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第十一話 マカロン……手作り……う〜ん……(後編)

「お、おかえり……。」


 光の方を向いて。

 そして、零華はぎこちなくそう言った。


 目は相変わらず合わせてくれないが、それはもはやどうで良かった。


 光はぱちぱち、と瞬きして。

 

 そして、鼻の奥がツンとする感覚に襲われて。


 慌てて、鼻の辺りに握り拳を当てた。

 息を吸うが、それを吐いたら何かが溢れ出しそうで。


 光は息を止めたまま唇を噛んだ。

 

 目元が熱くて。


 口元に当てた手を、意味もなく開いたり閉じたりする。


 だが、そうしているうちに息を止めているのが辛くなってきて。


 目から涙が溢れないように、少しずつ、少しずつ息を吐いた。


「ひ、光……?大丈夫……?」


 声をかけられて、滲んでいる視界で前を見る。


 光の様子がおかしいことに気づいたようで、零華がとてとてとこちらに近寄ってきていた。


 先ほどまでは全然合わせてくれなかった目を心配の色に染めて、こちらを見ている。


 目があって。

 顔を見られたくなくて。

 光は顔を逸らした。


 深呼吸して、気持ちを落ち着ける。


 零華に嫌われる、とか。

 考えるだけで怖くて。


 今日一日、零華に嫌われたかもしれないと思っていたものだから。

 帰ってきて、――多少不自然ではあったけど――零華が普段通りの挨拶を返してくれたのを聞いて。


 ほっとした。

 嬉しかった。


 ……そして、泣きたくなった。


 泣きたくなったけど。


 泣きたくなったけど、流石に零華の前で泣くわけにはいかないから。


 もし光が泣けば、零華は心配し、そして必ずその理由を聞いてくるだろう。

 

 でも、打ち明けるのを躊躇うくらいにはしょうもない理由だから。

 それに、零華に言えば何かが、関係が、崩れてしまいそうだから。


 天井を眺めて、まばたきする。


 ふぅ、と小さく息を吐いた。


 先ほどまで鼻の奥にあった、ツンとする感覚はいつの間にか薄れていた。


 ……どうにか耐えられたみたいだ。


 ホッとしつつ、こっそり目の端を指で拭って。

 気分を切り替えるように制服の襟に触れて。


 ……あれ。


 零華が何も言わないことに違和感を覚えた。

 

 別に、零華はおしゃべりではない。

 光とソファでくつろぎながら、お互い無言で一日を過ごすこともよくあることだ。


 でも、今この場面で無言になるのは何かあるとしか思えなくて。

 

 どう、したのだろうか。


 光が思っていると。


「光、怒ってる……?」


 突然、そう言われて。


 一瞬固まって。

 ハッとして前を向いた。


 前を向くと、零華の目は不安げに揺れていて。


「っ!ごめん……!」


 気付いたら、そんな言葉がひとりでに口から飛び出していた。


 帰ってからの自分の行動を思い返す。


 思えば光は、零華にかけられた「ただいま」と言う言葉に返事すらしていなくて。

 その上、目すら合わせずに無言を決め込んでいたわけで。


「ただいま、あとごめん、零華。」


 そう、謝った。


「別に、怒ってたんじゃないよ。」


 なおも零華が不安げにしているので、そう付け足す。


 本当のことだ。


 光は、今日一日の零華の行動に不安こそ覚えたものの。

 決して、怒ってなどいなかった。


 ……いや、ホッとすると同時にほんの少しの怒りが湧きはしたけれど。

 でも、それは態度に出すべき類の怒りではなかったし、そもそも光が目を合わせられなかった原因はそれでは無かったから。


「そ、っか。良かった……。」


 安堵したように、零華が小さく息を吐いた。


 そして。


 一歩、近づいてきた。


 ふわりと、甘い香りが漂ってきて。

 少し手を動かせば触れられそうな位置にまで寄られて。


 急のことに、光は反射的に一歩後ずさった。


 でも、零華はまた一歩近づいてきて。


 光が後ずさり。


 零華が一歩踏み出し。


 光が後ずさ……ろうとして。

 背中に何かが当たって。


 ……壁、か。

 光はこれ以上後ずされないことに気付いた。


 零華が、ここぞとばかりに近づいてくる。


 甘い香り。

 上から見下ろしているせいで強調される双丘。


 目を泳がせつつ。

 でも意を決したように、上目遣いで、至近距離で見つめられて。


 自分の鼓動が、廊下中に響いているような錯覚に陥った。


 目を逸らして、そして零華をそれとなく引き剥がすべきだ。


 思うのだけれど、目を動かせなくて。


 体を動かせなくて。


 見つめているうちに、その目に、顔に緊張の色を見てとってしまって。


 ……な、にを、するつもりだよ。


 心の中で叫ぶ。


 鼓動が、うるさい。


 零華の頬が、赤いような気がするが気のせいだろうか。


 でも、光にも余裕などなくて。

 ……耳まで熱い気がする。


 こんな顔、見られたくなくて。

 

 顔を逸らしたい。

 

 でも、様々な色が浮かんでは消える零華の目から、どうしても目を離せなくて。


 そんな膠着を破ったのは、零華の方だった。


 ……っ……?


