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第三話 幼馴染とイケメンと親友と

 放課後、光は荷物を鞄に詰め込んでいた。

 帰宅部で、特に用事もないため今日はまっすぐ家に帰る予定だ。


 金曜日の放課後ということもあり、クラスメイト達もみな疲れた目をしている。


 どんよりとした灰色の空。

 そしてぽつぽつと降り続く雨も、憂鬱な雰囲気に拍車をかけているようだ。


 梅雨の前兆なのだろうか。


 光は窓の外を眺めた。


 5月下旬と梅雨に入るにはまだ少し早い時期ではあるが、ここしばらく雨が続いている。

 

 校庭はぬかるみ、窓から流れ込む空気は湿っぽい。


 空は暗く、金曜日のため疲れはピーク。

 それでいてジメジメと蒸し暑いのだから、気分が落ち込むのも無理はないだろう。


 光はため息をついた。


 今日は帰ってすぐ風呂に入るとしよう。

 特別汗をかいているわけではないが、どこか気持ちが悪い。


 こんな日は早めに風呂でリフレッシュして、着替えるのがベストだ。


 零華はどうするのだろうか。

 いったん家に帰ってシャワーを浴びてからくるのだろうか。


 まぁ、それは零華が好きなようにするか。


 それはいいとして今日のご飯は……と若干所帯じみたことを考えつつ、荷物を詰め終わった鞄を持った。

 友達と駄弁っているクラスメイトの間を縫うように通り抜けて、廊下へ出る。


 そして靴箱の方へと足を向けかけたところで。


「榎下さん、土曜日一緒に遊ばない?」


 そんな声が聞こえてきて、思わず足を止めて声のする方に振り返った。


 爽やかなイケメン、あるいは陽キャ。

 そんな言葉の似合う男子――木村が零華に話しかけている。


 3年生を押しのけてバスケ部のエースを張っており、その容姿もあいまって女子人気が非常に高い。


 ”零華に最も釣り合う男子”として巷で有名である。


 彼が零華を目で追っていることを光は知っていたし、実際こうしてデートに誘ったわけだ。

 木村はおそらく、零華のことが好きなのだろう。


 短髪をかき上げて、白い歯を見せて笑う木村。


 クラスにいる全員が、二人を固唾をのんで見守っているようだ。


 光も、落ち着かなさげに手を握り締める。


 ただ。


「ごめん、明日は用事があって。」


 光は無意識に止めていた息を吐き出した。


 当の零華にその気は全くないらしく。


 デートの誘いを笑顔で、しかし容赦なく断られて、木村の顔が若干引きつった。


 ……予定があるというのは嘘だろう。

 光がご飯を作っている都合上、用事がある日はお互いに伝えるのが習慣になっている。

 零華は明日もうちに来るはずだ。


 ほんのちょっとの……汚い優越感のようなものを覚えている自分に嫌気がさして。

 零華から目をそらして周りを見渡す。


 気落ちしたような木村が可哀想に……こそならないが、周囲の女子たちの反応を見て光の顔も曇る。

 微妙な面持ちをして、零華を見る女子たち。

 

 木村もモテるからなぁ。


 人気者が、こうやって一人に好意を示してしまうと。


「これじゃ榎下さんに不満が向いちゃうじゃん。」


 隣からボソッと声が聞こえて、光は横に目をやる。

 背が低く、かなり中性的な顔立ちをしている男子。


 見る人に”かわいい”という感想を抱かせる、この男は。

 光の数少ない友人である橋本凛久だ。


 見た目に反して割とつかみどころがない性格をしているが、良いやつではある。


「みんなの前で誘えば断わられないと思ってたんじゃない。」


 前を向いて光がつぶやいた。

 どうしても声に棘が含まれてしまって。


 心の奥の淀んだ部分がかき乱されたような感覚を覚えて、光は眉を寄せた。


 光の表情が硬いのを見て取ったのか。


「……まあまあ、ほら、帰ろうぜ。」


 さっき木村の不満を言ったばかりの凛久にたしなめられる。

 背中を押されるようにして、光は靴箱に足を向けた。


 階段を降りつつ、光はため息をついた。

 

 しばらく廊下を歩いていると、頭も冷えてきて。

 ……凛久以外に聞こえていないとはいえ、流石に言いすぎたか。

 

 そう後悔していると、凛久も同じ感想を抱いたようで。


「珍しいね、光が怒ってるの。」


 凛久にそう言われて、目をそらす。


「別に。」


 若干とがった声が出てしまい、光は少し慌てて凛久を見たが。

 

 凛久は腹を立ててはいないようで。

 むしろニマニマと気持ちの悪い笑みを浮かべている。


「ふ~ん。」


 語尾に「w」が付きそうな声音で言われて、光は凛久をにらんだ。


「なんだよ。」


 割と不機嫌な声が出たと自分でも思ったのだけれど。


「べつにぃ?まあ、頑張れって思っただけ?」


 気にする様子も見せずにからかうように言われて、光は眉間を押さえた。

 だめだ、こいつ。


 ニコニコしながらこっちを見てる凛久から、光は目をそらす。


 そもそも……。


 何かを吐き出すようにため息をつく。


「別にそんなんじゃないし。」


 ほとんど呟くように、言う。

 本当に。零華はただの幼馴染だから。


 光の様子を見て、凛久がちょっと驚いたように眉を上げて。

 

「そっか。」


 何かを感じ取ったのか、あっさりと引き下がる凛久。


 ……なんというか。

 肩透かしを食らったような気分というか。

 もっとからかわれると思っていたというか。


「別に何でもないよ」


 言ってみるも。


「うん」


 そう、何でもないように返される。


 うん……。

 本当に……。


 こういうところだよなぁ。

 光は若干呆れを含んだ目で凛久を見つめた。


 普段は軽そうな外見と言動をしているため、勘違いされがちだが。

 

 本当にたまに、思慮深い一面を見せる彼は。

 

 察しが良すぎるんだよねぇ、それもあきれるほどに。

 そう、心の中でつぶやいていると。


「なに、その目は。俺なんで呆れられてるの。」

 

 若干不満げな凛久に言われて、苦笑する。

 そういうところだよ、という言葉は飲み込む。


「ごめんごめん。」


 一応謝っておくが、適当なのがばれたのか凛久が不満げに口をとがらせた。


 気分を害してしまったかな、と少し心配になった光だったが。


「失礼な光には飲み物を要求します。」


 良い笑顔で全くかわいくないお願いをされて。

 

「……奢れと?」


「仕方ないからコーラ一本で我慢してあげる。」


 機嫌がよさそうにスキップする凛久を見て、この日何度目か分からないため息をつく。

 こういうことの積み重ねで財布が軽くなっていくんだよなぁと心の中で愚痴った。


 ただ。

 まぁ、いいか。


 そう思うのも事実で。


 今のだって、光を思っての茶化しなのだろう。

 光は気を使われた側なので、コーラ一本くらいおごってやってもいいか、と独り言ちた。

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