原衛土(ハラエド)11
改めて……
この作品はフィクションです。実在の人物、団体、思想、事件等とは一切関係ありません。
陰謀はありません。
選挙には行きましょう。
腐敗した政治と経済と集団狂気によって、こんな世界になる前に……ね。
「そんでなんかわかった〜ん?」
禍枉が消え去って広くなった広間の中央に寝そべって、一生が問うた。
その近くではアルバドゥも床を背に溶けている。更に向こうではナオが黙々と刀を振り続けている。
早々に戦力外通告を受けた3人は、解読の手伝いすらするつもりはないらしく、こうしてそれぞれが思い思いに過ごしている。
「こんなに何もやることがないのは初めてです」
「それな〜。腹も減らないし、眠くもなんね」
「そういう理の世界なのでしょう」
「つまんない世界だねぃ」
だらだらと過ごしている2人は、果てしなく遠い天上をぼんやりと見つめながらそんな会話を続けている。
そんな彼らを尻目に、航たちは解読を進めていた。
ここまででわかったことは3つ。1つは、鳥居の側面にある入力板らしきものに取り付けられたボタンは、「押している」か「押していない」の2つの状態しか取り得ないこと。
2つめは、間違ったボタンを押しても何も起こらないだけだということ。
そして最後に、壁に描かれていた図は、りんごと鳥居で間違いないということだった。
間違ったボタンを押しても反応しないことは、麗がうっかり調べている途中でボタンを押してしまったことにより判明した。更に、りんごの絵については、「あまりにもりんごには見えない」と航が文句を言ったところで、より鮮明な画像に変わった。「まあ確かに、果樹園とかこんな記号で表してた気がするけどさ」というのも航の言である。
「な〜んか、意思的なものを感じるよね〜」
寝転がったまま、一生が呟く。6人以外にはなにもない空間。音はよく響く。
「迷宮は意思を持っているものだ」
ピュッと空を裂く音を響かせながら、ナオが応える。
「少なくとも斯界に近いところならば、よりこちらに近い理が働く。斯界が迷宮の攻略を望む以上は、迷宮も攻略されるように動くはずだ」
「そういうもん?」
「そういうものだね」
続けたのは航だ。
「それすなわち、より向こうの世界に近くなれば、向こうの世界の理となる。結門を開いてここまで来てる以上は、向こうは斯界の侵略を目的としてるんだろうから、まあ、ただでは済まないだろうね」
航が一生たちの近くまでやってきて腰を下ろす。どうにも手がかりがないので、一旦休憩にしようという腹づもりらしい。同様に、麗と正親もやってきた。
麗が大したことではありませんが、と前置きして言った。
「コードがありましたよ」
「コード?」
一生が首を傾げる。麗は頷いて続けた。
「データの読み取り用のコードです。例の先行調査をしたロボットというのがここを突破できたのはそれのためかと」
一生は2度ほど瞬きをしてから、瞳をきらめかせ上体を起こした。
「なんだ! いいもんあんじゃん! じゃあそれ読み取って——」
「無理だね」
「無理ですね」
「無理だな」
順に、航、アルバドゥ、ナオである。麗は苦笑を浮かべ、正親も小さく頷いている。
ナオも納刀して、5人の集まっているところに近づいてきた。
一斉の否定を受けて、一生が頬を膨らませる。
「それくらいできんじゃないの。誰か媒体持ってたりしない? オレはないけど」
「あるわけないでしょ。迷宮にデバイスを持って入れるのは神子機関に認められた祝法士だけ。そういう法律なんだから」
ここに祝法士の称号を持つ者はいない。一生も「Oh……」と呟いて、がっくりと肩を落とした。
腐っても崩れても分かれても、この国はなんだかんだで法治国家である。古き良き文化伝統は、表層面だけが残り、歴史の流れと戦いの中に霧散した。時も戦火も濁流となって、もしくは大津波のごとく国土を飲み込み、焦土と化したのは何も土地だけではない。
仁も義も礼も智も忠も信も孝も悌も、薄っすらとその名残りをどこかの底に残して、一度滅び去ったような国である。
徳目を失い、なんとか残った法と慣習、それから少しの理性を頼りに、民衆が君主を推す形で再統治された。二千余年の皇統は破れ、またはある意味では継続し、戦後の影を残す暇もなく世界的な未曾有の危機に飲み込まれたこの国で、その勢力を拡大したのが神子機関である。
その前身は戦時中にあって権勢を恣にした宗教法人連合。かつては無宗教と言われたニホンジンの、足元を流れていた信仰心や帰属本能がその嵩を増すのと同時に、もしくは戦況のよく動かざる様を人々が知るに従い、禍枉の出現を切欠として宗教への——より正しく言えば見えざるものへの関心が高まった。
困った時の神頼み、とはまさにこのことであろう。
未知との遭遇は人々を混乱させ、あるところでは教会に人々が集まり昼夜を問わず祈りを捧げ、またあるところではこれこそ人類滅亡の時と定め集団自決事件さえ起きたという。あるところでは暴動が起こり、またあるところでは果たして歓喜の声さえ上がりもした。
混乱を顕にする世界のうちで、そうして起こった団結や分離が偶々功を奏したところがあり、ただ1つの例を以て、禍枉を打ち斃したという報があっという間に拡散された。
誰もが情報を発信、拡散できる時代のたった1つの希望であった。
そしてそれは、ある意味では誤報でもあったことは、これより数十年後にようやく判明しうる。
そうして、「言葉の力」が禍枉に対抗しうるということを知った人類は、その宗教法人連合を1つの機関とし、そうして祝という術を発明した。これもまたより正しく言うならば、そのような術を使える人類を発見し、その力に祝という名を付けたと言える。
そうしてそこから発展した団体は神子機関と呼ばれるに至り、現在では祝法士の管理、育成を行なっている。そこに所属していない者は祝術を使えるとしても、あくまで「野良」でしかない。闇医者のようなものだ。
一生は再びだらりと体の力を抜いて続けた。
「じゃあアレ解くしかないってこと〜?」
「そういうこと」
こちらも胡座をかいて、航が肯定する。それぞれが頭を悩ませ、沈黙の中に沈んだ。




