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「純粋な」

作者: 由羽

ちゃんぽんで有名な店に出かけた。

五人掛けのカウンターと、中央で仕切られた、六人掛けのテーブルが二つ。

六人掛けの、調理場からほど近いテーブルへ案内される。


料理を待っていると、向かいに、三名連れの家族が座った。父母と、四、五歳ほどの女の子である。


きゃっきゃと、女の子の笑い声が店内に響く。

この頃合いの子供に特有な、楽しみを隠しきれない喋りっぷりで、言葉が興味に追い付いていない。

それでも、必死にこの楽しみを伝えようと、母親へ身振り手振りして、伝えようとしている。


ここで交わされていた会話の内容が、どうにも抜けきれない。

料理が到着してのことである。熱々のラーメンが、母娘の卓に置かれている。


母「お母さんは、熱いの苦手なの」

娘「どうしてあついのにがてなの?」

母「あっちっち、なっちゃうからね」

・・・少し間があって

娘「どうしてあついのにがてなの?お日さまもにがてなの?」


思わず笑顔になってしまった。日常にあらわれる、子供のふとした純粋な姿勢ほど、癒されるものはそうない。しかし、この娘の言うとおりだ。ラーメンであれ、太陽であれ、「あつい」ことに変わりはないのだ。


大人は、「あつい」と聞いて、まず対象を確かめるだろう。

確かめたうえで、「熱」が適した「あつ」さであるのか、「暑」が適した「あつ」さであるのか、知識のふるいにかける。そうして、どっちが適したものかを問われた場合、即座に返答することが出来る。重要なことが、問われた場合である。


では、ラーメンをすすっていて、頭の中で「あついな」とつぶやく「あつ」さと、

真夏の太陽の下、「あついな」とつぶやく「あつ」さにおいて、「熱」だとか「暑」だとか、想起されているだろうか。どちらも「あつい」という共通の響きが、残るだけではないか。

この点において、娘の発した「あつ」さと、大人の想起する「あつ」さには、なんら違いのないように思われるわけである。


娘はいずれ、「熱」と「暑」の使い分けを学ぶだろう。

それだけじゃない。あらゆるものに名前が与えられ、与えた名前に価値を付与したり、違和感を覚えたりするだろう。様々な人間と生活をともにし、出会う人間の特徴を捉え、他者との違いを自分に見出すだろう。違いの増減によって、固有のものを発見し、それに名前をつける。「わたし」と。

大人の仲間入りである。


ここで発される「わたし」の響きと、幼年期の「わたし」の響きとでは、もう違っている。固有のものを発見した「わたし」は、外界との差分によって、成り立つ。

しかし、幼年期の「わたし」に、そういう差はないだろう。名前の付与に拙いからである。よって、幼年期の「わたし」は、最も純粋な響きをもった「わたし」であるように思われるのだ。


ここで「あつい」に立ち返ってみる。

もし大人になった「わたし」というものが、外界との差分(※増減を伴う)によって意味内容を付与されるのであるなら、大人になった「あつい」というものも、同じくして外界との差分による意味内容を付与されて、然るべきではないか。

しかし「あつい」という響きが、大人であれ、子供であれ、共通のものとして感じられる瞬間があるということは、先に書いた。

だとすれば、共通の響きではあるものの、「あつ」さの程度を理解している大人の呟きは、やはり、子供が発するものとは、違いがあるのであろうか。つまり響きは共通するが、響きにのせられた感覚という点で違いがあるのか、ということである。


もし、この感覚から逃れる術があるとするなら、大人は、子供のように思考することが可能になるのだろうか。


終わりに。「火垂るの墓」の原作者、野坂昭如の娘の詩を、三島由紀夫が添削したという記事を読んだことがある。ブックマークを付けていたけれど、どうやら記事はなくなってしまったらしい。

よって、記憶に頼るしかないが、三島さんが、野坂さんの娘さんの詩を激賞したという内容の記事であった。こんな内容だった。


噴水さん、噴水さん、どうしてお空を目指しているの。

わたしがお空にあったら、空高くまで、吊り上げてあげるのに。


三島さんも、思わず笑顔になったに違いない。

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