 突然、零華が顔を俯けて。

 そして、腹部に何かを当てられたのを感じて。


 一拍、思考が遅れてから。


 光は、視線を下げた。


 下げて。


「……?」


 しばし、固まった。


 零華は、俯きつつ光の腹部に何やら袋を押し当てていた。


 光はその袋をまじまじと見つめて。


 ぱちぱちとまばたきした。

 

 可愛くデコレーションされたその袋は、どう見てもプレゼント用のそれで。


 零華の仕草は、袋を、その中身を光に差し出しているようにしか見えなくて。


「……これ、もらっていいの……?」


 俯いて動かない零華に、思わず確認して。


 零華が小さく頷いたのを見て、光は再び袋に目を落とした。


 ……これ、誕生日プレゼントに、ってこと、だよね。


 自分の心臓が、早鐘を打っていることすら気にならなかった。


 光は、袋を震える手で手に取った。


 零華の手が、居場所を無くしたように、気まずいと言いたげに右往左往して。

 そして縋るように光の服の裾を掴むのを見届けてから。


 袋を恐る恐る、開けた。


「……え。」


 声が掠れた。


 袋の中には、透明な袋に詰められた、マカロンが入っていて。


 しかも、それは。


「手作り……」


 光が思わず呟いた言葉に反応するように、零華が顔を上げた。


 その顔を見て、光は息を呑む。


 零華の顔は耳まで……いや、もはや首元まで真っ赤で。


 そのちらりと見える綺麗な鎖骨に、小さく開いた口に、潤んだ目に目を吸い寄せられる。


 何も言えずに見つめあって。


 音一つ立てずに見つめあって。


 まばたきすらせず見つめあって。


 突然、零華に顔を逸らされて。


 そして。


 零華の手が光の襟首に伸びた。

 そして、上体をぐいと引っ張られる。


 え、と思う暇もなく。


 零華の肩に顔を埋めるような体勢になって。


「いつもありがと、ひかる。」


 耳元で、囁かれて。


 一瞬。

 でも、確かに。


 ギュッと抱きしめられて。


「〜〜!?!?!?」


 膝から力が抜けて、座り込む。


 座り込む光と。

 見下ろす形になった零華。


 バチっと目があって。


 ばっと目を逸らされる。


 ついさっきまで光を落ち込ませていた、その仕草。


 でも、いまなら、今だから分かる。


 いたたまれない。


 目を合わせるのは、あまりにもいたたまれなかった。


 零華を目で追うことしか、できなかった。


 真っ赤な顔で家から駆け出ていく零華を、止めることもできなかった。


 それくらい。


 どくどくと音を立てて、心臓が跳ねているのを感じる。


 なん、なんだ。


 そもそもマカロンは、手作りするのが難しいお菓子で。

 料理もお菓子作りもほとんど経験のない零華が作るには、かなりハードルの高いお菓子だった。


 だと言うのに。


 手に持った袋を、また見てみる。

 中に入っているマカロンは、やはりと言うべきか少し……うん、少し不格好で。


 だと言うのに。


 だと言うのに、マカロンにこだわったのは。


 マカロンにこだわりが、あったのか。

 だとしたら。


 ……。

 

 ……いや、きちんと調べていなかったに違いない。

 そうに、違いない。


 だって、そうでなければ。

 マカロンにこだわる理由なんて。

 マカロンの意味……それを思い出して光は腕に顔を埋めた。


 ……いや。


 ……いやいや、そもそも手作りにこだわる理由がないのだ。

 

 マカロンにこだわりがあったとしても。


 市販のものを買えばいいのに。


 なんで、手作りなんだ。

 しかも、マカロン。


 なんで……。


 まさか、もしかして、零華は。


 ぐるぐると堂々巡りを続ける頭が、別れ際の零華の様子を思い出して。


 ぶわっと耳まで真っ赤になるのを感じた。


 少し、大人しくなりかけていた心臓が、暴れ始める。


 知らない。

 あんな零華は、知らない。


 最後の、零華の目を思い出す。


 火傷しそうなほどに。

 見ているだけで熱が移るくらいに、熱くて。


 見下ろされた時は、本当に。


 捕食者みたい、な。


 食べられちゃいそう、な……っ。


 思ってから、自分が思ったことの意味に気付き。


 囁かれた耳に触れて。


 うずくまったまま、動けなくなる。


 正直。


 まともに思考できないほどに。


 どうしようもないほどに、ドキドキしている自分がいた。

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