうだと、あっけらかんとした態度で返した。

「いんや? オレは祝術(しゅうじゅつ)も使えない一般人。いや、一般人ではないか? ま、たーだの死刑囚よ」

「死刑囚?」

「そ。親殺しでムショにぶち込まれて、判決の結果有罪だってんで、ここに送り込まれた死刑囚。それまでは祝術遣い様を崇め奉る一般市民だったんだけど」

 東都を中心とした国になって以来、法改正により、殺人罪は重罰化された。中でも古来の慣例に従い、尊属殺人は原則執行猶予なしの無期懲役もしくは終身刑となったが、受刑者が“冥宮(めいきゅう)”への出仕を望む場合、それを採択することも可能になった。冥宮に入ったものは基本的に生きて帰れる保証はない。祝術さえ使えないとなれば生きられる可能性は1%にも満たなくなる。それを乗り越えたならば罪は赦され、乗り越えられないならばそのまま死に至る。たとえ祝術が使えたとしても、名のある祝法遣いでさえもが命を落とすようなところだ。

 要は、彼は死ににきたのだ。

 航が無意識に息をのむ。それを感じたのか、一生は明るく言った。

「ま、でも、死ぬ前に東都指折りの冥宮に来れてラッキー的な? こんなとこ入る機会なんて、普通に生きてたらなかったしさ」

 結門の中は暗く、一歩踏み込めば異界である。異界には禍枉が蔓延る。

 それに、と一生が続ける。

「どうせ死刑囚(オレ)なんて飼ってても国にいいことなんてないわけだし。執行人の精神的負担も減ってラッキーラッキー⭐︎って感じっしょ」

 その投げやりな態度に、航が物申そうとするが、無駄だろうと深く息を吐いて、正親に目を向けた。

「あんたは? 折角だし、なんでこんなところに来たのかくらい聞いておいてあげるよ。最期だし」

 航に真っ直ぐに射抜かれて、正親がその大きな体に見合わずたじろぐ。

「わたしは——」

 正親はそこで口をつぐんだ。

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