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マガタツケン  作者: 華蘭藤
序章 始まりは終わりの味を知っている。
11/13

挿話:ジェナント 1

「あ」

 緑色のソファから手が伸びる。白く細い腕には、金色のリングが嵌められており、それが擦れてカチカチと音をたてた。指先が誰かを呼ぶように動かされる。

 けれどもそれに反応を示す者はおらず、仕方なさそうにそれ——腰から下をこれまた緑色の着ぐるみのようなもので包んだ金髪の少女——は上体を起こした。

 高いところで結ばれたツインテールはすっかり崩れボサボサになっているが、それを気遣うつもりはないらしい。それを纏める髪留めすら、左右で色が違う。

 ソファの背に体を預けながら、手に持った何枚かの藁半紙をひらひらと揺らす。その頬には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

「ねえねえ、見てよこれ。これナオちーじゃない?」

 その声に、少し離れたところで木製の椅子に腰掛け、スプーンを口に運んでいた人物が振り向いた。

「ナオ? ナオってあのナオ?」

 肩までの綺麗にセットされた茶髪を揺らし、その人物は体で面白そうだと示している。赤を基調とし、ネオンカラーの差し色が目に眩しい着物のような上衣に、デニム地の帯、下は黒いフリルがたっぷりのミニスカートから、黒いストッキングに包まれた逞しい脚が覗く。足元はピンクのファーがたっぷりのスリッパである。

「そ。見てよビリノン」

 ビリノン、と呼ばれたその人物が、ソファへと近づく。ぴょんぴょんと跳ねた金髪の髪を呆れた様子で見つめる瞳には優しさが詰まっている。

「ジュリアン、あなた髪くらい梳かしなさいよ」

「やだよ。めんどい」

 慣れたやりとりに定型文で返す"ジュリアン"の頭をポンポンと撫でながら、"ビリノン"は藁半紙を覗き込んだ。そこには整った文字がびっしりと並ぶ。ところどころに見出しや写真が配置され、四方に読み取り用のマークがつけられている。

 このあたりのものではない。神子(みこ)機関の発行する機関紙である。その形態から、俗に神子新聞と呼ばれる。

 その新聞の一部を"ジュリアン"はほら、と指差す。そこには、6名の顔写真が並んでいる。見出しには、「原衛土冥宮探索開始」の文字。

 顔写真の中に、確かに見覚えのある仏頂面を見つけて、"ビリノン"も「あらほんと」と溢した。

「それにしてもあなた、ヤマトの新聞までとってたの?」

「ジョーホーシューシューは大事(でーじ)っしょ」

 "ジュリアン"がドヤ顔で答える。

 ここはジェナントの結門(ゲート)近くの宿屋。ユーラシア大陸の西側である。極東の島国(ヤマト)の情報はこちらでも入ってはくるとはいえ、わざわざ新聞まで取り寄せるような人物は"ジュリアン"くらいのものだろう。

 そも、大抵の情報はデータベースで簡単に検索できるような世の中である。

 神子機関に認められた祝法士である彼らは、迷宮への媒体の持ち込みも当然許可されている。身につけた媒体を使って検索する方がよっぽど早くて便利だろうと、"ビリノン"は言いたいわけだ。

 それにしても、と"ビリノン"が切り出した。

「あの子が冥宮探索、ねぇ」

 彼らがナオと別れたのは、今から数年前のこと。写真で見る顔は、当時よりも大人びている。少女のような顔立ちは変わらないものの、そこには精悍さが宿っている。

 可愛がっていた頃のナオではない。けれども、彼らにとっては子どもも同じような存在であった。

 その無事を知るのが冥宮探索の報というのは、なんだか皮肉な話のように、"ビリノン"は感じるのだった。

「やっぱヤマトに1人で置いてくるのはヤバかったんでない?」

「そうは言っても、ねえ」

 ぎい、と音をたてて部屋の扉が開く。床の軋む音に、2人はそちらを見やった。

 そして、入ってきた人物を何も言わずじっと見つめる。

「……何よ」

 その人物が視線を受け続けるのにも居た堪れなくなったのか、軽く息を吐いてから2人に訊いた。"ジュリアン"と"ビリノン"は顔を見合わせる。

「べっつに〜?」

「ケンちゃんもヒドいオンナねって話をしてたのよ」

「そうだったん?」

 "ジュリアン"が立ち上がった"ビリノン"を仰ぎ見る。"ケン"は2人が見ている藁半紙に目をとめた。近寄ってきて、"ジュリアン"の手にあるその新聞を見やる。

「……ああ」

 深く低い音だった。

 "ケン"の態度に、"ビリノン"がその背中を軽く叩く。

「どう足掻いても、あの子はあなたの弟子よ。そっくりだもの」

「そうそ。寝起きの機嫌の悪さもそっくり」

 "ジュリアン"が揶揄うように言いながら、ソファから立ち上がる。緑色の着ぐるみが足元までするりと落ちる。淡い桃色のTシャツ1枚になった彼女に、"ビリノン"が小言を言う。"ジュリアン"はそれに厭そうな顔で返す。

 そんないつも通りの朝、そのTシャツに力強く書かれた「アタシたちが最強」という文字が、なんだか眩しく思えるのだった。

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